二章 マルタ祭ではない!パンナトッティ祭じゃ!

第14話 緊急イベント出現!!【ハチャメチャ! 登れスチーム・パンナトッティ城!】

 さて、かくいう事情で僕はスマートフォンという存在を知っている。そしてどうやら、僕の目の前に浮かんでいるのはそれっぽい物であった。ふわふわ浮遊している所を捕まえて、まじまじ観察してみる。


 見たところ、外見こそスマホっぽいが、電子機器っぽくはない。おそらく、板に鏡を貼り付けてそれっぽく見せたものだろう。背面は細かい歯車でみっちりと装飾されていて、手触りは悪いが、なかなかにオシャレだ。


『パンパカパーン! パンナトッティ城到着おめでとぉぉぉぉ!! いえーい!! どんどんパフパフぅッ!!』


「おっと……」


 急なハイテンションに思わずスマホ風手鏡を落としそうになった。慌てて持ち直し、声の発生源たる前面の鏡を見てみると、そこには女の子が一人映っている。十歳程度の体躯に、小さくて可愛らしい顔、長い睫毛、黒いとんがり帽子に黒いドレス、ふてぶてしく玉座に構え、彼女は鏡の向こうから僕を見下ろしていた。あのポスターに写っていた女の子その人だ。


「アナタがパンナトッティ?」

『そうとも!! ワシこそが偉大なる六大魔女の一角! 可憐にしてキュートにしてエレガントかつプリティなる愛されイタズラ魔女! パンナトッティ! さぁ歓喜に震えろ? 可愛さに悶えろ? 今なら特別にポージングのリクエストしてもいいぞ?』


 スカートを捲り上げてチラリとふとももを見せてくれるが、生憎と幼女に興味はない。


「それじゃちょっと、カメラ跨いでスカート捲り上げて頂けます?」

『えぇ……マジかお前、本当にリクエストしてきたヤツ初めてなんじゃが……しかもそんなマニアックな……』


 ドン引きされた。


『んんん? っていうかお前なんじゃ? アクショーノヴァ家の人間じゃないのう。それ以前に男じゃし……おいこら、アンナはどこ行きおった?』


 パンナトッティがカメラ(なのかどうか知らないが)に近づき、ぐっと片目を寄せてくる。手鏡には猫じみた大きな瞳がさらに大きく映し出され、パチパチ瞬いた。


「こっちが聞きたいですよ。何がどうなってるんです? そのアンナ嬢も、他の仲間も、どこに行ったんですか?」

『はぁぁぁ……ひょっとしてまたかのう、イヤになるわい。ちょい待てい』


 手鏡の中でパンナトッティが翻り、ポテンと玉座に座り込む。それと同時にポォンとマヌケな煙幕が弾け、彼女の手元に銀色の板が出現した。細い指をちょこんと当て付け、パンナトッティはスラスラと板をなぞり始める。


 ……あの、板の背面に欠けた果実アップルっぽいロゴが見えるっぽいんですが。


『んぁぁぁ……やっぱバグっとるのう。スマンスマン、今回は急な仕様変更でロクにディバック出来とらんのじゃぁ、世知辛いのう……』


 時代設定を無視しすぎでしょう……とはいえ、師匠よろしく高位の魔女ともなると異世界を自由に移動出来るらしいから、彼女もそのクチなのであろうと勝手に推察する。


『ぁぁぁ~~……このヘンか、おいキサマ、なんかデモストレーションの時に死の淵から蘇る的なことをせんかったか?』

「えぇ、少しありましたが……」

『それが原因じゃ、めぇ~んど臭いのぉ!』


 パンナトッティはどこかからインテリ眼鏡を取り出し、スチャリと顔に装着すると、タブレットPC(もはやハッキリ言ってしまおう)を膝に置いて両手でタイピングを始めた。


『そんなサイヤ人みたいなことせんでも、大人しくくたばっとればこっちの魔法に組み込まれとったのに……ワシの祭りで死人を出す訳なかろうが!』

「ど、どうもすみません……」

『まぁ、その程度の魔法が使える奴がまだおるということを喜ぶべきか……しゃ~ないの、とりま、お前にリーダー権限を与えてやろう。しっかりやれよのう。 ほぎゃぁ! 戦闘システムまで連鎖でバグっとる! しゃ~ないのう! えぇっと、まぁ衣装はそのままで良いじゃろ、男の衣装なんぞ興味ないでな、ステータスはうんと、ゴリラ系からそのままコピペで済ますか……ん? 鉄砲持っとるのうお前、没収じゃ没収! 男なら拳で戦わんかい!』


