第2話 神との邂逅
この世界は、
終末の大火を生き延びた二人の人間と、
しかし、徐々に自然が戻って来るにつれ、精霊が生まれ、その一部は肉体を持ち、亜人となった。神の子孫達も結婚し、子供を生み育てた。人間は、言わずもがなである。
かつて、三つの階層、九つの世界があった世界は、焼け落ち、崩壊を重ねたことで海の中で混ざり合い、二つの階層、九つの地方に姿を変えた。天界は、その大部分が失われ、人間や亜人たちの暮らす第二階層へと落ち、重なりあってしまう。
そうして出来上がったのが、元第一階層と第二階層が重なり合って出来上がった、現第一階層である。
その中の、飛んでは行けない
そこで、当代の主神である女神は考えた。
『ならば、
――そうして、毎年なにがしかの神が、その家族を連れ立って、
人間や亜人は、それをもてなし、世界を案内し、その神の気に入る地域を探す役目を
そうして、気に入る地域を見つけた神は、案内人と
その神を迎える祭が――、
◆
「よォし、お前らァ! 祭の準備も大詰めだ!
ウス! と、大声を返すドワーフ達。はちきれんばかりの黄土色の筋肉が湯気を立て、瞳は活気に満ちあふれ、らんらんと輝いている。地下坑道は、熱気に満ちていた。
それもそのはず、今年の〝
「くず石は潰せェ! 潰したらどんどん上持っていけ! 女供が
ウス! という声が地下坑に
めいめい動き出したドワーフたちの
「親方、すみませんでした
「あ゛ぁ!?」
その、耳鳴りがするほどの声量と、振り向いた鬼のような顔面。
一瞬言葉に詰まるが、単に、聞こえていないだけだろう。辺りには、
「昨日は! すみませんでした!」
口元を両手で囲い、思いっきり叫ぶ。
「おぅ! キリキリ働けェ!」
親方が、ニカッと笑う。バンバンと肩を叩いてくるせいで肩が外れそうになるが、本人はポンポンぐらいのつもりだろう。肩を押さえて苦笑しながら、持ち場に戻る。
木箱に座ると、ブリキのバケツに詰まった小さな石を手に取った。石をぼろ布にくるむと、
くるんだぼろ布の上から石を丹念に叩いていく。
今、ウィルマー達が、そうやってふるい分けているのは、
一度世界が滅びて以来、その復興は苦難に次ぐ苦難の道のりだった。何千万といた人間が、たったの二人に減り、文明が何もかも滅んだのだから、当たり前と言えば当たり前なのではあるが。
そんな中、どうやって今のような繁栄を成し遂げたのか────。
それは、ひとえに〝精霊〟との〝契約〟によってだったという。
「……おお」
ウィルマーがバケツから手に取った小石。その断面からは、小石にしてはなかなかの大きさの結晶が生えていた。〝
これもぼろ布にくるみ、砕いていく。砕かないのは、結晶が
精霊は、自然から生まれ、自然に暮らす。言うなれば、自然現象をそのまま具現化したような存在だ。
その力を、使わせて貰うことが出来たなら────。
わざわざ火を
やり方としては、まず、魔石から造られた絵の具で、地面に紋章を描く。この時、この絵の具は、花の香りがしなくてはならない。
その匂いが精霊を引き寄せると同時に、精霊をその場に
魔石に向かって特定の
大精霊にでもなれば話は別だが、そこら辺の雑多な精霊では、自分の姿を確立出来ないからだという。
そして、契約というからには、こちらも対価を支払うわけだが……。
「おっと」
気付けば、小石を詰めていたバケツが
そこかしこで作業しているドワーフ達を避けながら、傾斜のついた岩肌の通路へと歩いて行く。そこには、既に同じようなバケツが何個か乗っている手押し車があった。ウィルマーが運んでいるバケツを乗せれば、もう満杯だろう。
満杯になったら、誰かが上の広場まで持って行く。そういうシステムだ。
この砂利のようになった魔石を、上の広場にいる女性達がすりこぎで更に細かくする。それを顔料として、魔法の絵の具は
「よいっしょ」
ウィルマーは、腕にずっしりとくる、
祭りは、もうすぐそこだ。
仕事が終わり坑窟を出ると、辺りの様子が様変わりしていた。
通常であれば、色とりどりの天幕を張った店が立ち並ぶ、底面広場の一大バザール。その店の数が、半分以上減っている。
「(ああ、もうそこまで来たんだ)」
と、ウィルマーは実感する。
決してバザールが賑わっていないわけでは無い。むしろ、焼き物屋などは、前乗り客などで、普段以上の盛り上がりを見せていた。
では、なぜ店の数が少ないのだろうか?
