ゴールデンウィーク計画(2)
「ただいまー」
「あっ、お兄ちゃんお帰りー」
「日向!もう帰ってきてたのか」
ゴールデンウィーク前の最後の授業を終え、帰宅すると、裕翔の妹、白坂日向が玄関で出迎えてくれた。
日向は、裕翔の1つ下の妹で、裕翔と同じ高校の1年で美術部に所属していてる。
身長は150センチ半ば程で、毛先をふわりとしたショートボブの髪型に、大きなクリッとした目が特徴の美少女だ。
昔から男子にモテて自慢の妹だが、こうも兄妹で差があるのか、裕翔は神様のDNA操作にいつも疑問を抱いている。
「今日、部活休みだったんだー」
「そっかそっか」
裕翔は、日向と話しながらリビングのソファに腰掛け、財布を取り出す。
財布の中には、2枚の遊園地のチケット。
「誘うって言ってもなー……」
裕翔は2枚のチケットを見つめながら、大きくため息をつく。
裕翔の脳裏には、誘いたい相手は1人いる。
そう、綾瀬栞だ。
校舎裏での一件以来、裕翔はさらに栞の事を意識するようになっていた。
栞と二人っきりになる度に感じる、心臓を締め付けられるような感覚。
それは、一体自分にとって何を意味しているんだろうか。
そして、綾瀬栞は自分にとってどんな存在なのだろうか。
裕翔の心には、雨が降る直前の淀んだ曇り空のようなモヤモヤとした気持ちが残り続けている。
だから、たとえ二人っきりでなくても、栞と会って一緒の時間を過ごす事で、この晴れない気持ちも徐々に光が差してくるのではないかと裕翔は考えていた。
だが、誘う手段が無い。
最近になって、やっと挨拶を交わす仲になった裕翔にとって、栞の連絡先や住所なんて知るはずがない。
明日からはゴールデンウィークに入り、直接手渡すチャンスすら無い状況だ。
裕翔が途方にくれてチケットを見つめていると、視界からスッと2枚のチケットが消えっていった。
「うわー、お兄ちゃん!これ、リリアンパークのチケットじゃん!日向、前からここ超行きたかったんだよねー」
「おお、そうなんだ」
日向のテンションの上がりように少し戸惑う裕翔。
その後も、日向はその遊園地の魅力を、怒涛のごとく話し続ける。
裕翔は、日向の話に相づちを打つ暇すら与えられなかった。
日向のマシンガンのような話が終わり、裕翔はホッとしていると、今度はふてくされた様子で裕翔を見つめる日向。
一つ大きくため息をついてから日向に話しかける裕翔。
「今度はなんだよ、日向」
「ねえ、何でお兄ちゃんが遊園地のチケット持ってるの?しかも、二枚!彼女もいないのに何で?意味わかんない!日向、前から超行きたかったのに、お兄ちゃんズルイよ!」
「いや、これには色々と事情があって……」
「何?早く言ってよ、ねえ」
裕翔を見つめる日向の視線が鋭くなっている。
裕翔は、この後の展開を予想してしばらく口を噤んでいる。
だが、日向の頑固な性格に根負けし、仕方なく答えることになってしまった。
「5月5日に葵と朋也と遊園地に遊びに行くって事になったんだけど、チケット余ったから1人ずつ誰か誘おうって話になったわけ」
その話を聞いた瞬間、日向の目が一気に煌びやかなものへと変貌していった。
「朋也さん来るの!じゃあ、日向、一緒に行く!てか、絶対行くから!」
やっぱり……
裕翔は、予想通りの展開に頭を抱える。
今日は、葵といい、日向といい、裕翔の予想は十中八九的中している。
日向は、中学の時から朋也の事が大好きで、今もその気持ちは変わっていない。
裕翔と同じ高校に入ったのも、兄がいるからではなく朋也を追っかけて入学したのだ。
日向の朋也に対する「好き」の気持ちは、計り知れないものがある。
「いや、でも、条件があってさ……」
「条件って?」
「自分の気になる人を連れて来ることなんだよ」
「じゃあ、条件に当てはまってるじゃん!」
「いや、当てはまってないだろ。俺の気になってる人だからな!」
「じゃあ、なに?お兄ちゃんは、こんな可愛い妹が気にならないっていうの?血の繋がった、たった一人の大切な妹なのに今まで見捨ててたっていうわけ!ほんと見損なったよ……」
「うっ!」
日向は、大きな瞳をウルウルとさせて裕翔をじっと見つめる。
裕翔は、妹のいつもの芝居だと見抜いてはいるものの、その潤んだ悲しげな瞳で見つめられるとどうしても許してしまう。
裕翔は結局のところ、妹には甘いのだ。
「はいはい。分かったよ。じゃあ、一緒に行こうか」
「本当に?やったー!お兄ちゃん大好き!ありがとう!あっ、朋也さんには私が行く事内緒だからね。朋也さん、サプライズで日向が登場したらどんな反応してくれるかなー」
日向は、裕翔から取り上げたチケットを嬉しそうに眺める。
そんな日向の嬉しそうな様子を見て、兄である裕翔は微笑ましく感じていたのであった。
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