 パンナトッティが「ッタァン!」とタブレットを弾いた瞬間、腋と腰のホルスターでポォンと薄い煙幕が弾け、拳銃の重みが消失してしまった。身体を捻って確認してみると、それまで重々しく存在感を放っていた鉄の凶器が、跡形もなく消えてしまっている。おまけに弾薬を入れたポーチやリュックまで消えていた。


「……すごいな、まるで手品だ」

『魔法じゃボケナスが』


 パンナトッティはおもむろにタブレットと眼鏡を投げ捨て、ひと仕事終えたようにぐっと背筋を伸ばした。溜め息を吐きつつ肩を叩きながら、酷く気だるそうに言葉を持ち上げる。


『さて、こんなもんじゃろ……え~っと、何じゃったかな?』

「……リクエストの件ですが、こちらにお尻を向けて振り返る感じで女豹ポーズをお願いできますか?」

『強欲じゃのお前は……まぁ、その度胸に免じて……』


 意外にもパンナトッティはくるりと反転し、玉座に左手をついてお尻を突き出し、背中をひねって振り返ると、頬に右手を持ち上げ、猫の手にして、切なげな表情を浮かべた。


『にゃぁん』


 どうしよう、想像以上にカワイイ。目覚めそうだ。


『さてと、それでは本題に入ろうかの。はぁぁ……と言ってもなぁ、祭りを始めてから何回も説明しとるから飽きてしもうた。個別に呼ぶ系はイヤじゃな。やっぱり前みたいに一気に集めるほうが手っ取り早い。人が多い方が盛り上がるしの。おいコラ、聞いとるか~?』

「……はッ! すみません! 想像以上過ぎて失神してました!」

『ムリないのうムリないのう、それはムリない……ワシもちょ~っとばっかしセクシー過ぎたと反省していたところじゃ』


 知らない間にパンナトッティは玉座に座り直していた。僕の反応を心地よさそうに噛み締め、ニヤけた顔を浮かべる。


『愛いヤツめ、気に入った。特別に初回無料十連続ガチャに高レア出現率アップをかけておいてやろう』

「……なんです?」


 今、すごく不吉な呪文が聞こえた気がするが……


『仲間の心配をしておったようじゃな? 説明してやろう! コホン!』


 めんどくさいと言っていたワリに、パンナトッティはノリノリで飛び上がり、踊り始め、変幻自在に表情や口調を変えてミュージカル風に説明を始める。


 ……チャラ! チャッチャッチャ!


『緊急イベント出現!! 


【ハチャメチャ! 登れスチーム・パンナトッティ城!】


―あらすじ―

たいへんたいへん! 大事件!

イタズラ魔女の『パンナトッティ』がトンデモナイもの作っちゃったの!

空にそびえる巨大な要塞! その名も『スチーム・パンナトッティ城!』

なんだかすごい兵器とか戦車とかいっぱい積んでるみたいだよぉ!

このままじゃ国際問題に発展してルーシェ国が危ない!

もう! パンナトッティってば何する気なの!

今すぐ行ってお仕置きしなきゃ!


―イベント内容―

① ガチャで仲間を集めて君だけのパーティを組み上げよう!

② 敵を倒すごとに強化アイテムが入手できるぞ! ガンガン強化だ!

③ ステージボスを倒すと上階への階段が開くぞ! 最上階まで駆け上がれ!

④ 最上階のパンナトッティを倒せばイベントクリアだ!

ルーシェ国を救う英雄になるのは君しかいない! ガンバレ!』




 …………ほう。

 …………ほう、そうか。

 …………そうきたか!


 僕は深く溜め息を吐き、額に手を当て首を揺すり、腰に手を当てまた溜め息を吐く。

 呆れるやら、感心するやら、日本時代の記憶が蘇るやら……。


『とまぁ、こんな感じじゃ! はぁ、はぁ……ちょっと疲れた。えっと、細かい説明はミニパンナトッティがしてくれるから、頼るがよい!』


 再び鏡の中を覗き込むと、パンナトッティはくるくると動き回つつ、息も切れ切れに説明を結んだ。


「あの、ひとつだけいいですか?」

『お、なんじゃなんじゃ? ワシ本人への質問は一回だけじゃぞ?』


 僕は酷く気だるい気持ちを押し堪えつつ、鏡の中のパンナトッティを冷ややかな目で見据えて訊いた。


「あの、『お仕置き』されたいがためにこんなことしてるんですか?」

『そこに食いついたか!?』

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