第21話 最後の挨拶
「なに……やってんだよ……?」
どうにか笑みを浮かべようとしながら、口元は引きつり、
前を向いていては、腹部より上が視界に収まりきらないほどの
「冒険者だろ……? そんな……、
何か喋っていなければ、ガラガラと崩れていきそうな心。次々と
だがしかし、セバと呼ばれた
ふいに、セバが手を振り上げる。
「ウィルマー……!」
映が声をかけるが、ウィルマーの耳には入らない。
剛腕が振られる。虫を叩き潰そうとするように、広げられた
「……っ!」
よろけながらも
周りの修道騎士たちはと言えば、メイスを構えたは良いものの、動くに動けずにいた。
見上げる肌は、岩で出来たように硬そうだ。それでいて大人三人分ぐらいはあるだろう背。そんな相手にメイスの打撃が効くとは思えない。せいぜい気を引くぐらいが関の山だろう。そもそも、祭の場を荒らし、司祭をこき下ろそうとした人間を、誰が助けるというのか。
だから、人に優しくしなくてはいけないと、改めてウィルマーは思った。"
――『キミは悪くないさ』
ふいに、頭の中にノイズが走った。そして、浮かんでくるのは、夕焼けをバックに悲しそうに微笑む人物の映像。逆光になっており、その人物の表情は、
「(この背景は、"日本"――?)」
激しい衝撃とともに、ウィルマーは宙を舞っていた。豪速で教会の壁に叩きつけられる。胸どころか全身を打撃されたかのような衝撃。口から何かが吹き出し、背骨が悲鳴を上げた。壁から
かすかに聞こえる声が誰の叫び声なのか、もはやわからない。後頭部からどろりと
「祭司……、早く、対抗魔法を……!」
かすれがちな声を張り上げ、訴える。
「彼は、ただのハーフリングなんです。操られてるだけなんだ。だから……!」
年神様、助けてください! という半狂乱の声が聞こえ始める中、祭司は生気の抜け落ちた顔でぼそりと呟いた。
「いや、違う……」
大の大人が、神に限りなく近いはずの聖職者が、信仰など無意味だと突きつけられたような、そんな表情をしていた。
「あれは……、あれが、今の世に……? そんな馬鹿な……」
湿った重い音がして、ウィルマーと祭司の間に、ねじ切られた修道騎士の上半身が落ちてきた。思わず後ずさるウィルマー。反射的に胃の中身がせり上がりそうになるのをなんとか
「"
ようやく我に返ったというところだろう。祭司の声に、確かな
「……なんですか?」
「時間を
「なっ……!?」
目を見開くウィルマーをよそに、祭司は特大の精霊石がはめられた
「元がなんだったのかは知らない。だが、あれが何かは
にらみつけるウィルマーに、祭司は淡々と告げていく。
「
「……頭でもおかしくなりましたか、祭司。
「伝説の中だけの話だと、そう言いたいのだろう」
祭司の顔横を
「
ぐ、とウィルマーは奥歯を噛みしめる。
「まあ、それこそ大精霊クラスであれば、五感まで偽装することも可能かもしれないが……」
ウィルマーは、自然と身体が動いていた。蹴り飛ばすわけにはいかないだろう。
相手は、巨人に殴り飛ばされてくる修道騎士だ。祭司への直撃コースを放っておくわけにはいかない。タックルさながらに飛びつき、確保する。激しく転がりながらも、どうにか魔法陣は死守をした。
「――教会には、そもそもその
祭司は、何事も無かったかのように、木製の
「これより私は、契約に入る。そのまま頼むぞ」
顔も向けず、礼の一つも無いのは、集中しているから。このままでいけば、なんらかの介入が入る前の全滅は必至。決して祭司が
しかし、ウィルマーは割り切れなかった。この状況で時間を
――しかし、そんな心の内を
「私は優しいから、言ってやろう」
義務のように、
「祭司は、神との対話者としての
――いいか?
