第33話 悲鳴

 感覚共感は途切れてしまったので、裏技だ。


 精神を集中して師匠の事を考える。糸を手繰り寄せるように、心の中で師匠へ近づいていく。今日、最初に師匠が現れた時、師匠が既に僕の存在を知っていたように、魔女の主従関係には、互いの存在を感じ取る能力が備わっている。強制的な感覚共感とは違う、魔法というより、魔術に近いと師匠は教えてくれた。テレパシーと言ったほうが僕にはわかりやすい。


 精神を集中する必要はあるけれど。これなら、感覚共感では知覚不能な思念を感じ取ることが可能だ。ひとまずはあの城を操っている本人の話を聞いてみよう。


 師匠……師匠……師匠を思い浮かべる。


 師匠は本来、顔にソバカスがあり、垢抜けない顔立ちをしている。笑い方が気色悪い。口を左右に裂いて、悪魔のように笑うクセがある。けれど、時々驚く程純粋な、女の子の笑顔を見せてくれることもある。そういう顔は素直に可愛い。


 背はリザより少し高く、ハーニャさんより小さい。髪は長い金髪。アンナ嬢のようにストレートに下ろしたり、ツーテールに括ったりと、その日の気分で髪型を変えていた。身体は細身、発育はあまりよろしくない。胸が小さいことを気にしているけど、それはそれでまた魅力的だと僕は思う。下着は黒を好み、レースやリボンのついたエレガントなデザインか、あるいは紐と変わらないような過激なばかりを持っている。たまに洗濯物をしていて驚くことがあった。そう言えば、アンナ嬢とどことなくセンスが似ている気が……いや、アンナ嬢の方が激しいか。


 しかして、師匠の田舎娘的な顔立ちと刺激的な下着はギャップがあり、それが意外にも危うい色気を……いかん、雑念が混ざってきた。


『ドチクショウあのロリババアぶっころぉぉぉッス!! なんスかこの扱いは!』 


 雑念で繋がるんですか、アンタの思念は。


『……お? トータ? トータッスか! よっしゃぁトータきたぁ――――ぁぁ!! 流石ウチの相棒!! ギリギリのタイミングッス! 助けて下さぁぁい!!』


 助けてって……師匠が操ってるんじゃないんですか? その城。


『ンな分けないでしょ勝手に動いてるンすよ! せっかく気を使って遊びに来てやったのにとんだ仕打ちッス!! あっ……ちょ、ダメそこは……やぁン!』


 ……ッ!! どんな状況なのか詳しく説明してください! 事細かく!


『触手ッスぅぅ!! 両手両足が触手に捕まってて動けないッス! ほんでまだまだすごい体に巻きついてきて……んッ! ぁッ、ぁぁ、あッ! きゃンッ!』


 待ってください、今ハーニャさんの体ですよね!?

 えっと……映像とか送れます?!


『欲情してる場合じゃないッスよ! ギリッギリのピンチッス! ん、あぁぁんぅ、はぁぁ……ぁッ! ぁッ! やぁ、あッ! やぁぁぁッッ! はい、っちゃ……ダメぇ……ぁあ、ぁッ! そんな、強くしちゃ……こわれちゃう……ぁ、ぁぁッ! はぁぁぁッッ!』


 アンタ他人の体でなにやってんですか!?


『好きでやってる、わけ、じゃ……んぁッ! や、ぁッ……ふか、ぃぃ……ぁぁん! はいって、くるぅ……ぃッ! ぁぁッ……あぁッ! 熱いのが、すごいのがぁぁ……ウチの、ナカに……ぁぁッ! あッ、んッ……はぁンッ!』


 師匠、少し声を我慢してください……全年齢対象版です。


『んぅッ! ん、んっぅ……ぅッ! ぁぁぁ、んッ! んふッ、ふ、ぅぅ……あッ! だ、めぇ……声、でちゃう……あッ! ん、んふぅぅ……っく、ふぁッ、ぁぁぁ……ふきゅッ! ぅ、ぁぁぁ……んぅッ! んぅ、んぅぅ! ふぅぅぅッ!!』


 ……ダメだ、色々な意味で、ダメだ。


『ぁんぅ……トータぁ、見捨てないで下さいッス……ぅぁあぁぁッッ! あぁぁッ! ぁッ! はぁぁッ! く、くりゅぅぅ……しゅごぃぃッ! ま、まだ入ってきてぇ……んきゅぁぁッ!! ぁぁッ! あ、あ、あぁぁッ!! らめぇぇ…‥ぁぁ、あッ! やぁぁッ! も、もぉ入んないぃ! 入んないかりゃぁぁッッ!!』


 あの、一応確認しときますけど、物理的にはドコに何も入ってないですよね?

 魔力的な力が入ってくるっていうコトですよね? そうだと言ってください。


『そぉ、だけど……ひきゅぁぁッッ! あッ…………ああぁッ!! やば、これぇ……げ、げん、かい……ぃぁぁぁ――ッッ! しゅごい! しゅごいぃぃッッ!! あぁぁぁッッ!! はぁぁっぅぅッ! く、くりゅぅ、キちゃう……あぁッ! ぁッッ!あぁ、ぁぁぁ、あッ! ぁぁぁ……はぁぁぁぁ――――ッッ!!』


 本当に大丈夫だろうか……ああ、大丈夫だろうか。


『はぁ、はぁ、はぁ……だい、じょおぶ……ッスけど……んッ! ぁッ……ふぁぁ……はふぅぅ……んッ! ぁぁ……ぁッ! はぁぅぅ……アレ? なんスかコレ?』


 どうしました?


『ぅぉ……なんか、スゴイ……スゴイパワーを感じるッス! うぉぉ! やべぇぇ! これマジっすか! マジのパンナトッティの力じゃないんすかコレ!! え、うそ? ホントに? ホントにこれウチが貰っていいカンジなんスか?』


 テンション上げてないで説明してください!


『やべぇぇぇ!! かつてない力を感じるッス!! マジで六大魔女に勝てるかも! すごい! これがホントにウチッスか? 夢じゃないッスよね! よっしゃぁーッ! 来たッスよトータ! ウチらの時代が!! やーってやるッスぅ! とりま一番近くにいるロリババぁッ! テメぇからギッタンギッタンにしてやんよぉ! 積年の妬みとくと受け取るッス! キャハハハハ!! キャハハハハハッ!』


 師匠が我を見失ったところで、僕は目を開いた。


 だめだ、手に負えない……何一つ情報を得られない。取り敢えず、ハイテンション状態の師匠が、今から城を操るということだけは分かった。


「……あぁ、まずい」


 突然、地面が揺らいだ。見上げる彼方でパンナトッティ城に異変が起こる。キャタピラに乗った城の部分が轟音とともに浮き上がり、さらに中層が伸び上がって細くくびれる。左右の壁からは塔のような腕が飛び出し、空へ伸び上がってガッツポーズを決めた。そして城の頂上たる展望室がぐっと飛び出し、背中から兜のような装甲が飛び出てドッキングした。ガラス張りの展望室の壁に、二つの目のようなものが現れ、師匠の声が雪原に響く。


『刮目するッスぅ! パァンナトッティ城改め! スーパー・カチューシャ城!! バトルモォォォドォォ――――ッッ!!』


 周辺の山々に雪崩を起こしながら、巨大な人型蒸気戦車が二本足で立ち上がった。

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