第18話 はよ登れ! S・パンナトッティ城!

「バカ! バカ! バカ! バカ! バカ! バカ! バカ!」


 アンナ嬢が三角座りでしょげこむ僕の背中を、何度も何度もうさぎのぬいぐるみで殴打する。案外痛いが、貯金の全てを使い切ってしまった僕には生ぬるい罰だ。


「アンナ姉さん落ち着いて? ほら、私みんなのところに帰って来れて良かったよ?

暗いところで泣いちゃってたもん。トータくんを怒らないで? お金だって、きっとなんとかなるよ。私頑張るから、もう泣かないで?」


 最後の一回で奇跡的に出現した『☆☆☆☆☆ 戦闘メイド・ハーニャ』がアンナ嬢を背中から慰めてくれていた。天使かこの人は……っていうかこの人だけ星五だった。そりゃ出ないわけだ……


「ぅぅ、ごめんなさいハーニャ……私が迂闊なばかりに家の財産を使い切ってしまって……帰ったら二人で働きましょ? きっと生きていけるわ」


 アンナ嬢がぬいぐるみを捨て、ハーニャさんの胸に泣きつき、ハーニャさんがその頭を優しく撫でる。微笑ましい限りだが、本当にどうなってしまうのだろう。二人が裏街に落ちるくらいなら、いっそ僕も一緒に落ちようか。


「仕事なら紹介してやるぞ? まぁ、ロクなもんはねぇけど」

 鏡の前で自分の姿に見惚れていたリザが、振り返ってしれっと言う。

「ありがとうリザ……君はいいやつだな」

「触れるな、愚か者が」

 頭を撫でようと伸ばした手を、リザに振り払われる。寂しい。


 ちなみに、後から出てきたリザとハーニャさんの衣装をご紹介しておこう。


 リザはホルターネックの黒いドレス。背中や肩がほとんど裸という大胆な衣装だ。長いスカートにも腰元までスリットが入っていて、少し動けばふとももが露出してしまいそう。カードには『格闘魔女』と書いているので、動きやすさと魔女っぽさを合わせたデザインなのだろう。頭には大きなリボンまでついていて、彼女自身、案外気に入っているらしい。先程から姿見の前を陣取って身体を捻っている。


 ハーニャさんは白い生地に青いフリルのついたメイド服。胸のふくらみと腰のクビレを強調するようなデザインで、チラリと覗く谷間が美しい。スカートはこの国にしては丈が短く、膝上にある。スラリと伸びる長い脚、ぴっちりとしたニーソックスが危うい魅力を醸し出していた。


 四人ともそれぞれの個性に見合い、その魅力を引き出す完璧な衣装だ。

 敵ながらパンナトッティ、実にグッジョブと言わざるを得ない。


「お金のことなら、なんとかなるかもしれないよ」

「なんですとッ!?」


 不意に口を開いたダーシャにアンナ嬢が顔を上げる。ダーシャはベッドに腰掛けたまま、シャツのボタンをプチプチと外して言葉を続けた。


「来るときにもチラっと言ったかな。パンナトッティは、『バーバ・ヤガーの孫娘』とも言われていてね、古い魔女文化の守人でもあるんだ。悪さをして、みんなに嫌われて、最後には泣いて森に逃げ帰るみたいなさ、そんな『物語の悪役的魔女像』の化身なんだよ彼女は……」

「それはわかるけど……なんでアンタ脱ごうとしてるの?」

「胸が苦しくて仕方ないんだ。衣装に合わせてかなり締め付けられてるらしい」


 ダーシャが胸のボタンを外すと、その中に詰まった豊満な膨らみが深い谷間を見せ、白いブラジャーまで顔を覗かせる。彼女はそのまま身体を捻り、巨大な胸を前に突き出すようにして、するりとシャツを脱ぎ捨てた。


 さらにそのブラジャーにも手をかける。


「ギャー! トータを隔離しろぉ!」

「もうしてる」


 残念ながら、僕の視界はリザの両手によって塞がれてしまった。


 余談ではあるものの、この国の下着事情は二十一世紀初頭レベルにまで進んでいる。

 この国は魔女が治める国、女性が社会進出している国だからか、衣服や装飾品、化粧品を中心に、女性道具の開発や普及が目覚しい。帝国にも高く売れているようだ。


「ダメだよダーシャ、トータくんもいるのに……」

「なにやってんの! はしたない!」

「別に見られて減るもんじゃなし……」


 ハーニャさんとアンナ嬢から叱りの声が飛ぶが、ダーシャは気だるそうに受け流す。

 声と一緒にシュルシュルと衣擦れの音が聞こえ、正直、たまらない。


「ともあれ、今年のお祭りのあらすじも、悪さをしたパンナトッティをお仕置きしよう、みたいな前提なんだろ? それって絵本と同じじゃないか。悪い魔女はお仕置きされて森へ逃げ帰り、奪われたものは持ち主の元へ戻る。それでめでたしめでたし、というワケだ」

