第32話 決戦! S・パンナトッティ城!
救出作戦の希望たるアンナ嬢は、雪に埋まってもまだぐずっていた。
頭でも撫でてあげたいところだけど、あいにくと両手両足が動かない。柔らかな雪はクッションでありながら、それに包まれれば窒息する。落ちた時に空いた穴は、城が跳ね除けた雪で既に埋められていた。光もない闇の中で、アンナ嬢が震える手で僕の服を掴み、肩に熱い涙を擦り付けてくる。
「いい加減に立ち直ってくださいアンナ嬢、子供じゃないんですから」
「子供だもん……」
僕や自分の身に危険が及べば、そのショックでどうにかなると思ったけど、これはどうにもなりそうにないな……彼女が復活しないことには全員の命が危うい。いっそ、外はパンナトッティに任せて僕は内部に残るべきだったか。今となっては後悔しても遅いけど。
「……っと」
不意に、全身が暖かくなった。極度の冷気は熱くも感じるけれど、それとは違う。温泉のような心地よいぬくもりだった。訳も分からずじっとしていると、徐々に呼吸が楽になり、雪の圧迫感が薄まるのを感じた。不意に視界が開けて手足が自由になる。
気づけば僕は、アンナ嬢を横抱きにしたまま、高い雪壁の前に呆然と立ち尽くしていた。
「無事か、二人共!」
振り返ると、そこには炎を纏ったリザが居た。ホルターネックの黒いドレスのまま、渦巻く臙脂色の炎の中で、不機嫌そうに眉を寄せている。
「どうすんだよ、コレ……」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「アンナは、大丈夫なのか?」
僕らを雪の中から救出してくれたリザが、巨影を遠く睨みながら口を開いた。
アンナ嬢は未だシーツにくるまったまま、
「大丈夫だと思うけど……今は戦力に数えられない」
「国がどうとかは興味ないけど、なんとかしてハーニャは助けてやりたいな。まだ乗っ取られてアレの中にいるんだろ? もうかなり離された……どうする?」
城の通った後には、自然と道が出来ていた。轍は家ほどの深さがある。具合のいい風避けになる上、足元の雪も踏み固められて踏ん張りが効いた。なにより、城がどこへ行ったのか一目瞭然だ。豪快な駆動音を頼りに見上げると、まだスチーム・パンナトッティ城は巨大な背中を僕たちに見せていた。
「どうにもなりそうにないな……リザ、例えば、この火でアレを焼けるか? 『なんでも燃やせる』魔女の火なんだろ?」
「『燃やしたいものを燃やせる』魔女の火だ。正直、オレも使い方が分からん」
彼女の周囲には、まだ薄い炎が鎧のように巻き付いている。側にいると暖かい。これほど暖かいと、足場の雪も溶けるかと思ったが、しかしてそちらに影響はないようだった。
便利さに感心しながらも、リザが師匠と対峙した時のことを思い出す。
この炎は、師匠すら『ガチの方』と恐れた力だ。精神的に追い詰められ、極限状態で出た火事場の馬鹿力かもしれないが、魔法の制約があった城の中でも使え、師匠を退けたことを思うに、格上の魔法にすらも対抗できるのだろう。うまく使えば、最後の希望になるか……
「そういえば、ダーシャとパンナトッティは?」
「知らん、ダーシャは助けたあとに一人でアレを追っていった」
「大丈夫か……ダーシャ」
高らかに雄叫びを上げ、目を輝かせて駆けるダーシャの姿が瞼に浮かぶ。元気でやっていればいいな。
「パンナトッティ……なのか知らないけど、あのチビは見てない」
「ワシを呼んだかの?」
不意に背後で声がしたかと思うと、リザの背中に何かが飛びかかった。無邪気な子供のような仕草と体躯、黒いトンガリ帽子に黒いドレスの、これまた寒そうな姿をしたパンナトッティだ。
「ふぅぅ、死にかけたぞ! いやぁ、ぬくといのう小娘……」
「ぶぁッ! 冷たい! 触るな降りろ!」
「い~や~じゃ~ッ!!」
