第8話本当の不幸

風のない午後の道を歩き、深夜になってかの国に戻って来ます。四人は真っ赤になった自分の腕をむしろ誇らしげに見つめていました。ブロングスは石像を広場に置かせてさっそく悪魔の世界に帰る準備をします。ブロングスは調査隊のリーダーに訊きます。

「それでいかにして戻る?」

「はい、一端、人間の世界に行き、そこから悪魔の世界に戻ります。」

ここに来た時と同じというわけです。

「ここから人間の世界にはいかにして行く。」

「ここは鏡の中のにある世界ですゆえ、鏡から出られると考えます。」

ブロングスはおもむろに腕を組み言いました。

「うむ、分かった、その件はそれで良いとしよう。さて、この国の制圧であるが、まずは大蛇も倒した事であるゆえ、この国の者どもが本当の幸福を理解できるまで、いくらか時間をかけて発展を見守ろうと思う。奴等が幸せを実感してから、我ら悪魔が一気に奪うというわけだ。皆に伝えておけ。」

それだけ言うと、ブロングスは用意させた簡易宿泊所の方へ葉巻に火をつけながら歩いて行ったのでした。

翌朝、ブロングスが宿泊所から出ると、国中に濃い粘つきそうな霧が出ています。悪魔の視力でも十メートル先がはっきり見えません。なんとなくこの状況に嫌な予感を感じたブロングスは急ぎ帰る事にします。数名の側近を連れて、まず自分たちから悪魔の世界へ帰る事にしました。

借りて来させた、古びた飾り気のない鏡台を覗き込みます。いつもと同じ、自らの顔がそこに写るだけです。覗き込めば、人間の世界のどこかが写るとでも思ったのですが、そうでもないようでした。

ブロングスは側近たちの顔を見て

「よし、行くぞ。遅れずついて参れ。」

と鏡の中へ飛び込んで行ったのでした。いいえ、そのはずでした。しかし実際はそうはならず、したたか鏡で頭を打ちつけてしまったのです。どういう事だ、人間の世界へ行けないぞ。

ブロングスが頭を押さえていると、部下の者が駆け寄って来ました。ひざまずき

「陛下、ご報告いたします。さきほどこの国のリーダーという者が陛下に謁見を求めて参りました。いかがなさいますか?」

ブロングスはそれどころではないと思いましたが、この件について何か分かるかもしれないと思いました。

「連れて参れ。謁見を許す。」

すぐに初老の身なりの整った男が入って来ます。男はブロングスを見るなり言いました。

「あなたが王ですか……。」

何がおもしろいのか、うすら笑いを浮かべています。

「そうだ。無礼な奴め。要件を早く言え。」

「元の世界へ帰れなくてお困りなんでしょう。」

ブロングスをさぞ憐れむような目で見つめます。

「心配しなくても、このままじゃ永久に帰れませんよ。」

ブロングスはここに来て、もう苛立ちを隠せませんでした。

「どういう意味だ。」

「そのままの意味でございます。さて、急に霧がまた出始めた事、気になりませんか?」

「……。」

「あの霧にこの国が覆い隠されている限り、外部の世界とは隔絶されているのです。私達は霧を出したり消したりコントロール出来る。あなたも見たでしょう。この国ははっきりと労働力不足です。あの忌々し蛇のせいでね。だから私達は外部から人間を呼び寄せることにしたのです。そうしてあなたたちがやって来た。帰りたければ、必死になって私達のために汗水を流すのです。」

ブロングスは憎々しい相手の表情に、いっそ殺してしまいたい気分でした。

「懸命に働けば、いずれ私達が死ぬ頃に、霧は晴らしてあげますよ。安心なさい。」

ブロングスはまんまとはめられた自らの愚かさにも嫌気がさしていました。

「あなたたちの世界には身分制があるんですってね。実は、私たちもその制度を始めようと思いまして。良かったですね、あなたたちのこの国での身分はすでに決まっています。それはですね……。」

やがてその口が奴隷と動いた時、高らかに笑い始めたブロングスはこの国における、悪魔と人間の戦争を決意していたのでした。この国の本当の不幸はもう待ったなしで始まったのです。

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悪魔の王様ブロングス @lionwlofman

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