第4話老婆の回答

住宅の区画ですぐに見つかる物陰で、ブロングスは踊る肖像画に化けたのでした。踊る肖像画は悪魔の世界では有名な、とても不思議な道具です。

立派な流線型の模様が入った、銀色の額縁に入ったそれは、普段は何も描かれていない真っ白な画用紙に過ぎません。しかし誰かがその前に立ち、絵を覗き込むと、不思議な事にその者の心の中にある、自分のあるべき姿が映し出されるのでした。

悪魔の王様であるブロングスにとってはよく見慣れた道具ですが、これに化けてこの国の者の実態を暴いてやるぞと思いました。ブロングスは左手に手鏡をしのばせ、自らの姿を確認できる様にしてから、国の者に話しかける事にしました。

ブロングスは住宅の区画の井戸まで行き、そこで水汲みをしていた老婆に話しかけます。一見して汚い身なりの腰の曲がったその老婆は、水を汲むにも一苦労といった様子です。

一息つくのを待ち、ブロングスは話しかけました。

「やあ、お婆さん。僕は世にも不思議なしゃべる絵画だよ。」

ブロングスは逃げられる事を想定していましたが、老婆はブロングスに顔を近づけて、覗き込み

「こりゃまあ、変わった生き物だね。この婆さんの話し相手をしてくれるのかい。」

などと言います。あれ? 大して驚かないな。老婆はもうずいぶん歳をいっているので、目が悪いのかもしれません。いささかいぶかしみながら、ブロングスは左手の鏡でそっと自らの姿を写すと、目の前にいる婆さんの今の姿が自画像になっています。この婆さん、現状が自分のあるべき本来の姿だと思っているようだ。

別に何の無理もなく笑う姿がそこにあります。ブロングスは見れば分かる事を嫌らしく

「この国はずいぶん貧しいようですね。暮らしぶりはいかがですか。」

などと訊きました。それに対して老婆は嫌な顔一つせず

「確かにお国は貧しいかもしれないね。でも私達は幸せだよ。満ち足りているからね。」

などと言います。

「こんな状況なのにですか?」

「要らないものは手にしないのが幸せなのさ。だからこれで良いんだよ。」

ブロングスは心の中でため息を一つついて

「若者や子供が少ないようですが。」

と尋ねます。

老婆はブロングスのずっと上に視線を移して、国を取り囲む石壁の向こうの小さな山を指し

「あそこに山が見えるじゃろ。そこにはそれはそれは大きな、真っ黒い大蛇が住んでおるんじゃ。時に毒を吐き散らしながら木々を枯らし、暴れてはどんなものでも食べおる。この国も昔、狙われておった。そんな時、国を束ねる者たちは少しでも危険を減らすため、大蛇と取引をしたのさ。定期的に若者や子供を生け贄として差し出すとな。そうして長い年月を経て、この国は今の様に幸せになったのじゃ。」

ブロングスは、この婆さんはどこか頭が狂ってるんじゃないかと思いました。国の若者や子供たちの命を、差し出しておいて、犠牲の事など一切省みず、幸せであると疑いもしない。人間でありながら、まるでブロングスら悪魔の様な考え方です。

ブロングスは思いました。自分も悪魔なら、他人の幸せを壊してやるのが正しい生き方というものだ。一端、本当の幸せというものを分からせてやってから、奪ってやるのがよかろう。

ブロングスは二、三度深呼吸してから大きめの声で

「それなら、僕がその大蛇を倒してやりますよ。」

と言うのでした。

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