第22話 ダーシャ②
「弱ったな……」
取りあえず、ダーシャのスキルによって体力が全快した僕は、再び一人で戦闘部屋に入って、体力が無くなるまで戦闘を続けた。そして叩き落とされたベッドの上で頭を抱える。
なんとか五階の『2』はクリアしたものの、『3』に挑んだ瞬間、いきなり四体の
僕の体力をダーシャのスキルで回復し続け、消耗戦ながら殴り続ければ押し勝てないかと思ったけど、回復方法が問題だ。倫理的にも危うい上、戦闘中にいちいちキスしてたら危ない。
「どれ、出番か……」
「待て」
ベッドに寝転ぶ僕にダーシャが圧し掛ってくる。今度は強く肩を押さえて止めた。
「少し、休みたいんだけど……」
「そうかい? まぁ、時間の経過でも体力とやらは回復するそうだし、君は働き詰めだったからね。まだ時間にも余裕があるし、それもいいだろう」
ダーシャは部屋奥の砂時計に視線を配り、四足のままベッドの上を這う。僕の枕元までくると、頭の下へ強引にふとももをねじ込んだ。ムチムチした生脚の感触が後頭部を包み込み、心地よい。
「なんか、サービス良すぎない?」
「色仕掛けだよ。媚びを売ってるのさ」
ダーシャは僕に膝枕をしたまま、自嘲するように笑った。
「……媚び?」
「なんだ、完全に無自覚なのか」
僕が眉を寄せると、ダーシャは呆れたように溜め息を吐いた。
「……図らずして今は密室状況。逃げ場はなく、ボクらは魔法も使えない。その中での、君だ。わからないかな? 『北壁帰り』の、どうみてもルーシェ人じゃない、力の強い『男』である、君なんだよ」
ダーシャに言われて、頭を捻った。間抜けにも、しばらく時間をかけて結論に至り、思わず息む。
「……そうか」
僕は、この場における僕という記号に初めて気がついた。いや、初めて正しく認識したという言い回しが正しいだろう。身を起こし、ダーシャから逃げるように距離を取って床に座り込み、奥歯を噛み締める。
ゲームばかりに気を取られて、致命的に配慮が欠けていた。
「今、君があらぬ事を考えれば、君は暴力によってボクら四人を好き放題にすることが出来るだろう。ただでさえ男というだけでも怖いのに、君は北壁帰りの軍人だ。いくら四対一とはいえ、単純な腕力で君に勝てるとは思わない。今は冷静でいてくれてはいるけど、これから時間が経過して、いよいよ追い詰められたらどうなるか分からない。これはだから、そういった事態を未然に防ぐための予防策だよ」
ダーシャはベッドに後ろ手を突き、見せつけるように肉付きのいい脚を組む。
僕という存在を客観的に見れば、ダーシャの言う事は正しい。既に話したように、北壁の兵士はその屈強さで有名だが、それ以上に素行の悪さでも知られている。北壁帰りが酒場に入れば、店の女は全員襲われ、男は酒瓶で額を割られ、翌朝には店は跡形もないと揶揄されるほどの悪名だ。
そんな物騒な肩書きの僕と一緒に、逃げることも隠れることも出来ない、檻のような環境のこのゲームだ。女の子にとっては恐怖でしかないだろう。鶏小屋に狼がいるようなものだ。
今まで僕は、僕より屈強な師匠や兵士の中にしかいなかったから、自分自身が強いという認識すら無かった。けれど確かに、今、この状況に限定すれば、僕は彼女らにとって絶対に逆らえない野獣なのだ。
自分自身の能天気さに呆れながら、ズボンの上から右足首に触れる。
パンナトッティの目を逃れたデリンジャーは、確かにそこにあった。
その銃身の硬さを認識すると同時に、ダーシャの言葉が、現実味を持って僕の肉を蹂躙する。もしも今、僕が精神的に追い詰められて我を見失ったら、すぐ側に、彼女らのような魅力的な女の子が近くにいたら、そうなる可能性が無いと言い切ることが、僕自身にも出来ない。
「一応、君の言う『あらぬこと』に及ぶつもりはないけれど……信じてくれと言っても無駄か」