リザが身を翻し、背中に絡みつくパンナトッティを振り落とそうと躍起になる。しかしてパンナトッティも負けじと両腕を首に巻きつけ、両足もガッシリとリザの腹に絡ませてリュックの如くしがみつき続けた。
「あふぅ、あったまる……魔力がないというのは不便なもんじゃな」
「それは本当なんですか?」
「本当じゃ!」
疑いの眼差しを向けるが、曇りのない眼とウィンクが返ってきた。
「祭りの時期は全ての力を祭りに注ぎ込むでな。あの城がワシの魔力の塊じゃ。今は窓を開けるのでいっぱいっぱい……いやぁ、困ったのう」
「なんでその大事な城を明け渡したんですか……」
「ワシのせいじゃないもん、奪われたんじゃもん」
パンナトッティが得意げに、リザの背中でふんぞり返る。ついでにクスクスと笑みを浮かべた。
「あぁ、ゾクゾクするのう……ワクワクするのう、力を奪われた上に、使えるのは超絶雑魚の小娘小僧が幾人ばかり……あぁ、ワシどうなっちゃうんじゃろ、これじゃ! 遊びはこうでなくてはいかん! 消化試合のデキレースなんぞまっぴらごめんじゃ!」
「トータ、このチビが何言ってるかわかるか?」
「古い言葉だリザ。現代訳では、『全て私がやりました』」
「違うと言っとるじゃろ?」
パンナトッティは高い位置から僕らを見下ろし、またニヤリと悪戯な笑みを見せる。
「ほれほれ、急がんで良いのか? 時間制限は生きとるからのう……あの城の中にある砂時計が全て落ちれば、お前はワシの……いや、奴のお人形となってしまうぞぉ? その上お前らは買った魔女コインの分だけの借金もある……ああ、かわいそうになぁ……ぷぎゅッ!」
手を振り上げたリザと一緒に、僕もパンナトッティのほっぺたを抓った。
「あなたが作った魔法でしょう。帳消しにしてください」
「あんまりふざけてると燃やすぞ!」
「ひぎゅぅッ! む、ムリじゃぁぁ……祭りのルールは作った時点で完結しておる! 後から手を加えることなぞできんわ! 今のワシにはその力もないしな! キャハハハハ!! そぉれ知恵を絞れ! 根性みせろ! ここが時代の分かれ目じゃ! キャハハハハ!! あ、ごめんなさいホントに痛いです」
「とんでもない奴が権力持ってるなこの国は……」
この分だと本当に……いや、今はやめておこう。
「仕方ない。取り敢えず、リザは先に追いかけてくれ。僕は精神統一でもする」
「なに武人みたいなこと言ってんだよ……大丈夫か?」
「気は確かだよ」
僕はその場に胡座を組み、リザを見上げた。その背中のパンナトッティは、何かを察したように笑う。
「どうせ作戦もない……パンナトッティも、協力して下さるんですよね?」
「もちろんじゃ! これはワシの遊びでもあるからの! むしろお前らがワシに協力せい!」
「クソむかつくガキだな……」
「お? そんなこと言っていいんか? せっかく特別指南してやろうと思ったのに」
「なんだよ……」
心の底からめんどくさそうなリザに頬を寄せ、パンナトッティはクツクツと悪戯げに微笑んで返した。
「お前、『魔女の火』を持っとるのう……えぇい、ヤボなことは訊くな、ワシはあの城で起きたことは全て把握しておる。お前の火は原初に近い『ガチ』の奴じゃが、まだ火花程度にも使えとらん。特別の特別の特別サービスじゃ、ワシが使い方を教えてやろう……ほれ、走れ! ハイヨー!」
「……ッチ!」
半信半疑な顔を浮かべつつ、リザはパンナトッティのお尻に両手を添えた。しっかりと背負うと僕を一瞥し、アンナ嬢にも視線を配る。
「早く来いよ! 取り敢えずあの蒸気バカと合流しとく!」
「よろしく頼む」
リザはパンナトッティを背負い、巨大な城へ向けて走り出した。僕はその背中を見送り、まだ動かないアンナ嬢を振り返り、息を整えて目を閉じる。心の中で、師匠のことを呼んだ。
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