第15話 とりまガチャれい!①

 千年ほど前、ルーシェ国は帝国から独立する形で建国した。


 当時、ルーシェ国は帝国の一部ながら、今よりももっと広く、その全域に古くからの自然信仰が根付き、様々な妖精や妖怪、魔物や精霊が大地と共に生きていた。魔女もその中の一つとして登場し、魔法によって天候を操り、作物を実らせ、病を癒し、あるいはその逆を行ったり、未来を予知したりもしていた。


 しかし、帝国がとある強力な宗教を国教と定めたことから、ルーシェに存在していた魔物や精霊たちは、神に対する悪魔の使者として一括りにされ、とりわけ魔女は人間を神の道から逸らせる悪の権化として迫害され、虐殺の危機に見舞われることになってしまった。


 その時に立ち上がったのが、現在六大魔女と呼ばれている強力な魔女たちだ。

彼女らは帝国の軍隊を退け、壁を築き、ルーシェ土着の伝承を信仰する者たちを囲って虐殺の牙から守り抜いた。本人らがこうして実在しているのだから、その事は伝説であると共に、歴史的事実なのだろう。それまで妖魔の一員に過ぎなかった魔女は、この時に信仰の対象として祀り上げられ、現在では権力者の代名詞ともなっている。


 建国から千年、長らく帝国とルーシェは停戦状態にあったが、近年では徐々に国交も回復しつつあり、帝国からの蒸気機械や旅行者も流れ込みつつある。けれど、宗教的立ち位置は揺らぐことはなく、帝国側の深い信者からすれば、今でもルーシェの魔女は悪魔の化身でしかない。何事かの火種さえあれば、いつ虐殺や戦争が勃発してもおかしくないという状況だった。


 僕が居た『北壁』と呼ばれる基地が北側の国境で、西側は大きな川が国境になっている。現在は橋がかけられて行き来が出来るようになっているが、両端はそのまま両国の軍事基地に繋がっていて、厳重な検問が置かれている。それと同時にいつでも戦闘が行えるよう、万全の体制を常に整える前線基地でもある。


「……何やってんだよ」


 嵌め殺しの窓から景色を眺めつつ、ブルリと身震いする。


 そこに映るのは、橋の向こうに身構える敵国の国境基地。信じられないことだけど、この『スチーム・パンナトッティ城』は、まさしく帝国との国境上、大河を跨ぐ橋の上に建っているようだった。戦争の火種を通り越して猛火に等しい。橋と基地の様子を見る限り、今のところ何事も起こっていないようだけど、よく何も起こってないな!


「さて、どうしたものか……」


 僕は窓から室内を振り返った。


 高級ホテルの一室に似てかなり広く、ベッドやソファー、酒瓶の並ぶ棚や、テーブルやバーカウンターまで完備されていて、さらにトイレやお風呂も完備されていた。壁には暖炉があり、薪もないのに猛々しく火が燃えている。その上には樽ほどの大きさをした巨大な砂時計があって、黄金のような砂粒がサラサラと流れ落ちていた。そこから左手の壁には嵌め殺しの大きな窓があり、景色は件の如くおぞましい。扉は僕が入ってきたところ一つしかないが、その扉の隣には金庫のようなダイアルがあり、現在、ダイアルの針は『1』を指している。数字は『5』まであるのだが、どういうわけかダイアルは動かず、扉も開かない、といった状況だった。


 何をどうしていいか分からない所で、頼みの綱はスマホ風手鏡だ。


 パンナトッティとの通信以降、手鏡はまさしくゲーム的な画面を映し出していた。表示されているメニューを下記にご紹介する。



『ガチャ』 『仲間』 『魔女コインを買う』 『ミニパンナトッティ』



 見るほどに、故郷を思い出す。


 こんなジャンルのゲームが確かあったはずだけど、嫌な思い出しかない……

 六大魔女は他の世界への渡航も可能という話だけど……完全にパクリだ。

 溜め息を吐きながら、とりあえず『ミニパンナトッティ』を押してみた。


「ぱぱぱ! ぱ~んなとってぃ!」


 ポン、っと頭上で何かが弾け、ぽてんとぬいぐるみが落ちてくる。子猫ほどの大きさで、とんがり帽子に黒いドレス、ビーズの瞳とフィルトの口。指のない小さな手足がついている、パンナトッティの姿を模した可愛らしいぬいぐるみだった。


