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天城ゆうな

第一章 確信

 僕の自分の性別に関する違和感が、確実なものになったのは二十歳の時だった。小学生、中学生の時から、自分は、周りの友人たちとは違うんじゃないか、薄々ではあるが、何かがおかしいと感じていた。

「桂木、お前さあ、3-Aの桜木と別れたって?」

「青山、お前、なんで」

「もっぱらの噂だぜ。お前と桜木、お似合いだったじゃん」

「向こうに好きなやつが出来たんだから、仕方ないだろ?」

「お前って、そういうとこ、妙に淡泊だよな」

 夏休みが中程に入ったとき、僕は、コンビニの前で、中学からの悪友である青山とアイスを食べていた。なぜか、こういう噂は広まるのが早い。彼女と別れたのは、一学期の終わりだ。

「彼女に言われたよ。『桂木君は、私じゃない、違う誰かを見てる』って」

「そうなのか?」

「ああ、で、『ほかに好きな人が出来たって』フラれたのが、終業式の一日前」

 このとき、僕は、女子と付き合っても長続きしないことから、自分がおかしいのではないかと感じ始めていた。その違和感は、高校を卒業し、大学に入った頃からますます強くなっていた、が、その違和感の正体に気づいてはいなかった。

「桂木君って、中性的な顔立ちしてるよね」

「え?」

「学園祭でさ、女装コンテストやるんだけど、出てみない?」

「じょ、女装コンテスト?!」

「うん」

 大学二年の時だった。後期の授業が始まり、少し経ったある日のこと、同じ学部の女子学生から、一枚のチラシをもらった。そこには学部別女装コンテスト、参加者募集と書かれていた。

「ほかの学部からも、何人かエントリーしてるんだけど。うちの学部からはさ、桂木君に出てもらいたいなって」

「面白そうだね、エントリーするよ。」

 僕は、チラシの下に着いていた申込書に必要事項を記入し、学園祭の実行委員の下に提出した。本番を前にした。一週間前のある日のこと、僕は、ゼミの教室にいた。衣装合わせをすると言って、僕にコンテスト参加を勧めた、女子学生が、僕が着られそうなサイズのワンピースを何着かもってきていた。

「桂木君、ほっそーい、何か切ないわ」

「あのさ、足もとがスースーして落ち着かないんだけど」

「ワンピースとかはそんなもんなの。でも、似合う。結構色白だから、赤がベースの花柄の方が似合いそう」

何着か着せられて、まるで着せ替え人形だ。

「桂木君、綺麗」

「そ、そう?」

 学園祭本番、僕は、女子学生から、メイクをされていた。鏡に映る顔は、幼い頃にアルバムで見た、若い頃の母親にそっくりだった。

「桂木君、綺麗。うちの学部、優勝間違いなしかも」

「そ、そうかな」

「うん、間違いない。あたし、女やめたくなってきた。だって、桂木君、美人なんだもん」

「なんでそうなるのさ」

 僕は、ワンピースに袖を通し、緩やかなウェーブのかかったロングヘアのウィッグをかぶった。不思議と違和感を感じなかった。むしろ、男でいるときより、自然な気さえした。コンテストの結果、僕のいる学部は優勝した。就職活動している時、どこか窮屈で息苦しさを感じながらも、僕は、二社目の面接で受けた会社の内定をもらっていた。

「これ、僕の違和感と当てはまってる」

 就職してから、二年経ったお盆休み、僕は、インターネットを検索していて、僕が高校から大学にかけて、そして今までも感じていた自分の違和感の正体をなんとなくではあるが、つかんだ。

「このクリニックで相談してみようかな」

 僕は、お盆休みが明けてから、とあるビルの前にいた。そこは、精神科のクリニックだった。ドアの前で深呼吸を一つし、ドアを開けた。

「初診の方ですか?」

「はい」

「保険証はお持ちですか?」

 事務の女性が僕に声をかけた。僕は、保険証を渡した。事務の女性が、保険証を確認し、何かを入力すると、僕に保険証を手渡した。

「こちらに必要事項を書いて、お待ち下さい」

 初診表が挟まれたファイルとボールペンを手渡された。僕は、必要事項と、相談内容を書き込むと、受付に手渡し、それと引き換えに番号札を渡された。呼ばれるまでの間、ラックに立てかけられている雑誌を読んで待っていた。このクリニックは、患者さん同士が顔を合わせないように、椅子が配置されている。正面に大きな液晶モニタがかけられていて、そこに番号が表示されるようだ。今、患者さんは、三人待ちの状態だ。表示された番号の色が変わる。僕の番号は、107番、次だ。僕の持っていた番号の色が変わった。僕は、中待合に向かった。その先に診察室のドアがある。

