第4章 回帰
豊胸手術をしてから、2時間ほど、休んでクリニックを出た。シャワーは翌々日、お風呂は一週間後、ショーなどでのダンスは、三週間後から行ってもいいとのことだった。
「本当、自然な感じよね」
僕は、鏡を見ながら、傷跡を綺麗にするために、抜糸してもらった後から
保湿ケアをし始めた。ボディケアをするついでに、傷跡の周りもケアするようにした。声もボイストレーニングの結果、女性的な声が出せるようになっていた。
「え、ショーで踊らないかって?」
「そう、あんた、うちに来て、もう一年経つでしょ?」
28歳になって、僕は、玲子ママから、ショーで踊らないかと話が来た。
実際、お客さんに顔を覚えてもらえるようになってきた。
「はい」
「だったら、ショーで踊ってもいいんじゃないかしらって思ってたの」
「やったじゃない。奈々子ちゃん」
「ありがたいんですけど、実は、一ヶ月後に手術を受けることになりまして」
僕は、開店前のミーティングで玲子ママたちに性別適合手術を受けることを話した。手術日は一ヶ月後、入院は、その一日前、その前の日から、
甲府のホテルに泊まることをママやみんなに話した。
「おめでとう」
「ありがとうございます」
「手術してから、どれぐらいで退院できるの?」
「二週間ぐらいで退院できて、女性として生活できるようになるとのことです」
「タイへ行く子が多いけど、日本でもできるのね」
「わたしも、タイまで行かないとって思ってましたけど。日本でもできる施設があるって知って、ビックリしました」
「見舞いに行くわね。一か月休みなさい」
「ありがとうございます」
「うちの店はね、手術休暇、一か月あるから。復帰したら、即、ダンスの練習ね」
「はい」
僕は、ママから一ヶ月の休暇を命じられた。開店前のミーティングが終わり、僕は、お店でお客さんと一緒に話をしていた。
「よろしくお願いします」
「今日から入院の桂木京子さんね。看護師の皆川です」
「よろしくお願いします」
入院当日、前日から僕は、甲府にあるホテルに泊まっていた。9時半ごろ、僕は着替えや必要なものを持ち、入院の手続きを済ませると、大学病院の病棟にいた。担当してくれる看護師さんと挨拶をした。西病棟の6階、603号室だ。
「個室なんだ。その方がいいかな」
僕は、荷物をワードローブに入れると、パジャマに着替えた。看護師さんが、腕にIDと名前の書かれたブレスレットのようなものを付けてくれた。看護師さんからのオリエンテーションを受けた。
「桂木さん、採血しますね。今回は、ホルモン値と、感染症。後は、一般的な血液検査です」
「はい、じゃあ、採血室にでいいですか?」
「いいですよ。あと、麻酔科を受診していただいて、終了になります」
僕は、パジャマの上にカーディガンを羽織ると、採血室のある階に降りた。採血を済ませると、ローソンで、小さなノートとペンを買った。病棟内にある自販機でミネラルウォーターを買って、病室に戻った。売店で、オリエンテーションで必要だと言われた者を全て購入した。
「手術が終われば、わたしは本当の女性になれる。そうだ、前に駅ビルのセレクトショップにあった、あのワンピース買いに行こう」
術前検査、麻酔科での診察、薬剤師さんからの説明。全てが終わって、
一息つくと、僕は、手術が終わったら、やりたいことをメモした。おしゃれなショップで服を買おうとか色々考えた。今日は、経口補水液のみ、明日、手術で、一週間はリカバリールームで絶対安静とのことだ。
「寝てしまおう」
消灯時間になり、僕は、ベッドに入った。翌朝、手術の前準備をし、手術室に向かった。数時間後、手術が終わり、僕は、ナースステーションの隣にあるリカバリールームに移されていた。目が覚めると、深呼吸した。意識が完全に覚醒してきたのか、ぼんやりとだった人の顔がはっきりと見えた。
「桂木さん、麻酔科の津田です。お疲れ様でした。今ね、点滴で強い鎮痛剤を入れています。痛いと感じたら、手元のボタンを押してくださいね」
「はい…」
「桂木さん、今日から一週間は、こちらで過ごしてもらいますね。四日後に歩いて、トイレに行ってもらいますね。その方が、傷の回復も早いですから」
「はい…」
足もとからは、空気が入ったり、抜けたりする音が聞こえた。これは、血栓ができないようにするためのエアマッサージ器だと説明してもらった。少し、かすれてはいるが、声が出せた。痛みが強かったのか、僕は、手に握っていたボタンを押した。痛み止めが流れてきたのか、少ししたら、痛みは治まった。治まったことで眠気が来たのか、僕は、そのまま眠ってしまった。
「桂木さん、大丈夫ですか?」
「はい、おはようございます」
術後三時間から、水が飲めるようになった。水が美味しいと心から感じた。その日は、そのまま眠った。
「食事はね、今日からになります。低残渣食なので、ちょっと物足りないかもしれませんけど」
「いえ、大丈夫です」
術後一日目から食事が取れるようになった。起床時間になり、自然と僕は目を覚ました。三日目に、痛み止めの管が抜けた。
「桂木さん、歩いてトイレまで行ってましょうか。立てますか?」
「はい」
「大丈夫みたいですね」
四日目、普通に立てたことにほっとした。歩いてトイレに行ってみることにした。初めて見た、女性と変わったそこは思ったほど、グロテスクではなかった。シャンプーもしてもらい、さっぱりした。五日目にカテーテルも取れた。一週間後、僕は、リカバリールームを出ることになり、そのまま歩いて病室に戻ることになった。
「先生から、今後のお話がありますからね」
「はい」
「失礼します。桂木さん。歩けるようになってドレーンが抜けるまで、一週間かかると思ってくださいね」
「ありがとうございます」
今日からは通常の食事となった。傷の痛みは、後からもらった鎮痛剤のお陰で、ほとんど感じることがなかった。
「桂木さん、検温の時間です」
「ありがとうございます」
入院七日目、看護師さんが体温計を持ってやって来た。看護婦さんの言葉にうれしくなった。痛みを全く感じなかった分、よく眠れたし、体力の回復も感じられた。
「後で、体温計もらいますね」
看護師は、ほかの病室へと行った。僕は、体温計が鳴ったのに気づき、体温計を脇から外した。
「桂木さん、検温終わりました?」
別の病室にいた看護師さんが、病室をのぞき込んで、体温計を受け取り、検温表に記載した。
「回診の時に、ドレーン抜きますね。あと、シャワーの介助しますね。洗浄の仕方を教えますね」
「はい、わかりました」
看護師さんは出て行くと、僕は、女になれた喜びに安堵の笑みを浮かべた。回診の時、先生が来て、消毒してくれた。ドレーンが抜けた。初めてシャワーを浴び、中の洗浄の仕方を丁寧に教えてくれた。
「お世話になりました」
退院の日、僕は、お世話になった病棟の看護師さんたちにお礼を言った。
事務で会計を済ませ、手術証明書を次の退院時までに作成しておいてほしいと、入院初日にお願いをした。次回は、一ヶ月後、リハビリに必要なものを教えてもらうことになる。お見舞いに来てくれた、ママや店の子たちが持って来てくれた、これからの必需品を持って帰るのに、一苦労したほどだった。その後は、手術してくれた先生の
クリニックでアフターケア、今後のリハビリとなる。この後、退院してからが本当に大変だと言うことに僕はまだ、気づいてはいなかった。
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