ゴールデンウィーク編

ゴールデンウィーク計画

 

「まただ」


裕翔は、眠気まなこを擦りながらゆっくりとベッドから体を起こした。


栞からの校舎裏での一件以来、あの時の描写が夢にまで出てくるようになっていた。


砂場の夢、クッキーの夢。

2つの夢には、必ず「アオちゃん」という少女が現れる。

しかし、裕翔はその子に会ったことなど一度も無い。


そして、何よりも裕翔がクッキーを食べた時の栞の反応と、アオちゃんの反応が裕翔の中で一瞬リンクしたのであった。


裕翔は、毎日のようにその事が頭の隅から離れていかない。


学校に着くと、栞はいつも通りクラスの女子と談笑していた。

"あの優しい微笑み"を作りながら……


ただ、あの日以来変わった事がある。

それは……


「綾瀬さん、おはよ」

「白坂さん、おはようございます」


挨拶を交わすようになったという事だ。

ごく当たり前の事だが、校舎裏での一件までは、裕翔の勝手に思い込んだ気まずさで挨拶すらろくに交わしていなかったのだ。

とりあえず、一歩前進といったところだろう。


そんな二人の様子に、クラスメイトはチラチラとこちらを見ている。

それもそうだろう。

今まで話していなかった二人が、いきなり挨拶を交わし始めたのだ。

普通なら何かあったなと思うだろう。


そして、この光景に一番食いついてくる奴がいる。


「なあ、裕翔。綾瀬さんと急に仲良くなってんじゃん。何かあったんじゃないのー?」


狙った獲物を逃さない狼のようなギラつかせた目をして、裕翔の肩を組んでくる、モデルのようなスタイルと顔立ちの男。

そう、腐れ縁の朋也である。


「別に何もないけど」

「いやいや、何もない訳ないでしょー。それまで喋ってすらいなかったのにいきなり挨拶するなんてさー」

「挨拶ぐらい普通だろ?今までの自分を改心しただけだよ」

「えーほんとに?じゃあ、最近綾瀬さんと一緒に帰ってたのはー?」


裕翔は、思わずビクッと小さく肩を震わす。

朋也の方をチラッと見ると、ニヤニヤした顔で裕翔の顔を覗き込んでいた。


「朋也!何でそれを……」

「部活から帰る途中に、お前ら見かけたんだよねー。いやーあの時はマジでビビったわー。まさか、裕翔と綾瀬さんがねー」

「いや、あれはたまたま帰りが一緒になっただけだから」


裕翔は、顔を引きつらせて朋也に答える。

だが、裕翔は焦りのあまり早口になっていた。

朋也は、相変わらず興味津々といった様子だ。


「たまたま?あの時間に?ぶっちゃけ聞くけど、裕翔、綾瀬さんのことっ!イッテーーー!」


朋也が、話途中で悲鳴をあげたので、朋也の後ろを見ると、葵が朋也の耳を思いっきり引っ張っていた。


「何すんだよ!葵!」

「何すんだよじゃないわよ!裕翔、困ってんでしょ」

「これは裕翔との熱い男同士の話なんだよ!それとも、もしかして、葵、裕翔の話気になってるとかー?」


朋也が、いたずらっぽい笑顔を葵に向ける。

朋也の言葉に、なぜか顔を赤らめる葵。


「べっ、別に裕翔の事なんて1ミリも興味ないわよ!ただ、ホモみたいなやり取りが目障りだっただけ!」


葵は、さらに強く朋也の耳を引っ張っる。

再び痛みの悲鳴がクラスに響きわたる。

そんな様子に、「いつもの夫婦喧嘩が始まったな」と笑い立てるクラスメイト達。

裕翔も、いつもの朋也と葵のやり取りに笑いをあげると共に、葵に助けられたとホッと胸を撫で下ろす。


そんな時、ふと誰かからの視線を感じた裕翔。

視線の向けられた方向に目をやると、栞が、朋也と葵ではなく裕翔の方を見ていた。


裕翔と栞の視線が重なる。

数秒後、栞が軽く笑みを浮かべると再び、女子達と談笑を再開した。


何で俺の方見てたんだろ……


不思議に思い、首を傾げる。


すると、教室の前のドアが開き、担任の須藤が入ってきた。


「はーい、みんな静かにしてー。ほら、橘くんと成田さんも仲良いのは分かったから早く座ってー」

「なになにー?もしかして、彩ちゃん、妬いてんの?」


耳を引っ張られながら、ニヤリと笑みを浮かべる朋也。

須藤は、毎度の朋也のからかいに、呆れ顔でため息をつきスルーする。


朝のホームルームが始まり、須藤は、ひとしきり連絡事項伝えた後、最後に念を押すようにクラス全員に言い放った。


「明日から、ゴールデンウィークに入るけど、みんなハメ外さないように!もう高校生なんだから自覚持ちなさいよ」


須藤の言葉に、やる気のない声で返事をするクラスメイト達。

だが、一人だけ須藤の言葉にやたらと積極的に反応する奴がいた。


「ねえ、彩ちゃん、デートしてよ」


