3-8.
◆
広大な河川敷を跨ぐ橋の上を無数の車が行き交っている。
片道二車線の道路を両側から包み込む水色のアーチが特徴的なその橋はどこの聖人にちなんだのかサンマルコ橋という名前らしく、ツーから得たヒントを元に俺が導き出した場所がここだった。
橋の向こう側はもう隣の県であり、見える限りは平坦な大地が続いているようだけれど、橋の反対側の辺りだけ自然の摂理に逆らい天に近づこうとした人間の産物みたいな感じで高層ビルが数本そびえていた。後は特にこれと言ったものもなく、青い空と白い雲が腹いっぱいに見えるだけの場所だ。
広い景色が好きな人間には申し分ないだろう風景で両の目の網膜を刺激しながら、俺はいつ何が起こるのかもわからずにただぼーっとしていた。
荒川には敵わないが俺も一応電車嫌いのステータスを持っているので、財布へのダメージを覚悟の上でここまではタクシーで来た。具体的な時間が示されていなかったため十一時頃には着くようにし、ひとりで待ち惚けすること早三十分。ツーは昼前と言っていたけど、その曖昧な言葉にも一番合致度が高い時間帯が今ではないだろうか。
だとしたらそろそろどこからともなくふらふら~っとあの自転車少女が現れてもおかしくない気がするのだけれど、今のところその気配はない。根拠はないけどあのツーが約束を反故にするとは思えないし、もしこのまま誰にも会うことがなかったら考えられる可能性はただひとつ。場所が違ったということだ。
実際俺はそれを危惧していた。タマの川というのは俺の住む街の近くではこの川くらいしか思いつかないし、五番目というのは河口から数えてということだと思う。俺は念のため源流から五番目の橋も調べようとしたけどそもそもこの川の源流がどこにあるのか地図では定かじゃなく、山の中にはどこに橋があるのかもわからなくて五番目を見つけることはかなりの難儀だった。
そんな不明確な示し方をツーがするとも思えなかった俺はやはり五番目というのは河口から数えてのことだと結論付け、地図で調べた結果この場所へたどり着いたというわけだ。
橋は橋でも、位置が悪いのだろうか?
俺が今いるのは都内側の付け根の交差点だ。厳密に言えば橋の上ですらない。橋はもちろんずっと向こうまでも続いているため、もしかしたら橋の反対側もしくは真ん中辺りのことをツーは言っていたのかもしれない。昼の時間が近づいてくる。待つ場所を変えてみようか考えていたら、ふとひとつの人影が目についた。
何てことはない、ただの通行人の姿だった。高校生くらいの女の子が都内の方から自転車に乗ってやって来たかと思うと、橋へ続く横断歩道の手前で止まり、何やらキョロキョロと辺りを見回していた。
道に迷ったのだろうか? 迷子ならそれは気の毒だと言ってやりたいところではあるけどあいにく俺は今そこまで気を回せる状況にはいないのであり、幸運にも俺のすぐ後ろには交番がある。英国のジェントルマンでもあればすかさず救いの手を差し伸べるのかもしれないけど俺はフツーの日本人男子だ。彼女の行く先に光あれと心の中で呟くに留めて自分は自分の人探しに戻ろうと思った――のだが。
何故か俺は彼女から目を離せなかった。何だろう、このモヤモヤとした感じは。あそこにいる女の子はただの通行人のはずなのに、何かそれ以上の意味を持っているかのように思える――目を奪われているというやつだろうか? それすなわち彼女の容姿が俺の好みに合致していて、つまり俺はただの通行人である女の子に興味を持ってしまったのだろうか?
白い自転車に跨る彼女はあっちを見たりこっちを見たりと挙動が落ち着かなく、いかにも迷ってしまいましたいうような感じだ。セミロングの黒髪が綺麗で顔は丸っこく、ここから見た感じだと子どもっぽい雰囲気がどことなく感じられて身長も同年代の平均の少し下といったところだろう。パステルカラーで春っぽいパンツスタイルの服装がよく似合っている。可愛いな――じゃない。違う。これはそんな甘い香りがするような感覚ではない(それでも悪くはないけど)。
俺は思い出した。このモヤモヤの正体は、可愛いか可愛くないかは全くの別問題で、ただ単に見覚えがあるってやつだ。
俺が不可解な気分の正体を見破ってスッキリした気分を味わっていると、向こうもふと、俺の方を向いた。こちらも彼女のことを見ている。目が合っている。お互いに気付いている。
向こうが目を丸くして固まっている辺り、俺が誰だかわかっているのだろう。おそらく彼女は、俺が彼女のことを知っている以上に俺のことを知っている。それでもまあ、絶対的な情報量としては微々たるもんでしかないけどな。何故ならお互い話したことなんてないんだ。
ただ俺の方がクラスで目立っていることは確実だから、顔と名前と第一印象くらいは覚えているだろう。暴走する荒川に服の端っこを引っかけられて引きずり回されたせいで、荒川に続いて一躍有名人になっちまったからな。
学校から遥か遠くの大地で出会ったのは、偶然にもクラスメイトの女子だった。
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