裕翔の過去

 

 5月5日。

 窓から差し込む日差しと電線にとまるスズメの鳴き声で、今日の天気模様が良いものである事を物語っている。


 裕翔は、寝起きの頭に響く不快なアラームの音を乱暴に消すと、眠気まなこを天井に向けた。


 ゴールデンウイークが始まり、5月4日まで裕翔は、叔父の亮平のカフェで忙しい日々を過ごしていた。


 亮平のカフェは、雑誌でちょくちょく取り上げられており、休日になると、噂を聞きつけて遠方からも訪れる人がいる程だ。


 そのため、裕翔の体は疲労困憊状態。

 なかなか、ベッドから起き上がる事が出来ない。


 それに、毎日のように見る「シロくんとアオちゃん」の2つの夢が、裕翔の心の中をかき乱している事も要因だった。


 見上げた天井に、その夢を投影させる。

 しかし、いくらそんな事をしても答えは一つ。


 何も分からない。


 裕翔は、再び寝ようとベッドの掛け布団に潜り込んで静かに目を閉じた。

 しかし、数秒後、いきなり掛け布団を剥ぎ取られる。


「ちょっと、お兄ちゃん!いつまで寝てるの?早く行かないと遅れるよ!」


 裕翔は、うっすらと目を開けると、そこには遊園地に行く準備万端の日向の姿が見えた。


 水玉のブラウスにデニムのスカートを合わした春らしいコーデ。メイクもバッチリ決め、いっそう可愛らしさが引き立っていた。


 そして、どうだと言わんばかりにその姿を寝起きの俺に見せつけてくる。


「ひ、日向。遊園地は昼からだよ。準備早すぎないかなー」

「はぁ!好きな人に会うんだから、バッチリ準備するのが基本でしょ!それで、お兄ちゃん、朋也さん喜んでくれるかな?」


 日向は、ティーン雑誌に出てくるモデルのような様々なポーズをする。

 だが、素人なので不自然な感じが全面に出ていて、思わず裕翔は吹き出してしまう。


「ちょっと、お兄ちゃん!何笑ってんのよ!」

「あーごめんごめん。バッチリだよ、日向」

「ほんとに?ヤッター!後は、朋也さんと急接近できるように攻めないとね」

「あはは、本気だな、日向」


 日向の朋也への熱い想いが寝起きの裕翔には重かったが、こんなに誰かのために一生懸命になれる妹を誇らしくも思った。


「ほら、お兄ちゃん、遊園地行く前に行かないといけないところがあるでしょ」

「あっ、そうだった!今何時?」

「もう、10時だよ!早く用事済ませないと、待ち合わせに遅刻しちゃうよ」

「あーやっべー!とにかく急がないと」


 裕翔は、急いでベッドから抜け出すと、クローゼットからスポーツブランドのロゴが左胸のあたりに入ったグレーのパーカーと濃紺のスキニージーンズにものの数秒で着替える。

 無論、寝癖を抑える時間は1ミリも無いので、黒のキャップを被ることで何とか寝癖頭を隠す。


 玄関に置きっ放しの黒のスニーカーを履き、裕翔は日向と共に家を出た。


 10分ほど歩き駅に着くと、裕翔達は遊園地の最寄駅方面の電車とは反対方面の電車に乗り込んだ。


「日向、別について来なくても良かったのに。これ俺個人の用事なんだから」

「いいのいいの。それに日向が先に行ったら、サプライズにならないでしょ。私はお兄ちゃんの為じゃなくて、朋也さんの為に行動してるの!」

「なんだろう。こうもはっきりと言われると兄としては何だか悲しいな」


 裕翔は苦笑いを浮かべながら、隣でにやけている日向の姿を見ていた。

 おそらく、朋也との遊園地デートの妄想にでもふけっているのだろう。


 そして、目的の駅に着いた。

 地元の駅から二駅先の所だ。


 改札を抜け、右側の出口から目的の場所へと向かう。


 駅の外に出ると、人工的に植えられた小さな木々に囲まれた噴水広場があり、そこには多くの子供達が元気に遊んでいた。


 元気だな。俺もああやって遊びたかったな……


 裕翔は、噴水広場を横目に目的の場所へと歩を進める。


 そして、駅から10分ほど歩き、裕翔と日向は目的の場所へと到着した。


 白塗りの外観に、窓ガラスが何十枚と各階に貼られた開放的な大きな建物。

 建物の前には、到着した駅よりかは少し小さいがロータリーと駐車場が併設され、とこどころに設置された植木が自然な雰囲気を彩っている。


「二カ月ぶりか……」


 裕翔は、オフホワイトの大きな建物を見上げて小さく呟いた。


「さあ、お兄ちゃん!さっさと済ませよ」

「そうだなって、おい!引っ張るなよ」


 日向に引っ張られて入った建物は、この地域最大の総合病院であった。

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