「なるほどッ! 頭いいわねアンタ! 希望が見えてきたわ!」


 アンナ嬢の力強い声が聞こえたところで目隠しを外された。ダーシャはシャツのボタンを留めているところだったが、その傍らには白いブラジャーが脱ぎ捨てられている。スイカ二つ包むかのような大きさだった。


「……デカ」


 これはリザの声だ。僕じゃない。そして残念ながら、ダーシャはあれで苦しいのだそうだぞ、リザ。


「はぁ、楽になった」


 ダーシャは何事もなかったかのようにジャケットを着ると、うんと背中を伸ばす。シャツのボタンは胸の下までしか止められておらず、溝内が露出した状態だった。


「ともあれ、状況を整理しよう。今年のゲームの進め方はこうだ。突如として現れたこの城、何故現れたのかは分からない、知るためには、最上階にいるパンナトッティに会わなければならない。例年通りなら、どうせ戦争に発展するような大事にはならないだろうさ」

「どうやらそうみたいだけど……上に登るにも階段はどこなの?」

「ボスをたおすとあらわれます!」

 アンナ嬢の声に、ハーニャさんの肩に乗っていたミニパンナが答える。

「ボスってのはどこなんだよ?」

「ステージをレベル5までクリアするとあらわれます!」

「そのステージとやらはどこにあるの?」

「そこです!」


 ミニパンナは部屋の隅、僕が入ってきた扉を腕で指した。


「トビラの横のダイアルがステージのレベルです! 『1』をクリアすると、『2』に挑戦できます!」

「ほお?」


 アンナ嬢が首をかしげつつ、歩み寄って扉を開ける。外開きのためにそのまま数歩、部屋の中に入ってしまった。


「え? あ……きゃぁッ!」

「アンナ嬢!」


 唐突にアンナ嬢が部屋に吸い込まれ、扉がバタンと閉まってしまう。慌てて追いかけたが、それよりも早く、アンナ嬢の悲鳴が部屋に木霊した。


「ぎゃぁぁぁ――――ッッ! わぷぅッ!」

「ぎゃッ!」


 背後でドスンと音がして振り返ると、ベッドの上でアンナ嬢がダーシャを押し倒していた。ベッドの上の天井が天窓のように開いていたが、ひとりでにパタンと閉まってしまう。察するに、そこからアンナ嬢が落ちてきたのだろう。


「……なにこれデカッ! やわらか!」


 ダーシャの胸に埋まりアンナ嬢が声を上げる。羨ましい。


「大丈夫? アンナ姉さん……何があったの?」

「なんか、狼とか蒸気機械みたいなのに襲われた……ボコボコにされて気がついたらここに……」

「おい、減るもんじゃないとは言ったが、揉まないで貰おうか」

「あらごめんなさい! 手が勝手に……」


 アンナ嬢がダーシャから身を解き、ちょこんとベッドの上に腰掛ける。


「身体はなんともないの?」

「えぇ……服も汚れてないし、なんなのコレ?」

「そーいうカンジになってます!」


 ミニパンナが説明ともつかない説明を返す。あらためて僕は手鏡を覗き、『仲間』からアンナ嬢のステータスを確認してみた。『体力』という項目があり、『0/50』と表記されている。おそらく戦闘に敗北して戦闘不能ということだろう。


「アンナ嬢、もう一度扉を開けてもらえませんか?」

「えぇ……なんでよ? アンタ行きなさいよ」

「実験です」


 僕が繰り返し頼むと、アンナ嬢は渋々ながらも立ち上がり、扉の前に立つ。そしてドアノブに手をかけるが、今度は鍵がかかったように開かない。


「『体力』がゼロの人は、せんとーできませーん!」

「体力って……一応私、元気だけど?」

「説明がややこしいですね、ちょっと僕に任せて貰えませんか?」

「なに? アンタ分かるの?」

「故郷に似たような決まりの遊びがありまして……」


 苦笑しながら言うと、アンナ嬢は怪訝に眉を寄せながらも、軽くスカートをつまみ上げておじぎし、ハーニャさんのところへ歩いて行った。ベッドに座る彼女の隣へよじ登り、無言で抱きついてそのまま膝に顔をうずめる。


「気になってたんだけど、あの砂時計は制限時間ということかな?」

「はい! そーです!」


 ダーシャが暖炉の上の巨大砂時計を振り返ると、すかさずミニパンナが返答した。続けてダーシャが問う。


「全部落ちると?」

「時間ぎれー! みんなまとめてパンナトッティのお人形になります!」

「……お人形?」


 問い返したのはリザだ。ダーシャは口を噤み、ハーニャさんとアンナ嬢も、無言でその意味を噛み締めていた。その意味をよく知る僕もまた、寒気で震え上がる。


「どういう意味だよ、それ」

「お人形になるという意味です!」


 首をかしげるリザに、ミニパンナは黒い影を落として答えた。


 さて……いよいよ大ごとだ。無事に家に帰るためにも、パンナトッティ城の攻略計画を立てよう。こうしているうちにも、砂時計の砂はサラサラと下の部屋に移り続けていた。

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