第20話 考えるな、遊べ!

 ダイアルを『1』に合わせて扉を開くと、そこは晴天の街道だった。

 足元はレンガ、ガス街灯が規則正しく並び、背の高いアパートが軒を連ねている。


 通行人はいない。その代わりに狼が2匹、人サイズの小さな蒸気戦車が一輌、正面に立ちはだかっていた。


 僕が棒立ちしていると、狼の一匹が飛びかかってくる。


「……よッ!」


 その額に目掛けて手刀を振り下ろすと、狼は『ポォン!』と例の音を上げて霧散してしまった。入れ替わりにカードが一枚出てくる。狼のイラストで、『☆毛皮』と書いてあった。


「本当にゲームだな」


 続くもう一匹も飛びかかってくるが、こちらも肘打ちを打ち込むと霧散してしまう。今度はカードは出てこないようだ。ついでに最後の一体、突進してくるミニ蒸気戦車へ平手を打ち込む。流石にこれはどうかと思ったけれど、ほとんど触れた感触もなく霧散してしまった。


「流石に、『1-1』で『レベル38』は想定外か」


 この手の類のゲームは、日本にいたとき嗜んでいた。お金がない子供だったから、お金を使わずに効率的に戦闘し、レベルアップの素材を集める方法をかなり研究したのだ。序盤で育成を一人に集中し、雑魚を倒しまくるのはその常套手段。この分なら、しばらく僕一人で戦っていけるだろう。


 第二波、狼三匹が物陰から飛び出し、襲いかかってくる。あえてその爪を掠らせてみたが、痛みは感じず、肌に傷もつかなかった。ここまで来ると、まるでギャグだ。


「異世界無双ってこんな感じなのかな」


 五年前、飛行船で師匠と話したことを思い出す。これが現実だったらどんなに素敵なことか。北壁で四年もこき使われることもなかっただろう。


 手を払っただけで三匹の狼は霧散してしまった。クラッカーが鳴り響き、女の子の声で「YOU! WIN!」と響き渡る。


「……これだけ?」



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 入ってきた扉から戻ると、部屋ではリザとハーニャさんが待ち構えていた。


「……あの、ホントに大丈夫?」

「オレたち何してたらいいんだよ?」


 ハーニャさんは心配そうな顔を浮かべつつも、ちゃっかりと後ろからリゼを抱きしめていた。「何してたらいいんだ」とのたまうリゼも、ちゃっかりと衣装替えしている。ロングスカートの黒いセーラー服で、中々に似合っていた。と思ってる内に、背後でアンナ嬢がカードを振り上げ、リザの衣装をポォンとチャイナ服に変えてしまう。


「……面白い」

「人で遊ぶな!」


 怒った次には姿見を振り返るあたり、リザはまんざらでもないらしい。


「大丈夫です、適当にくつろいでいて下さい。必要であれば、力を借ります」


 微笑ましい光景を目に焼き付け、僕はダイアルを『2』に合わせて、もう一度扉を潜った。場所は同じ街道、相変わらず狼とミニ蒸気戦車だ。さっきと変わらず、ほとんど触れただけで霧散し、二枚ほどカードを落としていく。また第二波が現れたが、これも触れるだけで霧散。今度は第三波まで現れたが、同じミニ蒸気戦車が二機。敵ですらなかった。軽くケリを打ち込んで霧散させると、クラッカーが鳴り響いて「You! Win!」と声が響き渡る。


 同じ要領で、僕はダイアルを『3』『4』『5』とクリアしていった。『4』の時にはもうリザは扉の前から消え、後ろでダーシャと衣装替え遊びに興じていた。その中、ハーニャさんだけが手持ち無沙汰に帰りを待っていてくれている。『5』から戻った時には、冗談っぽく「おかえりなさい」とまで声をかけてくれた。