爽やかな笑顔を須藤に向ける朋也であった。


「はぁー。橘くんが一番ハメ外しそうで心配だわー」

「彩ちゃん、答えになってないよ。デートしてくれるでしょ?ねえ?」

「する訳ないでしょ!!」

「ちぇっ!振られちゃったー!」


右手で頭を抑えて、残念そうな表情をする朋也。

そんな朋也と須藤のやり取りに、クラス内が笑いに包まれていった。


午前の授業が終わり、昼休みに入り、裕翔、朋也、葵は、いつも通り食堂で昼ごはんを食べていた。


「ねえ?二人ともゴールデンウィークどっか行くの?」

「俺は、部活と女の子と遊び」


白い歯を見せて、ニヤリと笑いピースサインを葵に向ける朋也。

葵は、はいはいと白けた顔であしらうと「裕翔は?」と尋ねてきた。


「俺は、5月5日以外はバイト」

「えっ!5月5日、私も部活無いの!」


葵は目を輝かせて裕翔を見つめる。

裕翔は、葵が次に発する言葉をだいたい予想していた。


「遊びに行こ!!」


やっぱり。


裕翔は、予想通りの言葉にクスッと軽く笑ってしまう。

そんな裕翔の様子に、葵はムッとして、裕翔の肩を思いっきりはたく。


「いてぇよ!バカ!」

「バカって何よ!裕翔が笑ったからでしょ!」

「いや、あまりにも予想通りの言葉が来たから思わず……プッ」

「あー!また笑った!何よ、せっかく久しぶりに1日思いっきり遊べると思ったのに」


葵は、ムッとしたままそっぽを向く。


「まあまあ、二人とも。俺もその日空いてるからよ、久々腐れ縁組で遊び行こうぜー!」

「朋也、女の子と遊ぶんじゃないの」


冷ややかな目で朋也を見る葵。

朋也は、そんな視線にも全く動じていないようで、手元に置いていたライトブラウンの財布から何かを取り出した。


「ジャジャーン!親父からもらったんだよねー、遊園地のチケット!」


朋也は、トランプの持ち札のように綺麗な扇形を作って二人に見せつける。


「朋也の割には、役に立つ事するじゃん!」

「割にはってなんだよ。裕翔はどうよ?」

「良いね!遊園地!久しぶりだし」

「じゃあ、決まりだな!」


朋也は、チケットを持ちながら、もう一方の手でガッツポーズする。

葵も、さっきのムッとした表情とは一変して、嬉しそうな笑顔を浮かべている。


裕翔も、二人の楽しそうな表情を見て自然と笑みがこぼれるが、ふと何かを思い出す。


「あっ!」

「どうした、裕翔」

「ごめん、昼からでも良い?」

「俺は、別に良いけど、葵は?」

「私も別に良いけど、何かあるの?」

「いや、午前中は二ヶ月に一回の……」

「そういう事か……なら仕方ねぇな!」


朋也は、裕翔の肩に手を置いて優しく微笑んだ。

葵も朋也と同じく微笑む。


「二人ともありがとう」

「いいよ!ところでさー、朋也、チケット6枚あるけど、残りどうすんの?」

「確かに俺も思ってた。3枚も無駄になるのもったいないよなー」


裕翔と葵が、チケットを見ながら話していると、朋也は何かを企んでいるかのような不敵な笑みをを浮かべていた。


「俺に良い考えがあんだよ」

「良い考えって?」


朋也の考えは、たいていロクな事がない。

裕翔と葵は、肩肘をつきながら朋也の話に耳を傾ける。


「残りの3枚は、俺達3人が一人ずつ誘うってのはどうだ?遊園地は人数多い方が楽しいしな!ただ、条件が1つ……」

「条件って?」

「自分の今気になる相手を誘う事だ!」


やはりロクな事ではなかったなと裕翔と葵はため息をつく。


「待て待て。どうしてため息なんだよ」

「いや、朋也の事だから、たぶんそんな事だと思ったよ」

「そんな事って何だよ!気になる人ってだけで好きな人じゃねえからな!」

「うそうそ。結局、恋愛の方向に持っていくパターンね」

「おい、俺どんだけ信用ねえんだよ。まあ、葵は……」


朋也が、何かを言いかけた瞬間、葵は朋也の肩に思いっきりパンチする。

なぜか、顔が真っ赤になっている葵。


「いって!何だよ、いきなり!」

「朋也、次言ったら殴るわよ」

「もう殴ってんじゃん」


二人の即興漫才に吹き出す裕翔。


ほんとお似合いの二人だよな。

さっさと付き合えば良いのに。


二人を眺めながら思うと共に、こんな関係になれるような相手はいないし、自分にはまだまだ春は来ないなと悟る裕翔。


「まあ、とにかく3人共誘う事!それで、おっけ?」

「はいはい」


朋也の提案に、とりあえず承諾をした裕翔と葵であった。



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