3-10.


 まさかの展開で俺は河川敷の道を歩きながら、宮とそれなりに会話を弾ませていた。そのおかげでわかったことのひとつは、宮が思ったよりも喋る女子だったということだ。クラスではあまり誰かと仲良くしているイメージがなかったからてっきり無口な少女キャラかと思っていたのだけれど、心を開いた相手にはその限りでもなかったらしい。

 

 宮の方から色々と話を振ってくるため俺も応じざるを得ず、ここにはめでたく川沿いを並んで歩く仲良し男女のような図ができあがっていた。


 彼女は休日にはよく近場をサイクリングしていて、話題の店やカフェを巡ったりしているのだそうだ。何でも、このコ(宮も自分の自転車のことをそう言った)と一緒にオシャレな場所へ行くのが趣味らしい。俺は一瞬荒川と同じような匂いを嗅ぎ取ったような気がしたものの、とりあえず話を聞いていて引っかかりを覚えたので、


 「あれ? それなら宮、お前も荒川と同じ自転車好きってことだよな。でも、確か入学したての頃、荒川がクラス全員に自転車が好きかって聞いて回ってたよな? その時は何て答えたんだ? 確かあいつ、自転車好きな奴はひとりもいなかったみたいに言ってたはずだけど」


 荒川という名前を聞いて宮は少しばつが悪そうな顔をし、


 「うん……その時は、そんなに、って答えちゃったんだ。だってほら、私が好きな自転車と荒川さんが好きな自転車ってタイプが違うし、たぶん走り方とか楽しみ方もけっこう違うと思ったから……。荒川さんは本格的なロードバイクとかが好きみたいだけど、私ってこんな感じに、この子と一緒にのんびり走ってるのが好きだし」


 言い終えてから宮は周囲をうかがうようにして、最後にボソッと付け加えた。


 「あと……、荒川さんって、何かちょっと怖そうだし」


 俺は思わず吹いた。


 まあ妥当な印象ではあると思うけど、こうもストレートに言われているのを聞くとおかしかった。


 俺の反応が予想外だったのか宮は慌てて、


 「あっ、あのっ、別に荒川さんのこと悪く言ってるわけじゃないよ。怖いっていうか、ただ、荒川さんってほんとに自転車が好きみたいだから、その前で私なんかが自転車好きっていうのは恐れ多いっていうかなんて言うか……」


 「わかった、わかったよ。自転車好きにも色々いるってことだろ。安心しろ、あいつが怖いのは俺も一緒さ」


 「怖いんじゃないの! 何ていうかその、荒川さんが怖いんじゃなくて、荒川さんの前で自転車が好きって言うのが怖かったっていうか……」


 「わかったわかった。よくわかんないけどそういうことにしといてやる」


 つまり荒川は入学後早々に自転車狂愛っぷりを発揮してしまったせいで宮に拒絶されてしまったわけだ。もう少しアプローチの仕方を考えれば、もしかすれば宮は貴重な自転車好き仲間となってくれたかもしれないのに。


 そしたら今の状況もまた違うものとなって、部活云々の話がもっと早く出てきて荒川が退学に追い込まれることもなかったかもしれないし、いや、そもそも荒川が仲良くなった宮を選ぶことで俺が学級委員補欠等になることもなく、俺の世界に災厄の種が蒔かれることが初めからなかったかもしれない。


 そうすれば俺は自分の世界の安泰が保たれていれば十分だから、その外がどうなっていようが知ったこっちゃあない。勝手にしてくれ――って言えたのに、結果的にまあ現実はこっちの方向に進んでしまったわけだ。悲しきかな。


 ちなみに自転車の走り方楽しみ方について俺は知らないし知るつもりも興味もないのだけど、少なくとも同じ自転車好きでも、荒川のような致命的な脳障害タイプの他にも宮のようなまともな会話もできるタイプがいるってことだけはわかった。

 

 荒川とのデートよりは今の方が百倍デート気分が味わえるぜ――という心の叫びに今は重要性など微塵もなく、俺が今喜ぶべきはつまり、宮が話しやすい女子だったということ、それだけで十分だった。これなら部活への勧誘もしやすい。どのタイミングで切り出すかって言ったら――この流れだし、カフェ・リリーでランチ中に言うのがシャレてんじゃねえの?


 俺が密かに胸のつかえが下りた気分でいると、今度は宮が頭の上にはてなマークを浮かべて、


 「荒川さんと言えば、江戸君って彼女と仲良いよね。よく喧嘩したりもしてるけど、ふたりはどういう関係なの? 江戸君も実は自転車競技やってるとか?」


 「いや、とりあえず最後の部分についてはないし、全体的にもできれば否定したい」

 

 どういう関係かと聞かれても説明に困る。それにしても何故こんなにも俺が荒川と仲良くしているように周囲の目に映っているのかが不思議で仕方ない。

 

 「そうなの? でもたまにふたりでどっか行ったりもしてたみたいじゃん。江戸君と出かけた後の荒川さんって大抵嬉しそうだった気がするけどな。あれってデートしてたんじゃないの?」


 「少なくとも言葉通りの意味の心が洗われるような青春的行為では断じてない」


 「何それ? そういえばここ数日、荒川さん教室に自転車持ってこなくなったし、あれも江戸君が何か言ったからじゃないの? てっきりそういうことかと思ってたんだけど」


 

 俺が荒川とのあらぬ話をでっちあげられないように試行錯誤しているうちに、俺たちは約束の場所『カフェ・リリー』へとたどり着いた(ちなみに宮は既に不思議な少女を探すことは諦め、その関心はもっぱら本来の目的の店へと向いているようだった。あともうひとつ、俺は店の噂をちらりと聞いただけで詳細も場所もまだ知らないということにしていたから、ここまでは全部宮の案内だ)。


 なるほど最近噂の店だった。


 河川敷から土手へ上がり、上流階級が暮らしていそうな一軒家ばかりの住宅街の中を進んでいくと一角にそれは姿を現す。駅のすぐ近く、避暑地の木造豪邸みたいな建物があり、道路に面した入り口には凝った字体のアルファベットで店名の書かれた看板が下げられている。その前の通路に沿って行列がガヤガヤとできていて、確かに最近できたばかりで人気だということを伺わせる佇まいだった。


 「うわぁ、やっぱり混んでるなぁ。けっこう待たされそうだね」


 列を後ろから眺める位置で一旦立ち止まり、隣で宮が驚嘆の声を漏らす。


 よほどここに来るのを楽しみにしていたらしい宮には悪いけど俺はあの行列に並びたくなかったのでどうにかして彼女を諦めさせることができないかと考えていた。テキトーな言い訳をしてひとりで帰るという手もあったけれど、まだ俺の目的は果たせていなかったからそれはできない。しかし列に並んでしまえば一時間は立ちっぱなしにされそうだ。


 どうすればいい。何とかその辺のテキトーなファミレスかファストフードに場所を変更することはできないだろうか……!


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