第16話 とりまガチャれい!②
「ほぎゃぁぁぁ――――ッ!!」
と、アンナ嬢が叫ぶ。
かくかくしかじかと状況を伝えて、窓を指さした瞬間だった。
しかしながら、もう少しカワイイ悲鳴はないのかこの人。
「もぅ! 何考えてんのパンナトッティ!」
あらすじのようなことを、やはり言うのですね。
アンナ嬢のパニックが静まるまで、僕は彼女と一緒に出てきたカードを確認することにした。
『【☆】蒸気戦士』『【☆】ハンマー』『【☆】Pキャンディ』『【☆】Pキャンディ』
『【☆☆】ネコミミカチューシャ』『【☆☆】ネコ尻尾』『【☆】家の魔』
『【☆☆☆】鋼鉄の蒸気戦士』『【☆☆☆】黒ネコのジーナ』
出てきたカードは以上だ。
いきなりアンナ嬢が出てきてぬか喜びしたけど、彼女以外は雑魚カードらしい。
「これは、装備品ってことなのかな……どう使うんだろ」
「装備カードは仲間に向けるだけで使えるよ!」
まだ消えていなかったミニパンナが肩によじ登り、アドバイスしてくれる。首を傾げながらも、手に持った二枚のカードを、のたうち回るアンナ嬢に差し向けてみた。
「きゃぅ! なに!?」
ポポーンと間抜けな破裂音を上げて、アンナ嬢の頭から猫耳が、お尻の上辺りから尻尾が生えてくる。ドレスにもよく似合う、フワフワの可愛らしい猫娘グッズだ。
「これ全部パンナトッティの魔法なんですか? 今更ながら凄いですね」
「そのとーり! パンナトッティはすごいんだ!」
「ちょっとトータなによこれ! ふぎゅぅ! 取れない!」
アンナ嬢はネコミミを外そうと両手を引っ掛けるが、涙目で頑張っても外れる様子はなかった。
「どうすれば外れるんですか?」
「君が直接外してあげてもいいけど、メニューの『仲間』から装備品を操作することができるよ!」
言われるがまま『仲間』のアイコンをタッチしてみると、アンナ嬢のカードや蒸気戦士といったカードが並ぶ画面に切り替わり、さらにアンナ嬢をタッチすると、以下のメニューが現れる。
※※※※※※※※※
『ステータス』
『装備』
『いっしょに遊ぶ』
※※※※※※※※※
『ステータス』をタッチすると、『攻撃力』『防御力』『すばやさ』といった数値が表示され、画面左上に出現した『戻る』をタッチすると、元の画面に戻った。
改めて『装備』というアイコンをまたタッチすると、ネコミミ、ネコ尻尾という表記があったので、またタッチしてみた。ポポーンと音がして、アンナ嬢からネコミミグッツが消滅する。
手鏡を伏せ、逆の手に持った二枚のカードを確認した。
『【ネコミミカチューシャ】 効果:つけるとキュート』
『【ネコ尻尾】 効果:つけるとセクシー』
「装備することによってステータスが上がることはないのか……この、『いっしょに遊ぶ』っていうのは?」
「この部屋でいっしょに遊べるようになります!」
相変わらず、ミニパンナの説明は分かりづらい。
百聞は一見にしかず、僕は手鏡を持ち上げ、『黒ネコのジーナ』を選択し、メニューにある『いっしょに遊ぶ』をタッチしてみる。その瞬間、ベッドの上でポォンと煙幕が弾けた。
「みゃぁ」
煙幕の中からは、紅い右目と黄色い左目を持つ黒ネコが一匹現れる。短く鳴いたかと思うと、そのまま大あくびを浮かべ、黒ネコはベッドの上に寝転んでしまった。近寄って撫でてみると、柔らかな毛並みが指に絡み、暖かな体温が手のひらを包み込む。確かな血潮や鼓動を感じた。どうやら本物らしい。
「なるほど、だいたい分かりました」
「だいたいわかるの!? すごいわねアンタ!?」
アンナ嬢が怒りをにじませて叫ぶ。
「ごっこ遊びですよ。さっき、あらすじを説明したでしょう? 僕たちは、悪い魔女を退治しに来た正義の味方なんです。パンナトッティの決めたシナリオ上で動く役者って訳ですね」
