Draft-6 後の 拶
教会内の誰もが皆、目を閉じて祈りを捧げていた。ある者は床に座り込みながら、ある者は肩を支えられながら。
巨人の乱入により犠牲となった人の数は、参列者の四割を越えていた。
聖堂内に充満したすえた匂いは、しばらくは鼻の奥をついて離れないだろう。天井や壁、いたるところに血のシミがついている。装飾はずたずたに裂かれ、木製の長椅子は原形を留めているものを数えた方が早い。
暴力とは無縁であるはずの教会内は、
しかし、その
――だが、何かがおかしい。参列者の指を伝う涙が、光に舞う
聖堂は、静けさを取り戻したのでは無い。そもそも、音が無いのだ。悲劇的な場面を
世界は、その時を止めていた。
『――それは、本気で言っているのか?』
女性か男性かわからない、押し殺した低い声だけが辺りに響く。それは、
『自らの手で親友を殺した主人公が、
誰も動かない世界で、その声だけが人々の間を
『
床を踏みならし、
目には見えないその声の
『――それを……、それをなんだって?
おい。
『一人のキャラクターを抹消することが、物語にどれだけ
わめく声がぱたりと止まった。吐く息が、
『……わかってはいるけど、”ウィルマー”が可哀想で見ていられない……?』
壁を叩く音がした。
『――だからあなたの話はつまらないと言っているのだ……!』
『……いや、分かる、分かるぞ。正解は一つじゃない。世界には修正力がある。その人でなければならないイベントなんてものはなく、すべては"置き換え"が出来る出来事だ。”ウィルマー”が今の鉱山を訪れたのは、理解をしてくれない周囲の大人に嫌気が差して旅に出たものの、行き倒れてしまい、そこを親方に拾われた。地下坑窟を抜け出した”ウィルマー”達がお世話になるのは、
パン、と音がして、近くに立っていた参列者の頭が消し飛んだ。地獄のような低い声が、辺りを
『――だが、だがなあ、物語には
誰もいないはずの空間に、ヒステリックにがなり立てる
『いいか? 追いつめられてからが本番なんだ……。どうやってここから這い上がるんだろう……? どう切り抜けるのかなあ? 感じるのはヒリヒリとした
肩で息をしているのだろう。疲労に耐えかねたように声のトーンが落ちる。
ふっと鼻で笑う声が聞こえた。
『――ああ、そうか。あなたは嫌なんだ。”ウィルマー”が親友の死に
荒い息を整える、細く長い溜め息。
『……まあ、良い。この話を面白くする気があるのなら、あなたの言うとおりにしよう』
指を鳴らす音がした。
『”セバ”という存在は、最初からこの世界にいなかった。そこで
気配がそう言い放つと、動きを止めた参列者達の体から、ゆらゆらと浮かび上がる物がある。――文字だ。白い文字列が光り、体から抜け出していく。ウィルマーや、映、祭司、修道騎士達からも
その現象は、時を同じくして、
時が動き出す時……、世界は、”セバ”という物好きな冒険者のことを忘れているだろう。彼が深く関わった事件、事物は他の人物が起こしたこととして置き換わる。
それを悲しいと思える人は、もういない――。
◆
「だから、落ち着きなさい。我々の勇士は、あそこにいます」
その修道騎士が指差した先。確かにそこに、ウィルマーはいた。
剣山の頂点近く、入り組んだ岩槍の交差部分。そこに、短刀を
全方位から
巨人の返り血を存分に浴びたその横顔は、しかし、徐々に苦痛に歪みはじめた。空いている片手で頭を押さえている。
しかし、無事なようだ。ウィルマーは、時々ああして不調に見舞われている。きっと頭痛持ちなのだろう。そう、映は思った。安心したらなんだか疲れてしまった。ぐったりと力なくその場に座り込む。
「(良かった。これで、ウィルマーは傷つかずに済む。私は、どんな手を使ったとしても
映は、その小さな口をきゅっと引き結ぶ。
「(
不意に、肩を
「――大丈夫ですか!?」
背後から聞こえるこの声は、先ほどの修道騎士だろう。
「……えぇ」
無駄に心配をかけるのも悪い。映は、問題ない事をアピールしつつ立ち上がる。顔を上げた彼女は、いつもの涼やかな氷の女王の顔をしていた。
「(――でも、私、なんでウィルマーが傷つくと思ったのかしら? ウィルマーは、ただバケモノと戦っていただけなのに)」
――それだから、彼女は見ていなかった。ウィルマーの瞳の
そして、その指は――、
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