「
ウィルマーは、自然と叫んでいた。
顔の筋肉という筋肉が
ローブのすそを
「
振り抜いた短刀の切っ先から、莫大量の水があふれ出す。激流が絡み合い、形成されるのは薄青の長大な魔力刀身。
振り上げられたメイスの先端が、まるで紙を切るかのように軽く真っ二つにされていた。驚く修道騎士達の脇を、鬼の
◆
あれは何歳の頃だっただろうか。きっと片手で
――やはりというか、ウィルマーは、ちょっと距離を置かれるタイプの子供だった。それはそうだろう。意味の分からない文字を書いては『これなんて読むかわかる?』と聞いて回っていたのだから。いわゆる不思議ちゃんというやつだ。まともな精神なら黒歴史の一つにでもなろうものだが、決まりの悪いことに、それは空想の話ではなく、事実の話だったのだ。
これが、ただ単に周りにかまって欲しいためだけの
必死なだけに、認められなければ焦りもする。なぜ、みんな知らないのかと。そこで、胸に
あの子とは話してはいけません。近寄ってはいけません。そう影で言われていたことを、ウィルマーは知っていた。
それでも、今こうやってねじくれもせず生きているのは、ひとえにセバさんのおかげだと、ウィルマーは思っている。
セバさんも、最初は好奇心からだったのだろう。面白い子供がいると風の噂で聞いたのだと、ある時言っていた。
当時は、旅人にすら"日本"の事を聞いて回っていた。耳ざといセバさんのことだ。それを手掛かりに来たのだと思う。
でも、面白がるだけではなかった。馬鹿にせず、話をしっかりと聞いてくれ、『じゃあ、一緒にその場所を探しに行こうぜ』と言って、
ウィルマーは、自分に親がいたのかどうか覚えていないし、幼い頃どうやって暮らしていたのかも覚えてない。だから、物心ついてから最初に親らしき事をしてくれたのは、間違いなくセバさんだった。
面倒も沢山かけられた。気まぐれで、ちょっと出て行っては1日宿に帰らない日もあったり、珍しいものがあるといえば、どんな危険な場所へでも飛び込んでいった。子供
いろんな事が、洪水のように流れ出して来ていた。
その中で、一つ思い出した事がある。遺跡などに潜った時の話だ。
『ウィル坊、もし、もうどうにもならねえって事になったら、
結局、その時の"日本"探しの旅は、途中で終わってしまった。一緒に旅をしたのはたった数ヶ月間だったが、大事な思い出だ。
そして、はじかれ者の自分に、鉱山での暮らしまで
頭を下げても下げきれない。
だから。
◆
映は、壁際に追い詰められていた。参列者と共にどうにか逃げ回っていたが、巨人とは歩幅が違いすぎる。つけ回されれば、ろくに隠れる場所もない開けた場所だ。逃げ切ることなど到底出来ない。
巨人の目的が何かはわからないが、
修道騎士はあてにならない。武器の有効性もそうだが、おそらく、最初に
もう、この世界に来てからこんな目にばかりあっている気がする。
ウィルマーが殴り飛ばされてからの動向は追えていない。巨人が左腕を振り上げた。背中に硬い岩の感触を感じながら、目を閉じる。もはや、見上げることもないだろう。
そこで、映の意識は――、途切れなかった。
耳をつんざくのは、ドスの効いた
――それは、映の頭上での出来事だ。
顔をぬぐい、前を見る。そこには――、
手首から先を落とされた巨人は、すぐさまもう片方の手でウィルマーを払い
対するウィルマーは、刀を抜き放った姿勢からもう一歩踏み込み、左足を右足に
映は、目の前で行われた曲芸に
巨人も手を
向かって右からの
それは、回避であり攻撃だった。身体に沿って縦に回る精霊刀が、身の下をくぐる腕を刻もうとする。しかし、当たればラッキーというレベルの攻撃だ。巨人の腕は、タイミング良くその風車を通り抜けてしまった。
位置が詰まる。
着地したウィルマーは、あえて身体を
しかし、それも読んでいたのかのように巨人はかわす。またしても腕を振り抜いたまま、引っ張られるようにして貧相な右足を浮かした。自然、左足を軸にくるりと回るような形になる。腹部の肌を
