第5章 それから(前編)

 退院してから、一ヶ月後、僕は、手術を受けた病院に来た。外来での診察後、ダイレーションと呼ばれるその後のケアに使うアイテムを、教えてもらった。後は、手術をしてくれた先生が勤務されているクリニックでの診療になるとのことだ。会計を済ませた後、東京に戻った。先生に言われたアイテムを、インターネット通販で購入した。毎日、一日二回、15~30分ケアをすること、中をきちんと洗浄すること、これを三か月から半年、ダイレーションは半年すぎたら、一日一回にしてもいいとのことだった。ダイレーションも傷が治ってから行うため、さほど痛みを感じることなく進んで行った。サイズを上げる際に痛みが少しあるが、回を重ねるごとに、痛みはなくなった。

「ワン、ツー、スリー、フォー」

 お店に復帰してから、一週間、ママの手拍子とカウントと共に、ダンスのレッスンをしていた。店の地下にあるダンススタジオでレッスンをしていた。今回は、わたしがセンターで踊ることになった。とあるアイドルグループの曲をショーで踊ることになった。

ショーのトップで僕と、半年先輩のアリスさん、かれんさんと三人で、踊ることになった。

「ダンス、割と激しいよね」

「本当、でも、決まったら、カッコ可愛いよね」

「衣装も合わせるんだよね」

「うん、衣装着て、踊ることになるからね」

 レッスンが終わってから、僕と、アリスさん、かれんさんで、汗ふきシートで汗をふきながら、話をしていた。衣装は、アイドルグループのような感じで可愛かった。

「いよいよ、今日だね」

「うん、緊張する」

 舞台袖となる場所で、僕と、アリスさん、かれんさんは、緊張していた。

ショーの始まりは、ママを含め、全員がステージに出る。ステージに出て、

舞台袖になる場所に全員が行くと、曲が流れた。僕たちは、ステージに出て、ダンスを踊った。お客さんのいるエリアまで出て、踊ったり、手を振ったりした。

「お疲れ様でした!」

 閉店になり、別のお店で僕たちは飲んでいた。ママが僕の隣に来て。

「奈々子ちゃん、親に会ったの?」

「え?」

「あんた、どんないきさつで女になろうと思ったの?」

「元々、わたし、もしかしたら自分がほかの男の子と違うなって感じてて、明らかに違うって感じたのは。大学二年の時でした」

「奈々子ちゃん、大学行ってたの?」

「はい、大学二年の時のコンテストで女装したとき、なんだかしっくりきて。それで自分がなぜ、ほかの男の子と違うのかを感じました」

「女装コンテスト?そんなのあるの」

「はい。で、それがきっかけですね。行動に移したのは、就職してからです。自分の違和感が、性同一性障害ではないかと感じて、インターネットで、性同一性障害の診察とホルモン治療を行っているクリニックを見つけたんです。そこのクリニックは、第一・第三金曜日は泌尿器科の先生が、第二・第四金曜日には、産婦人科の先生が来てくださって、そこでホルモン注射をしてくれたり、薬の処方をしてくれるんです」

「たまにそういうところあるよね。わたしは、胸を入れた美容クリニックでやってるけど」

 僕は、玲子ママに女になったいきさつを話した。きっかけが大学の女装コンテストであること、就職してから、ホルモン治療を始めたこと、全てを話した。

「奈々子ちゃん、親いるの?」

「ええ、父と母が、まだ健在です」

「親に自分が女になりたいってこと話したの?」

「話しました。そうしたら、『勝手にしろ』って言われて、始発で家を出ました」

「会社も辞めちゃったの?」

 僕の話に、店の子たちも聞き入っていた。色々と質問された。僕は、それに答えた。

「会社も辞めて、家も出て、最初は、吉祥寺に住んでいたんです。家の近くのコンビニでバイトして」

「会社を辞めたきっかけは?」

「わたしが男だった頃、精神科クリニックにかかっているのを同僚に見られて」

「告げ口されたとか?」

「そう、告げ口されて、上司に呼び出されて」

「それでカミングアウト?」

「はい、上司にトランスジェンダーであることを告白して、辞めました。当時、付き合ってた彼女もいたんだけど。別れました」

「まあ、日本は人も企業もLGBTに関しては寛容でもなければ、理解もないしね。理解されるようになるまで、何年かかるか」

「親とはさ、ちゃんと向き合った方がいいよ。あたしみたいにさ、二度と会えなくなってからじゃ、きついよ。時々後悔するもの。あの時、もっとしっかり話し合っていたらって」