「座っていてください。ほとんど作業なので」

「でも……私も何かしたほうが……」

「では、アンナ嬢を見習ってください」


 いつの間にかアンナ嬢はベッドに伏し、安らかな寝顔を見せていた。

 僕はハーニャさんに軽く会釈してダイアルを振り返る。『5』の隣に、それまでなかった『BOSS』という文字が刻まれていた。そこへ針を合わせてまた扉を開ける。


「……また狼か」


 今度はいきなり、少し大きめの狼が待ち構えていたが、額に拳を打ち込むと一撃で霧散してしまった。


「『仲間』のグラフィックに比べて、敵は手抜きだな……」


 クラッカーと勝利宣言を聞き届けてから、また部屋に戻る。すると、ポォンと音がして、薄い煙幕と共に、隣の壁にもう一つ扉が出現した。開いてみると、薄暗い階段が上に向かって続いている。


「上階にいけるようです。ミニパンナ、この部屋にはまた戻って来れる?」

「ご自由にどうぞー」


 ハーニャさんの肩のミニパンナに問いかけると、両手を挙げて答えてくれた。


「では、行ってきます。アンナ嬢が起きたら、追いかけてきてください」

「その、私も行ったほうが……」

「大丈夫です。元々僕は、一人の方が気楽なので」

「……そう」


 ハーニャさんは顔を暗くして頷いた。


「ごめんなさい、私、魔法が使えないと……役立たずで、使えても、役立たずなんだけど……」

「そんな馬鹿な」


 謙遜だと一蹴して、僕はハーニャさんに背を向け、階段に足をかけた。


 後から思えば、この時のこの言葉を、僕はもっと真剣に受けておくべきだったのかもしれない。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 階段を昇ると、そこにもラウンジが広がっていた。


 内装は少し変わったけど、ソファーとテーブルとベッド、部屋隅の扉を開けばお風呂やトイレもあるのを確認する。階段の隣にはまたダイアル付きの扉があって、『1』~『5』まで数字が刻まれていた。どうやら、このダイアル付きの部屋で戦闘を行いつつ、疲れたら適当に休んでいい、というシステムらしい。ダンジョンの謎解きやシナリオの選択肢とかないのか。


「本当に金を巻き上げるだけのゲームだな……」


 パンナトッティの用意したゲームについて述べただけで、某ジャンルのゲームについて全く関係ないことを断っておく。あれはあれで良いものだ。



 さて、割愛しよう。


 正確には何階なのか分からないけど、最初にいた部屋を基準として、二階の敵もほとんど触れるだけで勝ててしまった。ボスですらそうだ。三階も同じく、四階のボスは、ミニ蒸気戦車より一回り大きい中型蒸気戦車で、これには二発を要したが、僕の体力はまるで削られていない。まるで手応えを感じないまま、五階の『1』を終えたところで、急に扉を開くことが出来なくなった。


「BPがなくなりました! 回復するまでせんとーできませーん!」

「BP?」

「せんとーするほど減っていきます!」


 どこからかぴょこんと飛び出したミニパンナに告げられる。ポケットから手鏡を取り出して確認してみると、メインメニューの右上の方に『BP 0/50』という表記があった。ガチャばかりに気を取られて気がつかなかったようだ。


「時間が経てば回復します! ちなみにー……」

「魔女コインを使えば回復できるんだろ?」

「せいかーい」


 どこまでも金をむしり取る……


「どうするかな……貯金は使い果たしちゃったし」

「お金がいるの?」

「……え?」


 扉の前で立ち往生していると、ラウンジのソファーでハーニャさんが立ち上がった。ソファーの背もたれに隠れて気付かなかったようだ。部屋を見回して他の皆を探してみるけど、まだ一階で寝ているのか見当たらない。


「ミニパンナちゃん、私のお金でその魔女コインを買うね? トータくん、何枚あればいいのかな?」

「いえ……結構しますよ?」

「だいじょうぶ、私も一応、お金持ちだから……とりえあず、十枚?」

「あーい!」


 チャリーンと、どこからか音が響く。


「私に出来ることがあったら……言ってね?」


 ミニパンナを抱き上げ、どこか寂しそうに、ハーニャさんは微笑んだ。

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