第6話 マルタ祭②


『いただきます』


 と言ってから三人でピロシキに手をつけた。

 少しオーブンから目を離してしまったものの、悪くない出来だ。川魚の匂いが心配だったけど、パセリがよくおさえてくれている。欲を言えばスパイスを足したいところだけど、まぁ贅沢は言えないだろう。


「そんでね、アンタ達に頼みたい仕事なんだけど、実は私も話を聞いたのが昨日の夜で……あら美味し」


 アンナ嬢は焼きたてのピロシキを頬張りながら、おもむろに語り始めた。

 聞くに昨晩、アンナ嬢の元に一匹の猫が来たことから事が始まったらしい。


 猫はアンナ嬢にこう告げた。


『こんばんは! イタズラ魔女のパンナトッティから素敵な催し物への招待状をお持ちしました! 明日の夜、貴女をワクワクドッキドキのパーティにお連れします! 腕自慢、魔法自慢、美貌自慢に財力自慢のお友達を集めて待っててね!! 詳細は僕の首輪についてる招待状を見るといいよ! ちなみに僕はメッセージの終了と共に猫風船になって自動的に爆発します!』


「爆発したのか……かわいそうに」

「どうせ使い魔だから死んだわけじゃないのよ? 実のところ、噂自体は一ヶ月ほど前から聞いていたから、ぼちぼち私のところにも回ってくるんじゃないかと思ってたけどね……今年のマルタ祭は、有力な貴族から順番に招待されているの」

「待て、なんだよその、ヘンな名前のヤツは。パンナコッタ?」

「あら、アナタ知らないの?」

「……コレうまいな」

「どーも」


 リザはアンナ嬢の返答もそこそこに、ピロシキを口いっぱいに頬張ってくれる。

 僕は一つだけ平らげると、厨房を整理すべく椅子から立ち上がった。


「リザ、慌てなくても沢山あるから、ノド詰めないように……水飲む?」

「もらう」


 戸棚に置いてあった昨日の残りの牛串焼きをオーブンに放り込み、余熱で温めつつ、グラスに水を支度する。水道から出る水は信頼できないので、煮沸消毒した水をヤカンから注いだ。


「それでね、えっと……どこまで話したっけ?」

「そのパ……なんつった? 誰それ?」

「なによ、本当に知らないの? 絵本読んだことない?」

「オレは字が読めない」

 リザの返答に、アンナ嬢は頭を抱えて溜め息を吐いた。

「そう、そこから説明しなきゃいけないのね……えっと」

「お、悪いな」

「どーも」


 僕は水をリザとアンナ嬢に差し出し、振り返ってまな板の上のキャベツを睨んだ。しまったな、せっかくなら、先にサラダを食わせるべきだったか……紅茶の一つでも出せればいいんだろうけど、あいにくと珈琲しかない。と思ってるうちに、リザが水を一気飲みにしてしまったので、追加を注ぎに動く。


「えぇっと、話を続けるわね。リザ? 流石に六大魔女のことは知ってるわよね?」

「話半分には……確か、この国を創った魔女だっけ? 千年だか前に……」

「えぇ、それまではこの国も帝国の一部だったんだけどね……千年前に帝国が定めた国教に対して、魔女が異教の悪魔と認識されちゃったの。その時に戦争が起こって、魔女信仰が根深い土地と人間だけが独立して、この国、『ルーシェ』という国が生まれたの。正確には、『ルーシェ』がこの国だけになった、っていう形に近いわね……帝国もそれまではルーシェ国だったのよ。大国として建国する際に、名前と土着信仰を捨てちゃったワケ」

「だから『魔女の国』と呼ばれてるわけか……」

「実際、魔女の国よ……」


 アンナ嬢は水の入ったグラスを持ち上げ、おもむろにひっくり返す。テーブルは水浸しになるかと思われたが、しかし水は球体となって、とぷんっ、と跳ね上がり、アンナ嬢の手のひらに着地した。


