年老いたラッパ吹き

@lionwlofman

第1話へたくそ過ぎる演奏

ある小さな王国には、たいそう腕の立つよりすぐり演奏者たちが集まった、王様お気に入りの王立楽団がありました。クラシック好きの王様の事、幼い頃から世界各地の有名な楽団の演奏を聞いており、耳もこえておりましたので、そんな王様の楽団にいられる事は大変名誉な事でもありました。

その楽団ではバイオリニストもチェリストもコントラバスの奏者も誰だって、自分の腕に自信をもって今日も優雅な演奏を人々に聞かせているのです。

しかしそんな楽団をよく見渡せば、一人の年老いたラッパ吹きがいたのでした。いつの日も彼はどの奏者よりも早く練習場にやってきて、自分のパートナーであるトランペットを丁寧に調律しながら、それが終わるとその日演奏する楽曲の、一音一音ごとを大切に確認して奏でていくのでした。

彼は午前の楽器ごとに別れての練習でも、午後の全体練習でも、もう何百回と弾いた楽曲だって誰よりも真剣に練習に取り組むのです。

一日の練習が終わって、一人、また一人と楽団員たちが帰って行くなか、いつも最後まで黙々と使い終わったトランペットを磨き上げているのも彼でした。まさに、彼は誰より音楽を愛する理想的な奏者なのです。ただの一点、彼の演奏が明らかに他の奏者の誰よりも下手くそな事を除いてはです。

楽団員たちは口々に言いました。なぜ彼のような者がこの楽団にいるのかと。腕の立つ者の中から厳選された奏者だけが集まるこの楽団においては、いいや、おおよそプロの奏者の楽団においては、このような事が言われるのも無理からぬ事です。幾人かの奏者たちは、団長に何度も何度も文句を言いに行くほどの事でした。

団長は誰が抗議しに来ても決まって同じ事を言います。あのラッパ吹きは王様が直接お選びになった者なのだと。

毎年、年に一度その一帯の国々では、名のある楽団が一堂に会して、腕を競い合う大きなコンクールが開かれておりました。もちろん王様の楽団もこのコンクールには毎年参加しています。ですが決まって何の賞も受賞出来ずに終わっていたのでした。それどころかひどい演奏だと言わんばかりに笑う者さえいました。

ある年もまたコンクールの時期が迫って来て、団長はひとり頭を抱えておりました。国民の楽団に対する期待は年々膨らんでいくばかり。毎年コンクールが終わると皆、肩を落とします。腑甲斐ない結果に怒りを露にする者さえいます。そしてその怒りの矛先は決まって団長に向かうのでした。あるいは笑い者になるのもそうです。

団長はその年も突きつけられるであろう結果を思うと、すでに胃が痛くなる思いでありました。あのラッパ吹きをメンバーから外してしまいたい。そう思って団長は今までにも幾度となく王様にお願いに伺った事もありました。しかしどのように団長がお願いしても、王様は一度たりとも首を縦に振る事は無かったのでした。


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