3-16.


 まあ現実にはそういうわけにもいかず、遅かれ早かれ月曜にはまた学校で荒川に会うことになるのだと気が付いたのは地元まで帰ってきた頃だった。もう今月はタクシー使わんと決心せざるを得ない料金を支払ったのはちょうど日が完全に落ちた頃で、先程までの騒動が嘘のように街は静かだった。


 まっすぐ家に帰っても良かったのだけれど何となくその気になれなかった俺の足は、やはりいつの間にか例の砂浜へと向いている。こんなフザけた気分を安寧の地であるマイルームに持ち込みたくなかったというのが正直なところかもしれない。


 俺は何故こんなことに巻き込まれているんだ? 何をどう間違えればクラスメイトに追っかけ回され殺されかねないなんて状況に陥らないといけなくなるんだ? いつから俺の人生はこんな奇想天外なストーリーに変化しちまったんだ?


 まあ、とにかくなってしまったものは仕方がない。過去を嘆いても時間そしてエネルギーを浪費するだけで何も変わらないのだから俺はその行為に意味を見出すことができず、代わりに今後の対策法について思案する。


 荒川はおそらく、本当に殺すまではいかなくともあの調子じゃ俺をブチのめすまで気が済むことはないだろう。それは俺が一番身に染みてわかっていることだ。荒川輪子という女は一度ブン殴ると決めたら何が何でもブン殴るまでやめない。それはあの隅から隅まで余すことなく真剣に満ちた瞳が物語っている。まあ一度ほど例外もあったけど、今回ばかりはあんな生易しい手は通用しそうにない。俺は禁忌を二度も犯してしまったんだからな。もう言わないと約束した手前、言ってしまったからにはそりゃ怒りも激しくなるだろうさ。ああ、どうしたもんかなぁ。


 もしかしたら、荒川はこれを機に学校へ来なくなるかもしれない。自転車部云々の話は綺麗サッパリ水に流され、本当にもう二度と荒川と会うことがなくなるとしたらどうだろう?


 それは一見気楽な道筋のようにも思えるけれど、そんなことになれば俺はここ数日間の並々ならぬ努力を全て棒に振ることとなる。それだけは避けたいし、避けなければならない。何故なら荒川がいなくなることはそれすなわち俺が学級委員の座を引き継がなければならないことを意味するからだ。俺は元より、それを避けるがために行動してきたんだからな。そんなことを受け入れてしまっては、俺は自分の信念を自分で否定することになってしまう。



 ――でも。



 俺は考える。

そこまでして、学級委員を忌避する意味があるだろうか? 俺は常に学級委員は面倒だという理念に基づいて行動してきたけど、もう既に、俺は学級委員になることで背負うことになる面倒を越える量の面倒を、その座を避けるために背負ってしまってはないか?


 学級委員とは、そこまで面倒なものなのだろうか?


 その疑問については、俺は学級委員をやったことがないから答えようがない。食わず嫌いって奴だ。学級委員イコール面倒。それがはるか昔より俺の思考を構成するデータのひとつなのである。    



 ――でも、そう考えてみれば。



 俺は先ほどの出来事を思い返す。


 自転車部に入ることだって、別に言うほど忌むべきことじゃないのではないだろうか?


 学級委員に比べて、こちらはただの部活だ。出来立てでメンバー少の弱小部。別に入部したところで必ず参加しないといけないわけでもないし、幽霊部員になるって手段もある。早い話が、入るだけ入っとけばいいんだ。肩書だけの自転車部。予備委員と同じように。


 そうすれば確かに、荒川が言っていた通り宮さえ納得してくれれば頭数は揃い、念願の部活動申請をすることができる。それが上手いこと通って部室さえ確保できれば荒川はそこに自転車を保管できるようになり、彼女は晴れて自転車登校を再開することができる。俺が学級委員になることもないし教師陣が頭を悩ますこともなくなって皆ハッピーだ。それの何が悪い?


 何だこれは。どうしたことだ。何故俺は、荒川に対して申し訳ない思いを抱きだしているんだ?


 自分が自分じゃなくなっていくような気分だ。俺はひとまず頭を冷やし、冷静になることに努めることにした。


 春も盛りを越して昼間は大分熱気を感じるようになってきたけど、この時間はまだ微かにひんやりとした涼しさが残っている。激しめの運動をしてきた後の肌には心地よい冷気を感じながら、俺は砂浜に沿って歩いていた。


 横には今日も海の上で橋が瞬いている。昨晩は確か、ここでツーのことを考えていたら本当に出てきてくれたんだっけな。じゃあもしかして今日も……。



 そんなことを考えていた。


 街は平和だと思っていた。


 

 誰もいないこの景色の中、俺は何か勘違いしていたらしい。


 いくらなんでももう学んでも良さそうな頃合いだけど、何分俺はそのような存在との関わりがまだ少なかった。だからそこまで予期できなかったことへの誹謗中傷はできれば避けたい。


 あの女子の愛がそこまで大きなものだと考えるのには、俺の脳はいささか容量が少なかった。



 今日も澄み渡った夜空の下、俺は後ろから頭を撃ち抜かれて死亡した。

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