第11話 日曜日
日曜日。真新しい硝子の箱のような美容院。通りすぎようとした、その時。
「ありがとうございました」
いきなり目の前のドアが開いて、美容師が整髪剤の臭いのする少女を送り出した。
「また来てね」
少女ははにかんで頷く。私はにっこりと笑って手を振った。そして中に戻ろうとした。美容師の仕事をするために。
彼女はドアを閉める前に、怪訝な表情で私を見た。途端に表情が固まる。多分私と同じ表情で。
彼女は私と全く同じ顔をしていたのだ。つり上がった目、鷲鼻ぎみの鼻、厚くてだらしない唇、細い輪郭、全ておんなじだった。私たちは固まったまま動かなかった。
この世に三人は自分と同じ顔の人間がいるという。私はその一人に出会ってしまった。私はどうしても彼女を私として見ることしか出来なかった。別の私が私の別の人生を歩んでいるのだとしか考えることが出来なかった。
彼女はどうだろう。私を彼女だと考えてくれているんだろうか。そう考えてくれないと困る。嫌だ。
そんなことを考えている私は随分自分に執着している。
彼女に何と話しかけよう。おんなじ顔ですね、なんて言うのは馬鹿馬鹿しい。なんて言おう、どんな顔で言おう。
必死で考え込んでいた、その時、彼女はにっこりと笑った。
「いらっしゃいませ」
いえ、客ではないの。ただあなたと話したいの。あなたを見ていたいの。ただ、それだけ。
そう言おうとして、言えなくて、私は随分まごついていた。すると彼女は表情を変え、酷薄そうに笑った。笑って言ったそれは、
「気持ち悪い」
彼女はすぐさま背中を向けて中に入っていった。ゆっくりとドアは閉じようとする。
私は呆然とそこにつっ立って、彼女の発した『キモチワルイ』を反芻していた。
ああ、あなたは私とは違うのですね。私はあなたと一体になりたかったというのに。
《了》
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