2-3.


 「学校はどう? リンコと上手くやってる?」

 

 今日も帰途を共にしている相棒が聞いてくる。白髪の自転車少女ツーはというとあれから毎日、俺の帰り道に姿を現すようになっていた。

 

 「あのさ、ひとつ聞いていいか?」

 

 いつもはまともに答えることなんてしていなかったのだけれど、この日に限ってはたまらず俺は聞いてしまった。

 

 「何でもどうぞー」と口ずさんだツーに対し俺は、

 

 「この前ちらっと聞いたんだけどさ。荒川輪子が自転車で日本一周したっていう話は本当なのか?」

 

 ちなみに俺はツーのことをまだ荒川輪子との会話に出してはない。別にこの不思議な少女と荒川輪子の関係性に大いなる興味を抱いているわけではなかったからというのもあるし、そもそも荒川輪子とはまともに会話をしていない。

 

 ツーは俺の歩調に合わせているにも関わらず一切崩れない抜群のバランスを見せながら、


 「本当だよ。リンコがまだちっちゃい頃ね、お母さんと一緒に行ったんだ。リンコは自転車で、お母さんは車で伴走。もしどうしてもキツかったらそこで終わりにしてお母さんの車で帰る予定だったんだけど、さすがリンコだね。全部ひとりで走り切っちゃった」

 

 「ふうん。でもそれって、実は途中車に乗ってました、みたいなことなんじゃねえの? 何だか全部すぐそばで見てたような口ぶりだけど、根拠はどっかにあるのか?」

 

 「うん。その通り、私が全部すぐそばで見てたから」

 

 「……と、言うと?」

 

 「私も一緒に行ったんだよ。輪子と日本一周サイクリング」

 

 「ああ、車に乗ってたってことか。一緒に走ってたとかっていう母ちゃんの」

 

 「違うよ。私も自転車。今私が乗ってるこの自転車で、一緒に行ったんだよ」

 

 「……そうか」

 

 考えだしたらパニックになりそうだったから俺は今聞いたことは頭の表面より下層には入らないようにした。


 荒川輪子だけに留まらず十歳に達しているかどうかというようなこの女の子までもが日本一周? いつから現実はこんなデタラメになってしまったのか。まあ、こんな絵本から出てきたような女の子が見るたびに幸せそうに自転車に乗ったりしてる時点で俺は非現実な気分を味わっているわけだし、実はもうとっくにデタラメだったのかもしれないな。誰もが認識している現実というのは案外モロいものなのかもしれない。ああこれからこの世界はどうなってしまうのだろう?

 

 自転車少女ツーと自転車狂荒川輪子を巡る俺の非日常体験は人知れず進行し、いつどんな展開を見せるのかどんな終わり方をするのか等といった物語論的な疑問はこれまでそういったことに無縁だった俺には想像の余地もないことであり、俺はただ時の流れに身を任せているしか成す術がなかった。


 この状況を打開しようにも、自転車少女はどこからともなくフラッとやって来ては消えるわけだし、荒川輪子は当分は隣の席だ。これらは避けようのない事実で、俺にできることと言えば耳に入ってくる空気の振動を脳がそれらが言葉だと認識してその意味を処理する前に頭から追い出そうとひたすら努力することくらいだ。しかしそれならとっくの前からしてるわけだし、だから他にどうしようもない。面目ないことではあるが致し方ない。

 

 でもまあ、思ったよりも早く展開は訪れたのだった。思えばそれが全ての始まりにして最大の間違えだったのであって、俺の高校生活物語はこれを機に次のステップ、もう後戻りのできない段階へと進むことになる。そんなことになったのも俺が面倒だからと無神経に構えていたせいと言っちゃそうなんだけれども――にしても荒川輪子、あの性格はちょっとキツすぎねえか? 偏愛者にも程があるぜ。イカれてやがる。

 

 と、まあ荒川輪子の頭の飛び具合に関しては次のエピソードを聞いてくれた人なら誰もが理解してくれるように思う。俺としてはそう願うばかりだ。そういうわけで前置きもこの辺りにしてそろそろ本編に入ろうと思う(長い前置きだな)。これは荒川輪子というひとりの女と関わりを持ってしまった者の悲惨な運命の物語だ、なんて仰々しい前フリが付けばまあ俺も苦労のし甲斐が多少はあったというものだけれどそれは今はいいとして――

 

 

 ある日突然、事件は起きた。

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