「それはわかってんの! 何をどうすればいいかわかんないの! リザもダーシャもハーニャもどこ行ったのよぉ……もうやだ帰るぅ!」
アンナ嬢がうさぎのぬいぐるみを抱きしめ、地団駄を踏む。子供か。
「リタイアはできませんので、クリアしてちょーだい!」
「むきぃぃ!! なにこいつ! そこはかとなくムカつく!」
「きゃーん」
ミニパンナに襲い掛かろうとするアンナ嬢、しかして悲しいかな、僕の頭に移動したミニパンナに手が届かない。いっぱいに腕を伸ばしてぴょんぴょん跳ねる姿はなかなかにキュートだが、そろそろ落ち着いて欲しい。
「アンナ嬢は出てくる前にどこにいたんですか?」
「知らないわよ。暗いところを光に向かって歩いてたらいきなりここに出たの」
「それはかわいそうだな、他のみんなも早くガチャから出して上げたいけど……」
あんな暗いところを延々歩くなんか、想像しただけでも恐ろしい。リザが泣いてないかしら。そもそもダーシャはまだ寝てるんじゃないのか? ハーニャさんはまぁ、自分でなんとかしそうな気配もするけど。
「えっと、なんだっけ? そのガチャっていうのをやればみんな出てくるの?」
「クジのようなものです。当たれば出てくるようですね。アンナ嬢を出すのに、他九枚のハズレを引きました」
「あらそう、だったら三十回くらい引けば全員集まるのね。めんどくさいけど、さっさとやるわよ。それ貸しなさい」
「……気をつけてくださいね?」
「子供扱いか!」
アンナ嬢は勢いよく手鏡を奪い取り、両手で持って鏡を覗き込む。
「なにこれどうすればいいの?」
「はい、このアイコン……いえ歯車の絵をタッチ……いえ、指先で触れてください」
「アンタ、たまに不思議な言葉を使うわね……えっとこれ? ちがう? あぁぁ! 変なものでた! なによコレもう……こら! さり気なく肩をだくな!」
顎に頭突きを食らう。心外だな、操作を教えようと身を寄せていただけだ。決して頭上から見下ろす胸の谷間がいい感じとか思っていない。
「よくわかんないけど、この『十回』っていうの所に触ればいいのね?」
「はいそうです……いてて」
「そいやっ!」
アンナ嬢が十回ガチャのアイコンをタッチする。しかして、今度はなにも起こらなかった。やはりか。
「……どうなったの?」
「二回目からは有料です! 魔女コインを買ってください!」
すかさずミニパンナが割って入る。
「あぁ、クジだもんね……魔女コインっていうのは、このお祭りでの金券みたいなものかしら。でも、両替しようにも私お金持ってないのよ? 荷物と一緒に、サイフもどっか行っちゃったし」
「お金はごじつとりたてー」
えぐいな……
「ま、いいでしょ。それじゃ、取り敢えず十回分買うわ、お願いね」
「まいどありー!」
どこかでピコーンと音がして鏡の中に新たな文字が現れる。
『現在の魔女コイン:三十枚』
「さんじゅうまい?」
「一回につきコイン三枚ですねん?」
「がめついな!」
「ふ~ん、なるほどね」
「アンナ嬢、コインの値段、確認しないでいいんですか?」
「あらバカにしないでよ。腐っても貴族、クジ引くくらいのお金はあるわ」
「ごひゃくルーブですが?」
ミニパンナが告げた瞬間、アンナ嬢の時間が止まった。
瞬きもせず僕の頭上、ミニパンナを見上げ、喉で寒風が吹くような音を立てる。
「三十回分が?」
「コインいちまいぶん」
「ごぅはッ!」
魂ごと吐き出すようにむせ込んで、アンナ嬢は床を転がった。
ちなみに、外で少し高い夕食を食べて、一人前が五百ルーブというところか。
三十倍にするとどんな金額になるか……考えたくはない。