「無駄というか、無意味だね。君にそうすることが出来るという事実が存在する時点で、ボクはボクの保身のために必ず行動に出る。君に気に入られて、暴力を振るわれないよう最善を尽くすのさ」
「お色気ざたには興味がないといってたクセに……」
「それでも、自分の体に価値が有ることは知ってる。腐っても魔女なんだよ」
ダーシャは自分の胸のふくらみに手を当てる。あるいは、下着がキツいと言っていたのも嘘で、本当は僕に色仕掛けをして気を引く算段だったのか。
「物見遊山でついてきたボクは、ボク自身が無事に帰ることだけが目的だよ」
「言ってることが矛盾してるぞ……僕に襲われたら君は無事に帰れない」
「貞操を失うくらいボクにとっては損失に入らない。蒸気機関の研究には支障がないからね。先に伝えておくよ。もし君が『そういう欲望』に駆られて仕方なくなったら、まずはボクを襲ってくれ。ボクは可能な限り君の欲望に献身しよう。他の子をムリヤリ襲うよりは、よっぽど気持ちよくしてやるよ。ただし、ボク以外の子に手を出したら許さない。得られるはずだった快楽を捨てると思え」
ダーシャの脚は、小刻みに震えていた。
彼女は強い言葉を使っている。強気な行動に出ることが出来ている。けれど、やっぱりそれは強がりなのだろう。どうにかして彼女には安心して貰いたいけど、僕が男である限りは不可能だ。
「今年の祭りは、どこかおかしい」
沈黙を切るように、ダーシャが言葉を続けた。
「例年の『マルタ祭』はね、ボクらが魔法を忘れないためのお祭りだったんだ。蒸気機関の導入で、近年じゃ魔法を使う機会がどんどん無くなってきている。『みんなで集まって、面白おかしく』魔法の力を忘れないでいよう、って感じの……マルタ祭は、本来そういうお祭りなんだよ」
ダーシャは眼鏡の奥から僕を見つめて、「でも今年は違う」と付け加える。
「例年では必ず、子供でも知恵と勇気を振り絞れば活躍できるような内容になっていた。それにして、なんだ今年は……君が一人で頑張ってる内に、ミニパンナに色々質問して分析してみたんだけど、どう考えても、このゲームの仕組みは、お金を使わなければ制限時間に間に合わない作りになっている。ダイアルの扉にも勝手に入ってみたがね、君が『作業』と言ったのも納得できた。パンナトッティが好きなはずの、『知恵と勇気を振り絞って悪い魔女を倒す要素』がどこにもない。コレはおかしい。ボクが思うに、裏事情があるよ、今年は……」
ダーシャは僕へ向けて、にわかに微笑む。まるで、自分は賢いだろうと僕に誇り、訴えかけるような笑みに見えた。
「……ダーシャ、君はいい奴だな」
「おや? いますぐお相手しようか?」
「そうやって自分に興味を向けさせて、我が身を犠牲に他の皆を守ろうとしてる」
「そう見えるかな……」
僕は身を起こし、立ち上がってダーシャに背を向けた。彼女を置き去りに、テーブルに置いていた手鏡とカード束を取って、下の階へ向かう。
「マズいな……」
一人で階段を下りながら、頭を抱えた。
右足に仕込んだデリンジャーの存在感が、やけに重く、大きく感じる。こんなものを、こんな状況で僕が持っていたら、リザもアンナ嬢もハーニャさんもダーシャも、不安でたまらないだろう。僕自身も、不安でたまらない。ダーシャの言う事態が、避けられない気がした。
まだ起こってもいないことに怯え、自分自身の精神力や自制心を信用出来ない自分の矮小さが憎らしい。全く、たった小型拳銃一丁、四人の人間でこれだ。軍を統べ、国民を収める王たちの図太さに思いを馳せる。
さて……だけれど、しかして、そんなこととは全く関係なく、僕という記号を正しく認識した僕には、早急に確かめるべきことが出来た。どうせなら、出来るだけ早い方が良いだろう。
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