Fake7:仕草

「この前の試合、櫻井さんも見に来てくれてたよね」


先生に頼まれた雑用をこなしていると、同じく雑用を頼まれたらしい水谷くんが声をかけてくれた。


「え、なんで知ってるの?」

「櫻井さんが俺の彼女と話してるのが見えたんだ」


「彼女」という言葉にチクリと胸が痛む。

でも、水谷くんは私が試合を見に行ったこと、知っててくれたんだ。それは嬉しかった。


「水谷くん、カッコよかったよ」

「そうかな、ありがとう」


と言って水谷くんは照れて頬を掻く。そんな彼の仕草も好き。


私は水谷くんのちょっとした仕草を見るのが大好きだ。

考えるときに少しだけ首を傾げたり、驚いたときに大きな目をさらに大きくしたりする。そんな彼が愛おしくてたまらない。


私があの子だったら良いのに。


あんな男に媚びてるみたいな態度とってる女より私といた方が幸せだよ。


きっとあの子にしか見せない仕草もあるんだろうな。

それを見られないのがとんでもなく悔しいの。


ねえ水谷くん、もし私があの子だったら、あなたは私だけに特別な仕草を見せてくれたのかな。


「…よし、これで終わり!櫻井さんも終わった?」

「うん、終わったよ」

「お疲れ、あの先生ってば生徒によく雑用頼むんだから困っちゃうよな」


と言って困ったように笑う水谷くん。

その笑顔も素敵です。


私が水谷くんに見とれていると、水谷くんが私の顔を覗き込んで、


「そういえば俺、櫻井さんとお互いのこと話したことないよね?ゲームの話しかしたことなかった気がする」

「え、そ、そうだね」


水谷くん、私と話したことを覚えていてくれたんだ。


「せっかくの機会だし、ちょっと話さない?もちろんお互いの恋人に見られないようにね。俺の彼女も、君の彼氏くんも嫉妬深いからさ」


と言って人差し指を口の前に持ってきて「シー」なんて言う水谷くん。反則です、カッコよすぎます。

それにしても水谷くん、あいつが嫉妬深いことを知ってるなんて、相当あいつと仲がいいんだなぁ。

あいつが羨ましいよ…。


私たちは校内にある休憩所に移動した。

季節は夏。水谷くんは暑かったのか制服の袖を捲る。そんな仕草にドキッとしつつ、筋肉質な腕が顕になって思わず見とれてしまう。


「櫻井さんは何が好き?」


休憩所にある自販機の前で水谷くんが言った。


「えっ、私は…りんごジュースが好きだな」


と言うと水谷くんは自販機にお金を入れ、りんごジュースのボタンを押した。


「はい、櫻井さん」

「えっ、えええええ!!いいよ!!申し訳ない!!…でももう買っちゃってるし…お金返すよ!」

「俺が奢りたくてやってるんだから奢らせてよ」


この天然タラシが。そんなこと言われてキュンとしない女子なんていないよ。


「え、あ、ありがとう…」

「ふふっ、どういたしまして」


それから私たちは色んなことを喋った。

水谷くんの家族構成や友達事情、好きなものから苦手なものまで。

彼女様の惚気話を聞かされたときはやっぱり胸が痛んだけど、水谷くんが幸せそうだったのでOKです。


「あー…いっぱい話せたね、櫻井さん」

「ね、私、水谷くんのことたくさん知れて嬉しかったよ」

「俺も櫻井さんと仲良くなれた気がして嬉しかったよ」


水谷くん、やっぱりズルい。


「じゃあ俺は帰るね。今日は塾があるんだ」

「うん…」


私は昇降口に向かっていく水谷くんの背中に向かって思い切り


「バイバイ!水谷くん、また明日ね!!」


と叫んだ。


水谷くんは右手をひらりと挙げて応えてくれた。

その仕草にも胸が苦しくなる。


「水谷くん、やっぱりあなたが好き…」


誰もいない休憩所で一人、私は泣いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る