「桂木さん、どうぞ」

 先生の声がし、僕は、診察室に入った。診察室はいかにも病院という感じではなかった。

「どうされましたか?」

 僕は、自分の性別に関する違和感に関するすべてのことを話した。僕自身の言葉で、ありのままをすべて話した。先生は、僕の話を聞き、

性同一性障害で間違いないだろうとのことだった。

「ガイドラインに沿って治療を進めていきますが、 桂木さんはどう生きていきたいですか?」

「僕は、女性として生きていきたいです。体の性別も変えて、戸籍も変更したいです」

 僕は、先生に自分の意志を明らかにした。僕は、女性として生きていきたい。男性として生きていくことが辛い。

「わかりました。治療としては、ホルモン治療、最終的には外科手術で心の性別に体の性別を一致させていくことになります。泌尿器科のクリニックに紹介状を書きますので、身体的性別の判定診断を行ってくださいね。」

「わかりました」

「では、血液検査を行いますね。奥で採血していって下さいね」

「わかりました」

「桂木さんですね。こちらに座って下さいね」

 僕は、奥の処置室と呼ばれているところに入った。看護師に呼ばれ、採血台の前にある丸椅子に座った。

「どちらの腕でもいいですか?」

「あ、はい」

 僕は、右腕を採血台の上に載せた。ゴム紐で二の腕のあたりを縛られ、親指を入れ、手を握るよう言われた。僕は、言うとおりにした。翼状針を血管の見える腕の関節部分のあたりに刺し、採血をしていく。採血管に三本ほど採血した。その後、ゴム紐を外され、絆創膏を貼られた。結果は、一ヶ月後に出るとのことだった。僕は、次回の予約を入れ、会計を済ませて、紹介状を受け取ると、病院を出た。

「桂木さん、性同一性障害ですね。遺伝子は女性型」

 一ヶ月後の診療で、泌尿器科のクリニックから受け取った診断書を渡すと、検査結果を説明され、僕は安堵した。今までの僕が感じていた違和感、息苦しさの答えが見えたからだ。

「うちで出来るのは、ホルモン治療までですね。外科手術は大きい病院に紹介状を書きます。海外でされる方も多いですが、国内でもできる施設はあります」

「そうなんですか?」

「ええ、国内でも出来る施設はありますよ」

 先生は、性別変更のための診断書と意見書を書くために、少し時間がかかると言うことも話してくれた。このクリニックでは、精神治療とホルモン治療がメインで、外科手術は海外でも出来るが、国内でも性別適合手術に対応している病院もあるとのことだ。

「出来れば、国内で手術したいかなと」

「診断書と意見書は出来上がるまで、少々お時間いただけますか?」

「はい」

「先生、先に検査結果を文書にまとめたものをいただけますか?」

「いいですよ」

 先生は、診断書と意見書に時間がかかる理由を説明してくれた、ガイドラインに沿って治療を進めていくために、二人以上の精神科医の承認が必要であるということからだ。セカンドオピニオンのクリニックへの紹介状を書いてもらい、その上で、次の治療に進むと言うことだった。僕は、先生に検査結果を文書にまとめて欲しいとお願いした。先生は快諾し、次の診察までにまとめてくれるとのことだった。僕は、血液検査の結果の紙をもらい、次の診察の予約を入れると、会計をし、クリニックを後にした。

 「第一段階クリアかな。一歩前進」

 駅までの道を歩きながら、僕は、少し霧が晴れたような感覚を覚えた。そのせいか、足取りは軽くなっていた。一週間後、僕は、紹介されたセカンドオピニオンのクリニックでも、今のクリニックの先生に話したことをすべて話した。次の診療時、先生は、検査結果を文書にまとめたものを渡してくれた。

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