それは、露店が、基本可動式の設営スタイルを取っている事からも
祭事や式典が行われる際は、一定数の露店が排除され、空いたスペースに舞台を組み立てて祭事を行う事となる。広いスペースを常時確保出来ない、地下ならではの風習だ。
これから、木材を運び込み、組み立てが行われるのだろう。
書き割りを添え、花や極彩色の布でメインステージを飾り付けるところまでは、あと数日と言った所か。
ウィルマーは、高まる期待に大きく息を吸った。
◆
祭の当日――。
ニーダスヴァルトの首都ドゥリンモートには、今日の神の降誕に合わせて、各地から大勢の見物客が押し寄せていた。ドワーフ、人間、龍人、魚人、有翼人、などなど。
なかには、参加を拒否している地域、代表しか来ていない地域もあるが……。
地上から地下都市に接続する、巨大な龍がのたくったような大坑道は、祭りの直前である今もまだ、人々を吐き出して止まらない。
「
「由緒正しい
漂ってくるのは、エキゾチックな香辛料の香りと肉の焼ける匂い。店主が、客寄せのためにわざと香ばしい煙を、行列の方に送っているのだ。ただでさえ狭苦しい大バザールは、普段以上に人がひしめき合っていた。身体をひねらなければすれ違えないほどの大満員。もう既に酒に酔って足元がおぼつかないものもいる。笑い声、怒鳴り声、客引き、響き渡る雑踏。ハレの日に
ウィルマーも、開催地側の人間として負けじと声を張り上げる。
「ボロック工房でーす! ドワーフの技術の粋を集めた工芸品はいかがですかー!」
精一杯の営業スマイルを振りまきながら、見本の宝飾品を掲げる。モノが良いからだろう。おお……、と感嘆の声を上げながら、覗き込む人も沢山いる。
ウィルマーは、今の生活が好きだ。
普段は下働きとして坑道で働いているが、徐々に鉱石に慣れ、目利きが出来るようになったらやりたいことがある。親方の奥さんが束ねる加工班に加わりたいのだ。
炉と様々な工具、鉱石に囲まれながら細工をする。そんな未来、良いじゃないか。と、ウィルマーは思う。
前世の自分は、将来どうしたいかなんて考えもしていなかった気がする。
十四・五で将来何になりたいかと、真剣に考える人間の方が少ないのかもしれないが……。
――そう言えば、〝
ドクン────と、その時、大地が拍動した気がした。
釣られて、広場の最奥に顔を向ける。
神寄せの紋章が完成したのだろうか。基本やることは、精霊と契約する時と同じだ。ただ、その規模が大きいだけ。
今頃、九つの魔石を持った、九人の祭司達が、メインステージで詠唱を始めていることだろう。良い花の匂いが流れてくる。
ドクン────
しかし、ウィルマーは、何故か言い知れない不安のようなものを感じていた。
ドクン────
足元からでは無い拍動。これは、大地の拍動ではない。これは……、自分の拍動だ。
ドクン────
「…………っ」
そのことに、気付いたウィルマーは、胸元を握り締めた。息が、浅く、早くなる。次第に、頭の中にある考えが満ち始めた。
『神寄せの場に、行かなくてはいけない』
客引きを、
ドームの天高くに、光で描かれた紋章が現れる。地面に描かれているものと同じ紋章だろう。
九つの光の
ウィルマーは、目の上にひさしを作りながら、バザールをひた走る。
心臓は、
祭司達は、既に脇に控えている。光柱の中に、黒い影が見えた。
歓声が上がる。
有翼人種は喜び飛び上がり、龍人種は火を噴いた。魚人種は水を張ったたらいの中で、
観客の密度からして、これ以上先には進めない。だが、召喚陣が目視出来る距離だ。十分だろう。
腕を組む龍人と、フードを被った旅の人間との間から、ウィルマーは
──光柱の中から、まず神の片足が出た。焦げ茶色の革をなめした靴を
その年に、どういった神様が降りてくるかは、その時までわからない。
──次に、足を踏み出す動作について、ひだの付いた腰布が見え隠れする。丈は長く、真っ直ぐに立っていれば、膝頭が見えるか見えないかという長さだ。
そう、その時までわからないから、人が集まるのである。今年の神様は、どんな神様だろう。一目見たい、と。
──太ももまで出れば、後は一気だ。腰から頭までが外に出て、光柱は
ウィルマーは、目を見開いた。胃に氷の
「(これは────!)」
観衆の歓声は、いやが上にも高まっていく。
──その神の指は、細く長く、腰はくびれ、髪は黒く長い。顔は、全体的に小造りな顔をしていた。鼻は小ぶりながらすっと通っており、瞳は大きいものの切れ長。唇は薄く小さく、総じてどこかしら
「【……なに? この茶番は】」
神の声が響く。観衆の黄色い声が、一瞬、歯切れ悪く止まった気がした。
それは、何故か。
それは──、
祭にかこつけて騒ぎたいだけの者や、神寄せの陣から遠い者たちは、未だに騒ぎ続けている。
「【なんなの、あなた達】」
しかし、祭司を始めとする最前列の者は、完全にその異様に飲まれていた。この世界に存在する、ほぼ全ての種族が揃っているその場で、誰も、その神の言葉が
しかし、それが無い。
ドクン────
ウィルマーの胸が、今こそ、一番の大きな拍動をした。
「【……笑っちゃうわ。これは、夢?】」
ウィルマーは、その言葉を知っていた。誰も、何も知らない言語。
その言葉を、
「【しかし……、やたらリアルなのね……】」
と、目を細め、辺りを見回す神。ウィルマーは、思わず口を開く。
「【あんた──、どこから来た……!?】」
──それは、ウィルマーの夢の中に出て来る〝日本〟という地域で、主に使われている言語だった。
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