「わ、忘れていたわ……そうよね、パンナトッティだもの、お祭りのクジとは違うわよね……先に聞いてくれてありがとトータ、でもさり気なく抱き起こさないで」
「失礼、魅力的すぎたもので……」
子供っぽいアンナ嬢だけど、着るもの着たらその秘めたる魅力が何倍にも膨れ上がった感じがする。こう、子供と大人のいいとこ取りというか……フリフリのドレスやうさぎのぬいぐるみはいかにもメルヘンチックで子供っぽいものの、ウエストはきゅっと絞り、胸元は大胆に露出し、女性的な部分を最大限に引き出すようなデザインになっていて、見れば見るほど引き込まれる。
まるでアンナ嬢のためだけに誂えたようだ。パンナトッティ恐るべし。
待て、僕、今はそんな場合じゃない。
「褒め言葉としてもらっておくわぁ……」
アンナ嬢は床に座り込んだまま僕の右腕に背中を預け、あらためて鏡に指を当てた。
スポポポポーン、と間抜けな音がして、カードが降り注ぐ。
『【☆】Pキャンディ』『【☆】Pキャンディ』『【☆】Pキャンディ』
『【☆☆☆】水の精霊』『【☆☆☆】蒸気猛獣』『【☆☆】パンチングマン』
『【☆☆】魔女の杖』『【☆☆☆】重戦車』『【☆☆】ドッカンバズーカ』
『☆☆☆バニーカチューシャ』
「……なんでよ」
アンナ嬢は雑魚カードの雨の中で怪訝そうに呟く。僕が一枚を拾って差し向けると、アンナ嬢の頭からポォンと黒いウサミミ形リボンが生えた。
「はぁ……仕方ないわね。五十回分ちょうだい? それだけ引けば揃うでしょ」
「大丈夫ですか?」
「上納金だと思って諦めるわ……リザもハーニャもダーシャも、私から頼んで来て貰った立場だし、責任は取らなきゃね」
「ご立派です」
「あとトータ、どうせ触るならソファーまで運んでちょうだい」
許可が下りたので左腕をアンナ嬢の膝裏に差し入れ、小さな体を持ち上げる。
窓の近くからソファーに移動する短い間に、スポポポポーン、スポポポポーンと十連ガチャ音が五度、連続で鳴り響いた。
「……ふぅ」
五十連でガチャを回したアンナ嬢は、ソファーに身を沈めて額に指を当てる。
「なんでよッ!!」
五十枚分のカード名を書き連ねる訳にもいかないので詳細は割愛するけど、その全てが雑魚カードであることをお伝えしておく。また、その中に『☆☆☆☆バニースーツ』と『☆☆☆編みタイツ』があったことを僕は見逃していなかった。泣き崩れそうなアンナ嬢からそっと手鏡を受け取り、メニュー画面から装備品を弄る。
スポポーンと薄い煙幕を立てて、アンナ嬢がバニーガールに変身した。
「遊んでんじゃないわ! 返してなさい!」
「ちょ、アンナ嬢! そのカッコで激しく動かんでください!」
「やかましい! アンタがやったんでしょ! 返して! か~え~し~てぇ!!」
またアンナ嬢はピョンピョン跳ね回って手鏡を奪い返そうとするが、ジャンプする度に胸が激しく危な際どく揺れ踊り、気が気でない。本人は気づかず暴れ回る始末だ。もうしばらく見ていたい欲もあるけど、流石に本人が傷つくほどのセクハラは本意ではないので、大人しく返した。
「全く、しょうがないわね……トータ、出るまで回すから、アンタは出てきたカード片付けて。なにか使えそうなものが無いか探してちょうだい」
「出るまで回すって……ちょっとアンナ嬢? やめといた方がいいんじゃ……」
「大丈夫よ、これだけ外したんだから、次で誰か出るでしょ。追加でコインを買うわ」
「あーい!」
待っていたとばかりに、ミニパンナが僕の頭からアンナ嬢の隣へ移動する。
かくして、あぁ、かくして……アンナ嬢はガチャ沼の餌食となってしまった。
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