第35話 マルタ祭、閉幕

「『軍隊式格闘術システマ』!?」


 巨像の動きを見た瞬間にそれと分かった。間違いない。拳に全体重を乗せて振り下ろすような、呼吸と体重移動で『重さ』を作り出す、あの独特の動き。間違いない、僕が軍隊で叩き込まれた格闘術そのものだ。基礎中の基礎に当たる動きではあるが、それを、アンナ嬢は体重の数千倍に匹敵するであろう雪の塊でやってのけた。


『あらん? 来たんスかお姉ちゃん……』


 しかし、崩れた。一撃を打ち込んだ雪の腕の方が、威力に耐え切れず自壊してしまったのだ。飛び散る雪塊を浴びながら、師匠がハーニャさんの口調をマネて声を上げる。


『私のこと殺そうとしたくせに! このオモラシビッチぃ!!』

「ハーニャはそんなこと言わない」

「言わないな……」


 ダーシャと二人で頷く。雪像の上で、アンナ嬢も頷いたように見えた。

 突き出された城の腕を躱し、雪像は第二撃を打ち付ける。しかし、それも堅牢な城壁に当たると、雪の塊として地面に落ちてしまった。


「……チィ!」


 雪像は大きく屈み、砕けた腕を雪原に突き刺す。持ち上げた瞬間には腕は再生していた。雪像は翻って城ロボの鉄拳を回避し、今度は高々と蹴りを打ち上げる。展望室の兜を見事に叩いたが、これもまた雪の方が砕けてしまった。


「ダメだ……雪が脆すぎる! あれじゃリザの火と同じだ!」

「それよりマズイよ、あんな質量動かすなんて、無理してるに決まってる」


 戦車を停車させ、ダーシャがハッチから顔を出し、僕と一緒に戦況を眺める。


「六大魔女への大借金だ。このまま続けたら、アンナさんまで誰かに乗っ取られる」


 魔力を借りるという感覚は僕には分からないけれど、魔女には共通して分かる感覚なのだろう。ダーシャはこれまでで一番深刻な顔を浮かべて、重々しく言った。


 確かに、人型戦車に一打を加える程度で自分の力を上回り、借りるしかないのだとアンナ嬢は言っていた。あれほど大規模な魔法、どれほどの負債を負っているのか見当もつかない。


「あぁぁあぁぁあぁ――――ッッ!!」


 アンナ嬢の絶叫とともに、砕けた雪像の脚が再生する。

 その脚でまた蹴りつけ、また砕ける。

 効果がないことは、アンナ嬢なら悟っているだろう。

 けれど彼女が止まることはなかった。


「……どうする?」


 助けを求めるように、ダーシャが僕の袖を引いた。必死に頭を捻り、なんでもいいから言葉を絞り出す。


「あれが、蒸気機関だとすれば、中に入ってバルブを弄り回るか、あるいはボイラーを停止させれば動けなくなる」

「中に入れればだけどね……今行けばあの巨大大決戦に巻き込まれる」

「そういえば、君はさっき中にいたんじゃないのか?」

「仕方ないだろ! 乗りたかったんだ!」


 力強いダーシャの言い訳に、言葉を返すこともできない……


「……待てよ、『内部』?」


 閃いたけれど、いや、そんな間抜けなことが有り得るのか?


「まぁ、試すだけタダだけど……いや、手鏡がない」

「どうしたのトータ? 手鏡ならあるけど」

「……あるのか」

「ポケットに入りっぱなしだった」


 ダーシャがショートパンツのポケットから手鏡を取り出し、僕に差し出してくる。受け取って、僕は空を見上げた。


 リザとパンナトッティは相変わず飛び回っている。アンナ嬢と師匠の攻防をかいくぐって炎を城壁に当てつけていた。魔力を削ると言っていたが、あれがそうしているのかは僕には分からない。


 だけど、師匠はリザとパンナトッティ、アンナ嬢の三人に注視しているから、こちらはしばらく目を離しても大丈夫だろう。


「まさか、そんな間抜けなことは起こらないよな……」


 自分の閃きを疑いながら、手鏡に目を落とした。

『仲間』のメニューから『☆蒸気兵』とか、『☆☆☆鋼鉄の蒸気戦士』とか、『☆☆☆☆大型蒸気戦艦EX』とか……僕と、アンナ嬢と、ハーニャさんのガチャ乱回転によって有り余ったハズレカードを、重そうなやつだけ次々に選んでいく、百枚以上を選択してから、最後にそのアイコンに指先で触れた。



――『いっしょに遊ぶ』



「……まさか」


 その、まさかが起こった。


『え、なんスかこの感じ? なにが起こって…‥あ、ヤバイ! ヤバイッスよコレ! ぎゃぁぁぁ――――ッッ!!』


 城ロボの壁を突き破り、蒸気機械の腕やら砲身やらなんやらかんやらが、溢れんばかりに飛び出してくる。僕が最初に試しで黒ネコを呼び出したように、その全てが待機部屋に出現したのだろう。山のようなハズレカードが、城ロボを内部から圧迫して破裂させ、粉々に砕いていくのだった。


「ちゃんとデバックしとけぇぇ――――!!」


 僕の絶叫と共に、パンナトッティ城は内部から崩壊していった。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



