三章 魔女の国の若き魔女

第21話 ダーシャ①

 ハーニャさんに頼るべき展開は、すぐに訪れた。


 五階の『2』の戦闘から急に苦戦するようになったのだ。相手は野生の狼から魔力を帯びた妖狼へと強化され、森の精の妻レシャチーハ風呂の魔バーンニクといったルーシェでは昔ながらの妖魔も混ざり始める。蒸気機械系は大型の蒸気戦車やら、ライフルを使用する人型ロボットまでご登場だ。技術レベル的に存在しないはずの機体だが、魔法ならなんでも有りか。


「どわッ……ぶはぁッ!」


 最初のアンナ嬢よろしく、とうとう体力をゼロまで削られた僕は、天井からベッドの上に叩き落とされた。蒸気戦車に殴られたと思った瞬間、床が抜けて気づけばこの有様だ。


「だいじょうぶ?」

「大丈夫ですが……え?」


 ベッドにしては柔らか過ぎる感触が全身を包んでいる。


 慌てて身を起こせば、僕の体の下にはハーニャさんが真っ赤な顔で横たわっていた。ダーニャの上に落ちたアンナ嬢のように、僕もベッドでくつろいでいたハーニャさんの上に落ちてしまったらしい。


「あの、す、すみませ……」


 目と鼻先にある美顔に、吸い込まれそうになる。エメラルドのような瞳、ふわりとしたなだらかな目元、筋の通った控えめな鼻、桃色の薄い唇、開いた胸元から覗く素肌は、真珠のように白く透き通っている。


 これほど綺麗な人が存在していいのかと、我が目を疑うほどだった。


「あの……もし疲れてるなら、休んで欲しいけど、ちょっと恥ずかしいかな」

「いえ、すみません!」


 飛び起きてハーニャさんから体を引き剥がし、体の具合を確かめてみる。戦闘部屋では強い痛みも感じたが、今かは痛みもない。疲労は少し感じるけど、まだ休むほどでもなかった。


「私が代わるよ。えっと、キャンディを食べれば、あの部屋に入っても大丈夫なんだ

よね?」

「いえ、少し待ってください」


 カードを取り出したハーニャさんの手を取り、やんわりと制止する。


 部屋で入手したカードは、自動的にテーブルの上へ移動するらしい。ここまで最小限の戦闘で登って来たから数こそなかったけど、Pキャンディのカードや、覚醒のための素材となる装備カードもある程度集まっていた。


 定石通りであれば、本来は真っ先に高レアであるハーニャさんのレベルを上げ、彼女を中心に戦闘を組み立てるべきではある。たまたま僕がゲームに詳かったために、独断で先行してしまったけど、そろそろ定石に戻すべき状況だとは認識していた。


 レベル差を武器にパワーとタフネスで乗り切ってきたものの、この階から出現した敵は物理攻撃が通りにくいらしい。ハーニャさんのステータスを見る限り、おそらくそれにも対応できるだろう。


 けれどやはり、ハーニャさんにはどことなく不安があった。

 アンナ嬢の言葉もそうだけど、この人にはどこか危うげな気配がある。

 可能な限りこの人には何もしないで欲しい。何もさせてはいけないと、誰かに訴えかけられている気がした。


「ダーシャを呼んで来てくれますか? 彼女に手伝ってもらおうと思います」

「私じゃ、ダメなの?」


 泣き出しそうなハーニャさんに、頷いて答えると、彼女は無言で了承して立ち上がり、階段を下りて行った。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



「ひょっとして軍人くん、ボクのこと好きなのかい?」

「いや、そういうワケじゃないけど……」

「そうかい? あんなに情熱的に抱きしめて、戦車から守ってくれてたじゃないか。こうして一人だけ呼び出されるなんて、少し期待したんだが……」


 僕とダーシャは五階のソファーで向かい合わせに座っていた。他の皆は一階にいるらしい。全財産を失って無気力状態が続くアンナ嬢を慰めているのだそうだ。


 ダーシャはPキャンディをゆっくり口へ運びながら、僕に悪戯げな笑みを見せた。


「リザが地団駄を踏んでいたぞ? いつまで着せ替え人形になってればいいんだ、 ってね……」

「楽しそうで何より」

「やれることもないんでね」


 今、あるだけのキャンディを全てダーシャに食べてもらうと、彼女のレベル表記はちょうど『20/20』にまで到達した。『覚醒』のための素材も集まっているようなので、ついでに『覚醒』してもらう。


「……おろ?」


 ポォン、と煙幕が上がったが、ダーシャの服装に変化は現れなかった。


「……ふむ、どうやら『覚醒』とやらをすると、強くなる代わりに服が脱げるようだが、先に脱いでいてしまっては変わりようがないようだ」


 ダーシャは自分の格好を見下ろし、淡々と分析する。

 彼女は最初にブラを脱いだ時のまま、シャツ一枚にハーフパンツといった服装だった。おそらくはジャケットが脱げた僕と同じく、彼女も第一覚醒で現在の格好になるはずだったのだろう。先んじて彼女が自ら脱いでいたがために変化が起きないのだ。


「それで? ボクはこれからどうすればいいのかな?」

「ああ、僕と一緒に戦闘に入ってもらう。君は回復スキルが使えるみたいだから、僕の体力を見てそれを使って欲しい」

「体力っていうのは、見てくれが疲れているかというより、パンナトッティの用意した数字のことだな?」

「話が早いな」

「待ってる間、僕なりに今回のゲームを分析してみた。手鏡も一階に置きっ放しだったからね……どれ」


 ダーシャはショートパンツのポケットから手鏡を取り出し、手馴れた様子で操作して見せる。手早く僕のステータス画面を呼び出し、体力が『0』になっているのを確認すると、おもむろに立ち上がって僕の隣へ席を移した。


「では、さっそく回復とやらを試してみるか」


 ダーシャはガッシリと僕の首へ腕を巻きつけ、そのまま顔を近づけてくる。


「ちょっと待て、多分君の思ってる回復方法とは別の方法があるように思う」

「そんなこと言ってもやり方がわからん。ボクはこの方法しか知らない」

「なんか普段魔法を使うときの感じで出来ないの?」

「人の怪我を治す魔法なんて僕はこれしか知らない」


 ダーシャは意外と強い力でグイグイと首を引き寄せてくる。


「どうした軍人くん、嫌なのか?」

「嫌じゃない! むしろ嬉しい! けど……節度ってもんがある!」

「気にするな。一回も十回も似たようなもんだろ」

「君はもっと自分を大事にしない?」


 ハーニャさんを使わない代わりに、回復特化キャラらしいダーシャのレベルを上げ、僕の体力が減ったら小まめに回復してもらうという計画だった。本当に回復方法がコレだとすれば、十回や二十回では済まないだろう。新婚夫婦の如くダーシャとキスしまくることになる。


「嫌ではないけど……決して嫌ではないけど!」

「強情だな……観念したまえ」


 ダーシャはさらに体を密着させ、唇を近づけてくる。僕の胸板にダーシャの胸が重なり、柔らかいふくらみがふわりと潰れる感触がした。


 ……そういえばノーブラだったな!


「……隙あり」


 邪な感情に気を取られた瞬間、ダーシャに唇を奪われてしまう。

 不幸にも、それが正しい回復スキルの発動方法だったらしい。

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