前のエピソード――第一章　確信

「診断書と意見書ですが、来月にはお渡しできますよ」

「ありがとうございます」

　僕は、検査結果を文書にまとめたものを受け取ると、お礼を言った。

「桂木さん、ホルモン治療についてですが、されると言うことでよろしいですか？」

「はい、お願いします」

「わかりました。女性ホルモン製剤には、筋肉に注射するものと、内服薬の二種類に分けられます。お仕事されてるんですよね」

「はい」

「でしたら、内服薬の方がいいかもしれませんね。お時間があるのでしたら、注射も出来ますよ」

「金曜日の夜でしたら、注射を受けに来ることができますので。注射でお願いします」

「筋肉に注射するので。お休みの前の日の方がいいですね」

　先生は、僕に、ホルモン療法の説明をしてくれた。どういう効果が現れるのか、どういう副作用が現れるのかも説明をしてくれた。注意点として、喫煙をすると、血栓ができやすくなるために、禁煙してくれとのことだった。が、僕は、元々お酒もあまり飲まないし、煙草は吸わない。

「では、診断書と意見書が出来上がる再来月から、ホルモン治療を始めましょうか」

「はい」

「最初は、２週間に一回、２アンプルを注射します、２～３ヶ月おきに、血液検査をします。数値を見た結果で１アンプルにしていきます」

「はい、わかりました」

「受付で次回の予約をして下さいね」

　僕は、診察室を出ると、待合室で雑誌を読んでいた。その時、中待合に向かう女性と目が合った。１６９ｃｍある僕より、５ｃｍは優に高い、顔立ちもどことなく男性っぽさがある。恐らく、ホルモン治療を開始しているかもしれない。僕は、それとなく視線をそらした。向こうもそれとなく、視線をそらし、中待合室に向かった。僕は、受付で呼ばれ、会計を済ませると、クリニックを出た。

「ちゃんと父さんや母さんにも話さないとな。僕が、女性になりたいってこと。」

　僕は、書店に寄った。書籍検索のタブレットに検索項目を入力し、検索をした。医学書のコーナーに性同一性障害に関する書籍があると知り、僕は、医学書のコーナーに向かい、精神疾患などのインデックスの場所で、性同一性障害に関する書籍を見つけた。何冊か、ページをめくり、その中で、いちばんわかりやすい書籍を選んだ。その本を手に取ると、レジに向かい、購入した。

「桂木さん、診断書と意見書、出来ましたよ」

「ありがとうございます」

「ホルモン治療に関してですが、本当に行われますか？一度始めると、途中で止めても、元には戻りませんよ」

「はい、僕は、女性として生きていきたいです」

　二ヶ月後、僕は、医師の言葉に迷うことなく答えた。僕はもう、自分を偽りたくない。女性として生きたい。女性として恋をしたい。

「わかりました。二週間後から、注射を開始しましょう」

「ありがとうございます」

　僕は、先生に一礼すると、診断書と意見書を受け取った。二週間後、予約を入れた。家に帰ると、僕は、安堵からかベッドに横たわった途端、眠ってしまった。

「桂木さん、今日から、ホルモン注射始めますね」

「はい、よろしくお願いいたします」

　２４歳の誕生日を迎えた、金曜日の夜、僕は、会社を定時で上がり、クリニックに来た。このクリニックは、ホルモン外来と言って、第一・第三金曜日は泌尿器科の。第二・第四金曜日は産婦人科の先生が、ホルモン注射を行ってくれるとのことだ。待合室で座っていると、番号が表示されたので、中待合に向かい、診察室に入った。産婦人科の先生と話をし、奥の処置室に入った。処置室には、看護師が、注射の準備をしていた。

「桂木さん、臀部に注射しますので、お尻を少しだけ出してくださいね」

　僕は言われるままにした。看護師は慣れた手つきで、注射を打った。注射は２アンプル打たれた。同じ場所には続けて打てないとのことで、注射を打つごとに場所を変えるとのことだ。

「お風呂は入っていただいて大丈夫ですよ。ただし、強くこすったりしないで下さいね」

　注射を終えると、僕は、ズボンを上げた。処置室を出ると、待合室で呼ばれるのを待っていた。

「桂木さん、次回は二週間後になります」

　会計を済ませ、次回の予約を入れると、クリニックを出た。帰りに、駅ビルの中にあるセレクトショップを覗いた。そこには、可愛らしいワンピースやスカートがあった。

「彼女へのプレゼントですか？」

「ええ、まあ」

「お決まりになりましたら、お呼び下さいね」

「ありがとうございます」

　店員さんが話しかけてきた。僕は、曖昧な返事をした。正直、複雑な気持ちだった。「自分が着る」とは言えないし、もし、着ると言えば、今の僕の姿では、怪訝な顔をされることが目に見える。中性的な顔立ちであるとはいえ、僕はまだ男の姿だから。いつか、着られるようになりたい。僕は、そう思いながら、ショップを後にした。

「一回目終了、はじめの一歩を踏み出せたな」

　何回か、ホルモン注射を重ね、一年が過ぎた。僕は、２５歳になった。血液検査の結果も特に問題はなく、体つきも女性特有の柔らかさが出て来て、肌もきめ細かく柔らかさを増していた。

「父さんと母さんになんて話そう。ありのままを伝えるしかない。僕は女性として生きていきたいと」

　このとき、僕はまだ気づいていなかった。両親に告白し、家を出たことで新たな目標が出来ることに気づいてはいなかった。