手首から先が無くなった左腕が、右、ウィルマーの死角から激突した。
しかし、ウィルマーも、モロに食らった訳ではないようだ。衝撃を逃がすよう、あらかじめ飛ばされる方向へ軽く
ウィルマーは、空中で綺麗に身体を回し、岩壁に着地する。両足を付けた瞬間、弾かれるように巨人の方へと飛び込んだ。切りかかる。
――だが、そこで
振り抜いた巨人の左腕。その断面から、血しぶきが飛ぶ。それが、ウィルマーの目に直撃した。
うめきを上げながら勢いを失い、どさりと着地するウィルマー。目をこするが、どうやら一時的に視力を失ったらしい。"汚い"といえばそれまでだが、巨人側も本気なのだろう。
無事な右腕で叩き潰そうと、五指の雨が降る。右、左とウィルマーは地面を転がり避けるが、先程までのキレは無い。等間隔の振り下ろしが続き、抜け出るタイミングを見計らって立ち上がろうとした瞬間、半拍早い振り下ろしが抜け目なく降ってくる。
風の音で判断したのだろうか。
しかし、そこで
巨人の手の平が、断ち割られていない。なぜなら、その
打ち合いの中で情報を吸収し、真似したのだろうか。巨人は知性もなくただ暴れるだけではない、ということだ。自然物であれば一撃必殺の魔力刀身も、同じ性質の魔力義手相手では
ギリギリと折れそうなほど、歯を食いしばる音がする。ウィルマーだ。いくら何でも、
お、おい、やばいぞ! と辺りで声が上がるが、今更この状態では、手の出しようがない。折を見て遠ざかっていた映も、唇を噛む。なにか、なにか無いのだろうか。
慌てて周りを確認すると、年神として参列者の相手をしていた女性が、気絶して倒れていた。これは……、"映"の評判は地に落ちるかもしれない。と思うが、そんな事は今はどうでも良い。巨人の注意を
ふいに、視界の
なんらかの魔法だろうか。ならば、あれが発動するまで
映は、近くに落ちていた
しかし、ウィルマーへの
左手の魔力義手でウィルマーを地へと固定し、右腕で
死神が、鎌を振る音がした。
――ウィルマーが前進する。
見れば、魔力刀身が消え失せていた。
「ォ――――――!!!」
巨人の左手も、振り抜かれた右手も背後に置き、風のように巨人の
ウィルマーは、タイルを踏み割り
「決 壊 せ よ――――!!!!」
ブチ上げた。
薄青の一線が教会の天井を割る。同時、巨人の周囲に幾十の魔法陣が展開。黄土色に輝く岩槍が射出、大砲に似た
思わず映がびくりと肩をすくめ、目をつぶった。一瞬。その一瞬で、巨人と距離を取っていた映の眼前にまで、岩槍が地面から突き出している。
辺り一面に、
「ウィル……マー……!?」
映は、巨人と共に剣山に飲み込まれた赤髪の少年を探す。手の平に血がにじむのも構わず、その
「落ち着きなさい!」
と、近くにいた修道騎士に
「だから、落ち着きなさい。我々の勇士は、あそこにいます」
その修道騎士が指差した先。確かにそこに、ウィルマーはいた。
剣山の頂点近く、入り組んだ岩槍の交差部分。そこに、短刀を
全方位から
巨人の返り血を存分に浴びたその横顔は、しかし、幽鬼のように白く、感情を失っていた。
いや――、失っているのではないのだろう。一見荒れていないように見えても、その実
巨人が、かすかに動いた。辺りがざわつく。あれほどの状態で、まだ絶命していないのかと。
しかし――、それきり何も動かない。あれが最後だったのだろう。
巨人が、いまわの
眉尻が下がり、目は細められ、口角はゆるく引かれた表情。
言葉はなくとも、それは、年の離れた親友への、最後の挨拶だった。
「――――ッ」
緑の瞳が揺れた。決壊したように感情があふれ、
映は眉根を寄せ、静かに目をつぶった。心臓を握りつぶされるような悲しみが、等しく、教会内に降り積もる。
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