第12話 驀進する波濤

「何を言っているんだよ!? このお方が神じゃない!? なにを理由にそんな事を!?」

 赤い髪の少年は、最早取り乱し、体裁ていさいを取りつくろう余裕もないとばかりに声を荒げる。

「……理由は、幾つかある。一つ、お前は、その映とやらを敬うそぶりが無い」

 アマデウスのつやのある低い声が、淡々と事実を告げていく。

「どこが……!」

「後ろ手でやめろと指示を出すのは、果たして従者が主人に取る態度か?」

 ぐっ、と少年の眉間にしわが寄る。

「二つ。お前は、未明の神の言葉を翻訳し、神に言葉を伝える従者のような役割だというが、先ほどの態度を含め、俺にはお前の指示でそこの神とやらが動いているように見える」

「……次の都市へと足を向けたのも、そこの村長を氷漬けにしたのも、此処にいる映様のご意志だ! 神を愚弄ぐろうするのか!?」

「例えばっすよ?」

 と、アマデウスの脇からケビが飄々ひょうひょうと口を挟む。

「どこでも同じようなことをやっているなら、タイミングを決めているはずっすよねえ。ここまでやって金が取れないとわかったら退散するというような、引き際のタイミングっすよ。条件を持ち掛けて乗ってこなかったなら、一度引くと見せかけたり、はたまた脅しをかけたりして、なんとかしぼり取れないかっていう駆け引きをするタイミング。そんなのも、前もってある程度決めておけば、なんとでも……」

 ケビが瞬時に言葉を切って、頭を振り、首を横に倒した。耳をかすめそうな位置を、冷気を伴う神力が吹き抜けていく。

「まるで詐欺師のような扱い……! 貴様、不敬だぞ……!」

 片手を振るった赤い髪の少年に従い、映が神力を放ったのだろう。殺気をみなぎらせた視線が、ケビとアマデウスに向けられている。

「ほらぁ~、やっぱり君が合図を出してるじゃないですか~」

 首を倒したまま、おどけた声を出すケビ。

「詐欺師だと、我々は言っているのだ。大人しく罰を受けよ」

 アマデウスの言葉を受け、ギリ、と歯噛みする赤い髪の少年。

 ”世界樹の眼ラタトスク”とは、世界中の権力者から独立している特殊な機関である。教会や領主を始め、時と場合によっては神の命令でさえ無視する事が許されており、その業務は、人と神の調和をむねとする。人が神をないがしろにするのであれば、それを罰し、神が人をしいたげるのであれば、武力をもってしてもそれをいさめる。究極の中立調停機関。それが”世界樹の眼ラタトスク”である。

 何者にもおもねらない為に、武力においてもそれ相応の高い水準の技術をもっており、そこら辺のごろつきでは到底太刀打ち出来るものではない。

 いざとなれば神とも単騎で渡り合うような猛者もさ達なのだ。本気で事を構えれば、一瞬で制圧される可能性だってありえる。

 しかし、ここで大人しく従った所でろくなことにはならないと、赤い髪の少年は思い悩んでいた。

 なんとか出来るとすれば、ただ一つ。映の力のみだ。少年は密かに彼女に合図を出しながら、口を開く。

「……仮に、仮にこいつが俺の言葉に従っているとしよう。だからと言って、それが神ではない証拠にはならないはずだ! 神相手に簡単に手を出していいと思っているのか? 天軍が下るぞ!」

「我々”世界樹の眼ラタトスク”の使命は、人と神の調和した世界を保つ事だ。現界した神が人の世を傷つける神であるならば、我々は、人に危害を加えないでいただきたい、ということを、納得していただく・・・・・・・・までのこと」

 そう言って、アマデウスは腰を落とし拳を構える。

「無論、神をかたる不届きものには容赦はしない」

「――神じゃない神じゃないと! これを見ても、そう言えるのかよ!?」

 今まで、固唾かたずを飲んで様子をうかがっていた民衆が騒ぎ出す。

 勝ち誇ったような赤髪の少年の後ろに展開しているのは、家屋の屋根をも超える全長の極大紋章。通常であれば瞬時に組成できる魔法陣が、数瞬をもって更に細かく描きこまれていた。幾つもの小規模の魔法陣が線で繋がれ、大円を成している。何年に一度ですら見る事は無いだろうという、高度な魔法だ。

