第三章 告白(前編)
「お世話になりました」
僕は、私物を整理し、デスクの周りを整理すると、周りのひそひそと話す声を背中に、会社を後にした。会社を辞めたのは、僕が、精神科のクリニックに行っているのを目撃した同僚が、会社に告げ口をしたことからだった。僕は、直属の上司とその上に呼ばれ、クリニックに通っている事情をすべて話した。僕がトランスジェンダーであり、現在、ホルモン治療をしていることも包み隠さず。会社としては、一身上の都合で退社して欲しいとのことだった。無理もない、日本では、LGBTに理解のある企業なんて数えるほどだ。むしろ、ないと言った方が、正しいかもしれない。
「これで、息苦しさは楽になったかな」
僕は、付き合っていた彼女とも別れた。当時僕には、彼女がいた。だが、僕は彼女を抱くことが出来なかった。彼女に自分がトランスジェンダーであることを告白したとき、僕は、彼女に『気持ち悪い』とか『変態』と言われることを覚悟していたが、「なんとなくそんな気はしてた」と言われたことに正直、拍子抜けした。
「いちばんの難関は、父さんと母さん、光に事実を告げることかな」
僕は、帰りの電車の中で、ため息をついた。僕の家族構成は父、母、そして五歳年下の弟、光がいる。
「父さん、母さん、話があるんだ。」
帰ってから一息ついた僕は、リビングでくつろいでいる両親の前に来た。
僕は、深呼吸を一つすると、顔を上げた。
「僕は、クリニックで、性同一性障害だと言われました。僕の場合、体は男で心は女。その自覚は、小、中学校の時からありました。確信したのは大学二年の時です」
「京一」
「京ちゃん、あなた」
「会社にも全てを告白して、辞めました。今、ホルモン治療を開始してます。僕は女性として生きていきたいんです」
僕は、そこまで両親に告げると、ため息をついた。僕は、僕の本来の人生を歩みたい。男を演じ続けて、自分を偽りたくない
「会社を辞めたって、京一、何を考えてるんだ」
「分かって欲しいんだ。父さん。僕は女として生きていきたいんだ!」
「そんなことが理解できるか!」
「父さん、分かって欲しい、僕は僕の人生を歩みたいんだ」
「今、歩んでいるじゃないか。就職もして。順風満帆じゃないか。何が不満なんだ。女になりたいだなんて、何を考えているんだ」
「本来の僕として生きていきたいんだ」
僕は、思いの丈を父にストレートにぶつけた。気まずい空気が流れる。光も冷たい麦茶を一気に飲み干して、足早に階段を上がっていった。
「本来のお前って何なんだ」
「僕は女性として生きていきたいんだ。それが本来の僕だから」
「男のままで生きていくことは出来ないのか」
「出来ません。僕はこれ以上自分を偽って生きていくことが出来ません」
「彼女はどうするんだ」
「別れました。僕の体と心の性別が一致してないことを告白しました。彼女は薄々気づいていました」
「勝手にしろ。風呂行ってくる」
僕と父の話し合いは平行線をたどった。父は、話を打ち切り、浴室に向かった。僕も自分の部屋に向かい、家を出る支度をした。早朝、僕は、誰にも気づかれないように家を出た。家を出てから、僕は、始発で東京へと向かった。この日は、不動産屋の開店時間になるまでをネットカフェでつぶし、不動産屋で敷金と礼金ゼロの物件を紹介してもらい、内見の後、契約書を交わした。場所は、吉祥寺。家賃も五万円ほどの所だった。築年数の割には綺麗で、家具や家電もあり、体一つで住むことが出来ることにほっとした。退職金が振り込まれるのが、一ヶ月後。
「新生活か。」
部屋に入ると僕は、息を吐いた。荷物を置き、部屋を出るとあたりを散歩した。近くにコンビニがあり、アルバイト募集の張り紙が貼ってあった。
「あの、すいません」
「いらっしゃいませ。何か?」
「表の張り紙を見たんですが」
「少々お待ち下さいませ。店長を呼んで参ります」
僕は、レジにいた若い女性に声をかけた。彼女はバックヤードに向かうと、店長を呼んできた。年齢は僕より、4~5歳上と言った印象の男性だ。
「アルバイト希望の方ですか?」
「はい」
「では、面接を行いますので、明後日の夕方6時に履歴書を持ってきていただけますか?」
「わかりました、ありがとうございました」
僕は、店長にお礼を言った。店長はバックヤードに戻った。僕は、履歴書とノンアルコールビールを買うと。店を後にした。ノンアルコールビールにしたのは、ホルモン治療中のため、お酒を控えることにしたためだ。
「こんなところにショッピングセンターがあるんだ。自炊するには困らないかな」
コンビニを出てから、アパートとは反対側に歩くと、ショッピングセンターがあり、その中に証明写真機があった。僕はそこで写真を撮ると、アパートに戻った。
「名前、どうしようかな。桂木京子にするか。」
僕は、履歴書を書き始めた。ホルモン治療で少し膨らんできた胸を見ながら、
女性の名でアルバイトをすることにした。
「いらっしゃいませ」
「ありがとうございました」
一週間後、僕はコンビニでアルバイトを始めていた。三ヶ月は研修という形でシフトに入ることになった。シフトに入ってから、一ヶ月後、レジにも慣れ、夜勤も経験した。研修が終わり、僕は朝9時から夕方五時のシフトで、月曜から金曜日の週5日入ることになった。金曜日は、定時で上がり、その足でクリニックへ。
「バイトも大分慣れてきたわね」
バイトを始めてから半年。労働時間の関係から、健康保険と雇用保険、年金に入ってくれと言われた。それは、給与から天引きとのことだった。
「いらっしゃいませ」
「よく頑張るね、いくつ?」
「26になります」
「若いね」
「ありがとうございます」
バイトを始めてから一年、お客さんと会話を交わしながら、レジを打つ。こんなことがとても楽しい。主婦のお客さんや若い女性からも使っているメイク用品のことなどを聞かれるようになっていた。
「彼女は俺に気があるんだよ!」
「な、わけねーだろ!」
バイトを初めて、二年になったある日のこと、僕がいるレジの前でお客さん同士でけんかを始めてしまった。一緒に働いている男の子が間に入って止めようとしているが、ますますヒートアップしていった。間に入って止めていた男の子が、首からかけている非常ボタンを押し、警備会社の人間と警察が来て、けんかは収まった。バックヤードで僕は、店長と話をしていた。
「桂木君、けんかの原因が君だって聞いたけど」
「すみません。ご迷惑をおかけしました」
僕は、良くしてくれた店長に迷惑をかけてしまったことから、バイトをやめた。蓄えがあるから、当座はどうにでもなる。が、退職金には手を付けたくなかった。性別適合手術の費用に充てたかったからだ。
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