「トータ! あの高さから落ちたら流石に……」


 盛大にツッコミを入れてしまった僕の一方、ダーシャが冷静に空を見上げる。


 崩れ落ちる城の頂点、展望室が空中に投げ出され、あわや真っ逆さまに落下という事態だったが……大丈夫だ。


 アンナ嬢の雪像が、展望室を抱きとめる。大切に胸の谷間に埋めて、そのままゆっくりと地面に屈んでいった。もし真っ逆さまに落ちても、師匠が預かってるんだから殺しはしないだろう。けれど……アンナ嬢が受け止めてくれて、本当に良かった。


「迎えに行こうか、ダーシャ。もう大丈夫だと思う」

「これでハーニャが帰ってきたらいいけど……」


 ダーシャは操縦席に戻りながら、深く溜息を吐いた。



 途中でリザとパンナトッティに合流し、僕たちは瓦礫を避けて、雪原に着地した展望室へ向かっていた。雪像は既に崩れ、展望室は雪の中に静かに埋まっている。遠目で見る限り、バトルモードなる形態で出現していた両眼は消えていて、見る限り中はカラッポだった。


「これって、クリアしたことになるんですかね?」

「まだじゃなぁ……ワシを倒すことが条件だから、今はカチューシャを倒すことに入れ替わっておる、健在なんじゃろな。集中していけ? ゲームが終われば終わったとわかるわ」


 リザの背中は飽きたのか、パンナトッティは主砲に腰掛け展望室を眺めていた。残り時間があとどれほどあるのか、今となっては確かめる術もない。これでダメなら、何をすれば倒したことになるのか問いかけると、「ひとつだけ確実な方法がある」という答えが返って来た。


「奴に近づいたら、なんでもいいから隙を作れ。その間にワシが決めてやる」

「隙か……」


 ハッチの横に座り、風を受けたまま頭を捻った。師匠に隙を作る方法……困ったことに、犠牲者の出る案が真っ先に浮かんでしまう。


「どうするんだよ……まだ近づくのは危ないから、こっちに合流したワケだけど」


 僕を風避けにしながら、リザが呟いた。魔力を使いすぎて疲れたから、例の暖房機能は消しているらしい。


「あるにはある。けど、出来れば避けたい……最悪の場合に備えて、このまま僕の近くにいてくれ」

「わかった……」


 リザの了承とともに最後の瓦礫を避けると、戦車は展望室の前まで到着した。僕とリザ、パンナトッティが立ち上がり、戦闘に備える。ダーシャは操縦席から、心配そうにこちらを見上げていた。


 しばらく、そのまま待った。

 静かで、何も起こらない。ハーニャさんの姿も、アンナ嬢の姿も見当たらない。

 吹く風が冷たく、僕の肌を刺した。


「……後ろだ!」


 リザが真っ先に振り返る。途端に音を立てて背後の瓦礫がせり上がり、雪の中からドス黒い触手が出現した。触手はそのまま柱となり、中から二人分の顔をぬるりと吐き出す。一人はアンナ嬢、失神しているのか目を閉じ、口を半開きにしたまま眉一つ動かしていない。もう一つはハーニャさん、口を左右に裂くように笑い、触手からぬるりと全身を出して、雪の上に裸足で立った。寒そうなので、さっさと例の水着の上に何か着て欲しい。


「キャハハハハ!! どーもサンキューッス、いやぁ、なんスかあの城? せっかく六大魔女の力を貰ったっていうのに、それで動かすだけで精一杯じゃないッスか! その上あんな壊れ方するし! バカッスか! バカが作ったんスか!」

「バカバカ言う方がバカなんじゃバ~カ」


 パンナトッティが立ち上がり、師匠に向かって舌を出した。その仕草と同時に、さり気なく僕を振り返り、パチっとウィンクしてくれる。


「どうする、トータ?」

「待機だ。来てくれ、リザ……」

「お、おう?」


 操縦席のダーシャに告げて、僕はリザの手を引いて前へ出る。戦車の後方、師匠を見下ろす位置に着くと、肩ごしにパンナトッティを振り返り、再度師匠に向き直る。


「唐突ですが……」

「なんスか?」

「なんだよ……きゃッ!」


 僕はリザの手をギュっと握り、逆の手で腰を抱いて、恋人の如く肩を寄せた。


「僕はこの子と結婚します」


「……は?」「……え?」「……わお」「……ほう」


 全員が呆気にとられた声が聞こえ、師匠の表情がピタリと凍る。ポカンと口を開けた瞬間、ダメ押しで僕はリザを抱き寄せ、顔を近づけた。


「ちょ、ちょっと待って! 聞いてな……」

「ぎゃぁぁっぁぁ――――ッッ!!」


 唇が触れる直前、師匠が絶叫を上げたその瞬間、師匠の背後でアンナ嬢が動く。


「こっちだぁぁぁッッ!!」


 アンナ嬢は絶叫と共に触手からデリンジャーを握った右手を突き出し、迷うことなく引き金を引いた。


「……なッ!」


 パァンと、玩具のような銃声が上がった。

 空に向けて放たれた銃弾は、師匠を驚かせる程度にしか効果しない。

 けれど、それで十分だった。


「……隙ありじゃ」


 パンナトッティが飛び出して全裸に近い胸元へ飛びついた。そのまま首にしがみつき、ぐっと顔を近づける。


 そしてパンナトッティと師匠の唇が重なり、リザの平手が僕の頬を打った。


 鋭い残響と共に、瓦礫から砲弾が打ち上がる。砲弾は曇天へ届かんとばかりに打ち上がり、雪原の上に巨大な花火を咲かせた。

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