「え?里奈子さん?」

「あたしさ、親の死に目にも会えなかったし、母さんは、あたしが女になりたいことを理解してくれてたんだけど。父さんがね。理解してくれてなくて、けんかして、家出。だけど、父さんもあたしのこと理解してくれようとしてたって知ってね会いに行こうと思って、実家に帰ったんだ。そうしたら、父さん亡くなっててね。最後に書いたと思われる手紙見てさ、泣いちゃったんだよね。だからさ、奈々子ちゃんには、あたしみたいに後悔して欲しくないのよ」

 ちぃママの里奈子さんが自分のことを話してくれた。僕自身、二度と会えなくなるその前にもう一度、向き合わなくてはならないことを分かっていた。が、忙しさに流され、二年が経っていた。

「え、あ、兄貴?ど、どういうこと?」

「光…」

 僕は、30になった。そんなある日のこと、弟の光が、僕に会いに来た。

すっかり女性の姿となった僕に、光は、言葉を失っていたようだ。僕は、店の中で光と話をした。その中で、父が倒れたこと、12月に心臓バイパス手術を受けることを聞いた。僕は、これがもしかしたら、父と向き合う最後のチャンスだと思った。

「父さん…」

「京一…」

「父さん…私…」

「京一、すまなかった」

 僕の言葉を遮るように、父が言葉を口にし、頭を下げた。僕は、言葉を失った。父さんも僕の本当の姿を受け入れようと苦しんでいたんだ。受け入れて欲しいと苦しんでいた僕以上に苦しんでいたんだろう。

「ごめんなさい、父さん。僕は、どうしても女になりたかったの。男でいることが苦しかった」

 僕の声が震え、涙があふれ出した。話を聞いている母さん、光は何も言わず、僕と父さんを見ていた。

「京一、本当にすまない」

「五年前、父さんに理解してもらえるように説明せず、家を飛び出して、ごめんなさい」

「あれから、性同一性障害に関する本を読んだんだ。それからだ。ずっと後悔していた。お前の苦しみも解ろうともせず否定してしまったことを。お前に謝らなければならないとずっと思っていた」

 僕は泣いた。父は僕を抱き締めてくれた。母が隣で泣いていた。

光は穏やかな目で僕たちを見つめていた。五年経ち、家族と僕の時は動き始めた。2018年元旦、お店もお正月休みになり、僕は、横浜の実家に帰った。母が作ってくれた、お雑煮を食べていた。

「京一、いや、どう呼んだらいいかな」

「実はね、父さん、僕、性別と名前を変更しようと思ってるの」

「まだ、してないのか?」

「うん、してないのよ。必要な書類は全部あるんだけど」

「だったら、休みが明けたら、家庭裁判所に申請を出さないといけないんじゃないのか?」

「そうなの、後は、家庭裁判所に出す申立書を書かないといけなくて」

「なら、東京に戻ったら、家庭裁判所に書類を取りに行かないとな」

「そうなのよね。まあ、名前は決まってるんだけど」

「決まってるの?」

「うん、京子に変更しようと思って」

 父と母に改名と性別変更をすることを話した。父と母が付けてくれた名前を残して改名したいと話した。父とお酒を飲み、元旦の日を過ごした。正月三が日は、横浜の実家にいて、四日、新宿に戻り、管轄の家庭裁判所に行き、審判申し立ての手続きを済ませた。一週間後、呼び出しがあり、家庭裁判所の調停員の人と話をし、一ヶ月後、名前と性別の変更を認めるとの

書類が郵送されてきた。これで僕は、自分の本来の性別である女に戻ることができた。

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