間章

第13話 間章

 もう五年も前になる。いや、まだ五年しか経ってないのか。

 当時中学生だった僕は、二十一世紀の日本にいた。


「君には選択肢が三つあるッス」


 その世界での最後の日、師匠は僕に道を示した。


「一つは全てを忘れてこの世界で生きていくこと。記憶を弄る系の魔法は苦手なんスけど、まぁなんとかしてあげるッス」


 遥か空の上、小さな飛行船の窓から東京のビル街を眼下に、師匠は僕の手をギュッと握っていた。


「もう一つは、このままウチに付いてくることッス。その場合、この世界には二度と帰ってこれないし、死ぬまでウチのお人形になることになるんスけど……オススメは出来ないッスねぇ。ウチ、玩具はすぐ壊しちゃうんスよ。そんなんだから、ほら、何も持ってない……」


 師匠はおどけて言葉を結ぶ。寂しさを隠し切れないどころか、余計に強調してしまうような口振りは、卑怯で卑屈な師匠らしくて、可愛らしいと今でも思う。


「ちなみに、ソレはアレですか? なんかチートスキルとか貰えて中世ヨーロッパ的な世界で暴れ回れるみたいなやつではなく?」

「あ、そういうコトやってる女神様はいるらしいッスね。でもウチ魔女なんで、そういうのムリッス。神系とかマジ敵対してる存在なんで、ウチらワルなんで」


 僕が冗談っぽくいうと、師匠はケラケラ笑って誤魔化した。


「中世のヨーロッパ行きたいんスか? ウチの故郷はそのヘンッスけど……トータの世界とはあんまり似てないッスよ?」

「三つ目の選択肢は?」

「死ぬことッス。ウチが楽に殺してあげるッスよ?」

「アナタ、人は殺せないんでしょ?」

「殺せますよ。その瞬間、ウチも死ぬことになってますけど」

「なら、二番目のやつですね」


 僕は師匠の前に跪き、彼女の手を取って、血だらけの指にキスをした。


 今思えば、この時、交渉の余地はあったのだろう。

 けれど、当時の僕は思慮の浅い愚かな子供で、自分が十数年育った故郷を離れることに、何の迷いもなかった。その世界に帰れないことを損失に数えるほど、その世界を愛してはいなかったのだ。そんなことよりも、そんなこと以上に彼女を、あのどうしようもない人を一人にしてはいけないという、身勝手な使命感に駆られていた。


「……あぁ、本当に神様は……魔女の敵ッスねぇ」


 師匠の涙を見たのは、それが最初で最後だ。


 僕が彼女の『お人形』として、一年も飛行船で旅をした話は、また別の機会があれば語ることにしよう。

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