「この国の貴族は全員が魔女……貴族でなくても、リザみたく家のない魔女もいるわ。えっと、言いにくかったらいいんだけど、リザって、貧民街の生まれなの? それとも、家が没落した方?」

「ゴミ箱生まれだよ。母親は貴族で、浮気相手との子供とか、まぁそんな感じで都合の悪い子供だったから捨てられたとか、そんな感じなんだろ? オレはジジイに拾われて育てられた」


 リザは三つ目のピロシキをつつきながら、めんどくさそうに語る。誤魔化そうとはしているが、声には苛立ちや怒りや悲しみが滲んでいた。彼女の生い立ちを哀れむような感情は、本人にとって侮辱だろう。僕も人のことは言えないから、今は何も言わない。ただ、昨日の残りの牛串焼きを温めて、前に出してやるくらい許されるだろう。


「お、なにこれ食っていいの?」

「いいよー?」

「お前いいやつだな」


 言うと同時に、リザは肉をペロリと平らげる。

 口にソースがベッタリなので、ハンカチを取り出して拭いてあげた。


「まだ食べる?」

「食べる!」

「食べ始めると素直だな君は……」

 僕が苦笑を浮かべると、リザはハッとして眉を持ち上げ、恥ずかしそうにそっぽを向いた。

「お、お前が食えっていうなら仕方ないから食ってやる」

「なら頼む。確かリンゴがあったな……」

「ねぇちょっと? イチャついてないで話聞いて!?」

「イチャついてねぇし!!」


 ちなみに、アパートの独身男どもは、彼女らと入れ違いに仕事へ出かけてしまった。普段は男しかいないアパートだから、これほど女の子の声で華やかなのは珍しい。ピロシキが間に合わなかった上に、貴重な機会を逃してしまい、彼らは本当に残念だと、ペティナイフを探しながら思った。


 さて、リンゴはウサギさんに剥いてあげることにしよう。


「今、ルーシェと呼ばれている土地は、それこそ千年も二千年も前から様々な精霊や妖魔によって守られてきた土地……戦争の時、六人の魔女にその力が集約され、彼女らは万軍にも等しい力を手に入れ、このルーシェの土地を帝国から守り、国として成立させたの。その後、人が増えるごとに彼女らは自らの力を優秀な女へ分け与え、その者を町や村を治める魔女とした。これがこの国の貴族ね。さらに村が大きくなれば、貴族が女を選んで力を分け与え、魔女にしていった。現在の貴族は全員、六大魔女の直系配下とも言えるわね」

「オレらでいう、盃分けみたいなもんか。傘下に入ってナワバリを貰う感じだろ?」

「よく分からないけど多分そーよ」


 アンナ嬢は水玉のボールをテーブルに転がし、コロコロと遊びながら話を続ける。こちらも苛立ちを紛らわす仕草に見えた。


「それで、絵本や小説になってる『パンナトッティ』っていうのは、六大魔女の一人、『愉悦のマルタ』の幼名っていうか愛称? みたいなものでね。元々、お祭り事を司る魔女で、毎年迷惑な祭りを企画するのよ。去年は『チキチキ! ヴォルガ川逆流大レース! ヒキガエルになるのは誰だ大会! ポロリもあるよ』だったかしら」


 なんだその壮絶そうなお祭りは……


「あったんですか? ポロリ」

「そこに食いつくな鬱陶しい!」

 それとなく問いかけるとアンナ嬢に怒られた。

「毎年って、ワリと頻繁にあるんだな……っていうか六大魔女って生きてるのか?」

「存命存命……不老不死よ。政治は貴族に任せてるけど、たまに社交界とかに顔出すわ。『慈愛のカリーナ』は遠目に見たことあるけど、見かけは20代くらいだったわね……私らが使う何万倍の規模で魔法を使えるんだから、若作りなんてお茶の子サイサイでしょうけど……はぁ、私にもうちょっと魔力があれば身長伸ばしてやるのに……こんな手遊びが精一杯」