「はじめまして! わたしミニパンナトッティ! わたしに何か聞きたいの?」


 人形は僕の足元で両手をぴょこぴょこさせ、空を仰ぐように僕を見上げる。どうやら、ヘルプ機能のようなものらしい。僕は床に座り込んで少しでも目線を近づけ、彼女(?)に話しかけた。


「初めまして、トータです。僕の仲間はどこにいるのかな?」

「君の仲間はガチャの中にいるよ! ガチャを回すといっしょに戦える仲間や便利なアイテムが手に入るんだ! さっそくガチャを回してみようよ!」


 ミニパンナ(略称)は右手を勇ましく振り上げる。


 苦笑を浮かべつつ、僕は質問を続けた。


「ガチャを回すにはどうしたらいい?」

「メニューからガチャを選んで!! 1回で1枚、仲間かアイテムが出てくるよ! 今なら十連ガチャが初回無料で回せるよ! さぁ回そうよ!」


 ミニパンナは開いた口を動かさず、表情も変えず喋るので少し怖い。

 喋っている内容も、なにか無言の圧力を感じてそこはかとなく怖い。


 ともかく、とりあえず、どうしようもなく、僕は手鏡を持ち上げて『ガチャ』のアイコンを押した。手鏡の中の表示が切り替わり、『1回』『10回』『メニューへ戻る』のアイコンが表示される。


 どうでもいいが、アイコンは全て古びた歯車の形になっていて目にも楽しい。

パンナトッティが自らデザインしたのだろうか、遊びへの本気度が窺える。


「さて……」


 僕は誰へでもなく祈りを捧げてから、『今だけ無料!』の文字が光る『10回』のアイコンにタッチした。すぐさま表示は切り替わり、歯車の沢山入った箱をひっくり返すアニメーションが流れる。歯車はバラバラに散り、画面はその中の一つにズームイン。くるくる回る歯車は徐々に回転を緩め、光り輝いてカードの形に変化した。


 本当にどうでもいいが、演出凝ってるな!


 そして光は収まり、カードのイラストが表示される。



『【☆☆☆☆】 御伽姫―アンナー』



 それはイラストというより、純白のドレスに身を包んだアンナ嬢の写真だった。


「あれ? 一発で出た?」


 その瞬間、ポォン! と頭上で何か弾けた。


「はえ? きゃぁぁぁッ!!」

「ぐわっち!」


 頭上から降り注いだ何者かに押し潰され、僕は床に突っ伏した。

 流れからして、アンナ嬢なのだろう。


「え? 何? どこココ?」

「アンナ嬢、ちょっとどいて下さい……」

「トータ!? なにやってんのそこで!?」

「ご無事でなによりです……」


 アンナ嬢が飛び退いてから身を起こし、あらためて彼女の姿を確認した。


 子供のような背丈と背中まで靡く綺麗な髪、パッチリとした大きな瞳。キョトンと立ち竦む様も、僕の知るアンナ嬢そのものだった。ただ、服装はローブ姿から純白のドレスに変わっていて、過剰なまでに施されたフリルが、お姫様感を演出している。大きなうさぎのぬいぐるみを抱いて子供っぽさが強いものの、開いた胸元からは大人のふくらみが谷間を覗かせていて、危うげな色気があった。今まで気づかなかったけど、背丈の割に普通にあるな、この人。


「……お似合いですね」

「え? わきゃぁッ! なにこのかっこ!」


 アンナ嬢は自らの服装に気づいてヘンな踊りをする。その上にスポポポポーンと小さな煙幕が弾け、パラパラとカードが降り注いできた。


「あの、なにがどうなってるの?」


 頭の上でカードを受けつつ、アンナ嬢が不安げな顔を浮かべた。


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