 映の髪はうねる力場のせいで風にゆらぐように逆立ち、全身が発光している。

 拍動するように紋章が揺れ、ブレながらも、今まさに決壊しそうな力の奔流が、そこにはあった。

「はぁ~~、こいつはすごいっすな」

「……ケビ」

 山を眺めるように、目の上にひさしを作って天を仰ぐケビ。まるで緊張感の無い様子を叱責しっせきしながら、アマデウスは赤髪の少年から目を外さない。

「わかっているのか!? こっちにはこいつらもいるんだぞ!?」

 そういって赤い髪の少年が剣を向けるのは、未だ恐怖に固まり動けないでいる村長の妻と娘だ。ひっと息を詰める声が聞こえる。

「……一つ、言っておこう。我々にとって、人命救助は優先事項ではない」

「出来るならするっすけど、出来そうになかったらしない、それぐらいの事項なんで奥さん娘さんは勝手に逃げて欲しいっす!」

「……なっ!?」

「少命より大命。それが我々の是である」

「そんな事は、俺たちの仕事じゃないっすね~~!」

「……正義の味方ヅラしてるわりにはそんなものかよ……この世界は腐ってる! そんなんだから、そんなんだから俺たちはぁあああああ!」

 赤い髪の少年の怒号に合わせて、映が魔法を解き放つ。極大の紋章から放たれた魔力は、具現化した端から地面をえぐり、吹き飛ばした端から凍らせ飲み込んでいく。

 風吹く速さで飛んで来る魔力を前に、まずもってケビが飛び出した。右前方、中間点にある樹木の太い枝に鎖槍チェーンランスの穂先を射出し、巻きつけたそばから射出機構を巻き戻し、跳躍。風にあおられて、ローブのフードが後ろに吹き飛んだ。

 現れるのは、橙色のツンツンとした頭に、長い前髪。三つ編みに編まれたおさげが揺れる。ツリ目がちの甘いマスクが、いたずらっ子のような勝気な笑みを浮かべていた。

 手首のスナップ一つで鎖をうねらせ、枝からほどく。高度は頂点に達し、木々を背中に置いていく。凍てつく波動をかする寸前で飛び越し、赤い髪の少年の元へと迫った。

 口笛を一つ。

 赤い髪の少年が振り仰ぎ、焦り、長剣を投擲とうてきするが時はすでに遅い。ケビは、天を仰ぐ仕草一つで飛来する長剣をかわし、枝から離れた鎖を体のばねと膂力りょりょくで振り落とす。風切りしなる鎖。それは、まばたきの間に少年の首に巻き付いた。

「っあ゛」

 ケビの体が加速する。だいだい色の髪がなびき、ローブの白いすそがはためき、風を打つ。足下あしもとのふらつく少年の鳩尾みぞおちを、かまえたつま先が打撃した。鈍い重音が鳴り――、そのまま、ケビは地に倒れ伏す少年の上に着地した。

 一方、アマデウスの方はと言えば、迫りくる氷の波濤はとう相対あいたいしていた。息を吸い、目を閉じる。力を集中すると、徐々に、にじみだすようにアマデウスの前方に大円の魔法陣が浮かび上がってくる。アマデウスはまだ動かない。その間にも、凍てつく波動は、津波のように街並みを襲い、迫りくる。一軒先の家が氷に飲み込まれた辺りで、ようやく足が動いた。作り上げた魔法陣と、氷の驀進ばくしんが重なる瞬間。ド、と地を打つ轟音を響かせ、震脚。肩から背にかかる部分で、迫り来る青い光を圧撃する。

 はためく。その瞬間、ずれたローブのフードから覗くのは、刈り上げられた薄い金の短髪と、鋭い青い瞳だ。

 陶器を割るような高い破裂音が鳴り響き、魔力が消失。時を巻き戻すかのように、街並みを覆う氷も破砕し、魔力が消失した空間になだれ込むかのように、風が辺りのすべてを洗い飛ばしていく。

「む、無茶苦茶だ……」

 どこからともなく、民衆の中から、そんな声が上がった。

 残る映はと言えば、赤髪の少年の上からケビをどかそうと、必死にケビに組み付いていた。細い柔腕で押しのけようと力をめるが、歴戦のつわものがそんなものでぴくりとも動くわけがない。

 映のつむじを見下ろしたケビは、彼女の髪を掴み、引き抜くように手を振った。悲鳴とともに黒い髪が宙を舞う。ふさりと音を立て、ゆるやかに地に落ちたもの。――それは、黒い長髪のかつらだった。

「ふふん、神の正体、見つけたりっす!」

 まろび出た少女の本当の髪色は、若干の黄を混ぜた透き通るような白。それは、紛れもない神ではない証拠。――ある種族の髪色だった。

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