 アンナ嬢はポン、っと水玉を弾き、天井に跳ね返ったそれをグラスで受け止めた。水玉は球体を崩して元の性質へ戻り、グラスの中でたぷたぷと揺れる。


「とにかく、私は定期的にしょーもないイタズラを仕掛けてくる親分に招待されちゃったわけ。先に招待された上級貴族はみんな破産寸前らしいわね。それまで精力的に社交界開いたり、新しい工場や鉱山の開拓に乗り出してたってのに、全部中断。断絶寸前にまで追い詰められてるって話よ。何があったか聞いても、軒並み口を閉ざして引きこもっちゃってるらしいから、どんなことするのかは全くわからないの。だから、なにが起こってもいいように、戦力を揃えたいのよ」

「お前の屋敷には、居ないのかよ? フツー、護衛みたいなの連れてるだろ」

「いないわよ。ウチは貴族といっても貧乏貴族だから……こうして自分の足で探してるワケ。リザのことは前々から噂を聞いていたしね、この機会に会ってみたいと思ったのよ」

「それって辞退すりゃいいんじゃねぇの?」

「パンナトッティの誘いを辞退した家には、特大の雷が落ちて跡形もなく吹き飛ぶと言われているわ。試してみる?」

「おぞましい……」


 ウサギを仕上げつつ、僕はポツリと言葉を漏らした。


 リザが例えたように、六大魔女と貴族が主従関係のようなものだとすれば、パンナトッティの呼び出しには雷以上の見えない強制力があるのだろう。アンナ嬢の表情は、上官の命令に逆らえない下っ端兵士と似てもいた。


 僕がお皿にウサギを盛る内に、リザが口を開く。


「ひょっとして、それにオレとお前だけで行くのか?」

「私の従姉妹が一人と、その友達の学生が来てくれるみたいね。あとトータも」

「へぇ……コイツも? お前、ホントお守りさせられてんのな」

「仕方ない事情でね。その人が破産したらこのアパートもなくなるし、その後、僕に行くアテなんてないから」


 今回の話は非常に面倒くさそうな話ではあるものの、アンナ嬢の厚意によって僕の住居が成り立っている状況はいかんともしがたい。甘んじて協力するしか僕の選択肢は無かった。


「しかし、こんな寄せ集めのメンバーで大丈夫なんですか? 私有師団を持つ上級貴族でさえコテンパンにされて帰ってきてるんでしょ?」

「しょーがないじゃない! 下請け貴族なの! 下級の中くらいなの! 悪い!?」

「悪くはないですけど……」


 言いつつ、ウサギに切ったリンゴをお皿に盛り付けて二人の前に差し出し、僕も席に着いた。


「ちょっと! なんでウサギさんに切るの! 子供扱いか! また子供扱いか!」

「すげぇ! カワイイ!」


 リザには好評のようだけど、僕の力作はアンナ上には不評らしい。一応、一つ一つに表情を付け、跳躍感が出るほど頑張ったんだけどな……


「はぁぁ……人が追い詰められてるのになにを呑気な……はむ、トータ、リザ、知り合いに良さげな人材はいないの? 軍人の友達とか、魔女友達とか」

「はむ、生憎と北壁なもんで、帰ってくるやつなんか珍しいんですよ」

「はむ、友達なんかいねーよ」


 はむはむしゃくしゃくとリンゴが進む中、アンナ嬢はガックリと肩を落とした。


「とにかく……アンタ達への説明はこれくらいね。出発は夜だから、まだ時間があるし、私はギリギリまで戦力を探すわ。リザは私についてきて。トータは準備しててくれる? お弁当じゃないわよ? 武器とか心構えとかそういうヤツよ?」

「構いませんが、今は一般人なんで武器なんて持ってないですよ」

「んじゃ私の家にあるの貸してあげる。随分と使ってないから撃てるか知らないけど、夜までに整備してくれれば……はぁ、結局また屋敷まで戻らなきゃなのね? 辛いわ」


 ウサギの尻尾をサクリと齧り、アンナ嬢は「ごちそうさま」と呟いた。

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