第5話 マルタ祭①
かくして、渋々にも自分の反則負けを認めてくれたリザは、アンナ嬢に連れられて去っていった。
「まぁ……お前が提案した時点でお前の卑劣な手を予想できなかったオレの負けだ。オレが女を捨てきれてなかった落ち度もある」
「いや、捨てたもんじゃないと思うよ? 結構良い感触だったし……ぐはぁッ!」
別れ際、アンナ嬢とリザに殴られた後頭部が今も痛い。さらに言えばリザの攻撃を受けた身体のアチコチが痛い。常人であれば病院に駆け込むところだけど、背骨に染み付いた北壁根性が手当さえも拒んでいた。
僕は裏街からアパートに戻るとそのまま、中断していたピロシキの調理を再開していた。これを作りきらないと、どうにも一日が始まった気がしないのだ。
川魚のほぐし身と飴色玉ねぎをベースにした餡を用意していた生地に包み、オーブンに入れてじっと火を睨みつける。石炭オーブンは火加減が難しく、油断すると生焼けだったり黒焦げだったりするから、焼きには集中力が必要だ。食事が旨いかどうかはその日の運による、とさえ言われている。思えばあの魔女の火、料理に応用できないのかな。
「ただいまー……って、ホントにピロシキつくってんの?」
「……え? アンナ嬢戻ってきたんですか?」
厨房の入口を振り返ると、忙しいはずのアンナ嬢がそこに戻ってきていた。さらにその背後には、ムスっとした表情のリザが引っ付いてきている。
「へぇ……」
「うるさい、何も言うな」
リザが顔を赤らめ、身を屈めてアンナ嬢の後ろに隠れた。
「なにしてんのよ、せっかく可愛くして上げたんだから、ほりゃ、見せてあげなさい」
「バカ! 動くな……きゃッ!」
アンナ嬢に振り解かれると、リザは観念したように背筋を伸ばし、僕の視線を受け止めた。気まずそうに視線を泳がせながら、髪先をクルクルと弄る。
乱雑に切られていたその髪は、丁寧に切り揃えられていた。それでも四方八方に跳ね返っているのは天性の髪質なのだろうけど、気の強い彼女の印象に合っている気がした。服も貸してもらったのか、ボロボロのシャツや汚れた工作服ではなく、アンナ嬢と同じ、ブラウスにロングスカート、腹部にベストを巻いた一般的な外出着だ。黒を主体とした色合わせで、赤い髪ともよく似合う。
思わず僕が見蕩れていると、リザはジっと目を細め、胸を隠した。
「どこを見てるどこを?」
「いや、本当に似合うなと……可愛いと思うよ?」
しかして、やはり、ベストで強調されるべき胸部がやや厚みにかけているのが少し気にかかる。頭一つ低いアンナ嬢の方が女性的な膨らみを誇っているのが無情だ。
僕の哀愁を察したのか、リザは八重歯を剥き出して唸り、そっぽを向いた。
「よく見るけど、この服どうなってんだよ。胸が薄いの目立つし、足がめちゃくちゃスースーするし」
「なによ、ご不満? 私が勧めたの断るからでしょ?」
「あんなカッコで外歩けるか!」
リザに突っぱねられると、アンナ嬢は不満げに眉を寄せ、「それ、みんなに言われるのよねぇ……」と首を傾げる。一体どんな趣味なのか、下着を思い出し想像を巡らせてみるが、難しい。
「こんなカッコ……似合う訳ねぇし、着心地悪いし……厄日だチクショウ……」
一方、リザはまだ頬を赤らめ、膝下のスカートを摘んでぶつくさと呟いている。顔は僅かに嬉しそうだった。
「この子をお風呂に入れて、服着せて帰ってきただけよ。あんなカッコで一緒に行動するわけにもいかないしね」
「ちなみにアンナ嬢、下着は……ぐぉッ!」
言いかけたその瞬間、腹にいい一発が入った。瞬足で飛び出したリザが、震える拳をギリギリと腹筋に捻入れてくる。
「まだ回復しきってないんだけど……」
「その話題出したらぶっとばす……」
なるほどそうか、そういうことか……
僕は崩れ落ちるように床に倒れ、リザとアンナ嬢のスカートを交互に見比べた。オーブンの事を思い出したのは、その後リザに蹴られてからだ。
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