Letter to You

 

 満開だった桜は、無情にも地面に散らばり、桜木が寂しそうに等間隔に並んでいた。


 裕翔は、ぼんやりとその景色を眺めながら、高校へと向かっていた。

 

 あの日から一週間が経った。

 裕翔は、あの日以来、綾瀬とは話せていない。

 気まずい思いもあり、どう話しかけていいかわからない。


 栞の方は、他クラスからも栞を訪ねてくる者が多くて、終始栞の席の周りは賑わっていた。

 転入生というだけなら、こんな事にはならないが、栞が美人だという事実が、この状況を生み出したのだろう。


 栞は、あの優しい微笑みを浮かべて、みんなと親睦を深めていた。


 しかし、裕翔はどこか心の中で引っかかっていた。


 あの日の出来事で、綾瀬は様々な表情を裕翔に向けてくれた。

 しかし、学校では、誰にでもあの微笑みを向けている。

 清楚な顔立ちから現れる優しい微笑みは、誰からも好印象を持たれるが、どこか他人行儀で、見えない壁でも作っているかのように裕翔には思われた。


「おーい、裕翔、話聞いてるか?」


 隣から裕翔を呼びかける声が聞こえて振り向くと、つまらなさそうな表情をしている朋也がいた。


「悪りぃ、朋也。遂、ボーッとしてた」

「最近、ボーッとしてんの多いぞ。俺の話、そんなにつまないのかよ」

「違う違う。ちょっと考え事してた」

「もしや、裕翔に春が来たとか?」


 朋也は、さっきとは逆で、興味津々な様子で裕翔の方を見ていた。

 裕翔は、心臓付近に手を当てる。

 

 あの時の感情。

 あれは"恋"なんだろうか。

 いや、そんな単純なものでは無いような気がする。

 もっと、大切な何かなんだろう。

 じゃあ、その感情は一体何なのだろう。


 数秒間、手を当てた後、右手をポケットに突っ込んだ。


「春なんか来てねーよ」


 朋也に答えると、一瞬で残念そうな顔に切り替わっていた。


「なんだよ、つまねえな。心臓のあたりに手を置いたから、期待しちまったじゃねえか」

「ごめんごめん。ちょっと痒かっただけ」

「本当に?お前、もしかして俺の事……いや、俺にはそういう趣味ねえぞ」

「飛躍しすぎだ、アホ。俺は、ホモじゃねえ」

「だな。さすがにあのエロ本を持ってれば、ホモじゃねえのは分かる」


 そんなしょうもない冗談を話して笑い合いながら、A組の教室に到着した。


 栞は、クラスの女子2人と談笑していた。

 "あの微笑み"を浮かべながら。


「綾瀬さん、おはよっ」


 朋也が栞の隣の席に座り、白い歯をチラッと見せて、相変わらずのイケメンスマイルを栞に向けた。

 栞に向けられた笑顔なのに、栞と談笑していた女子が、頬をチークで塗りすぎたように赤らめている。

 これがイケメン特権というやつなのだろうか。


「橘さん、おはようございます」


 栞は、他の人への対応と同様の、優しい微笑みを朋也に向けた。

 

 また、あの微笑み。


 裕翔は、栞と朋也を観察していると、勢いよく右肩を叩かれる。


「イテッ!なんだよ、葵」

「すごーい!なんで分かったの?」


 葵は、驚いた表情で、両手をパチパチと叩いていた。


「こんな馬鹿力で叩くやつ、葵ぐらいしかいねえだろ」

「ちょっと裕翔!女の子に向かって馬鹿力って、ほんとデリカシーないんだから」

「はいはい、ごめんごめん。テニスしてるから腕力鍛えられてんだな」

「ほんとムカつく!というか、裕翔、さっきから綾瀬さんの方ばっかり見てるよね……」


 葵の声のトーンが下がっていく。

 最後は聞き取れないほどのか細さであった。


 "綾瀬"の響きにハッとなって、裕翔は葵の方を振り向く。

 葵は、ふてくされたような表情をして、栞と朋也の方を見ていた。


 栞と朋也は、クラスの女子2人を交えて楽しそうに話している。


 もしかして、葵、朋也の事気になってんのか


 裕翔は、とっさに葵をフォローする言葉を探し出す。


 こんな時なんて言えば……


「あれだよ、朋也が綾瀬さんと仲良くなったんだなって。あっ、いやでも、朋也は、大人しい系の女子よりも明るい系の女子の方が好きだよ。たまたま席隣だから話してるだけで……」

「はあ?裕翔、何言ってんの?」

「いや、だから、とにかく、俺は朋也が楽しそうで良かったなって見てただけ」

「何それ?もしかして、あんたホモなの?」

「なんでその発想になんだよ!」

「まあ、いいや。もう解決したし♪」


 葵は、ニッコリと笑うと、鼻歌まじりで自分の席へと戻っていった。


 葵、何なんだ。宇宙人なのか。

 

 そんな事を思いながら、裕翔は引き出しの中から、一限目の教科書を取り出そうとした。

 すると、引き出しから何かが落ちる音が聞こえた。


 足元を見ると、そこには誰宛とも書かれていない白い手紙入れが落ちていた。


 これって、もしかして……


 裕翔は、恐る恐る手紙入れを拾いあげ、中身を確認する。

 すると、中には真っ白の紙が綺麗に二つ折りにされて入っていた。


 初めての経験に、動揺する気持ちを抑えようと大きく一つ深呼吸をする。

 

 そして、裕翔は二つ折りの紙をそっと広げた。


「放課後、校舎裏で待ってます」


 誰からとは書かれていないが、男の大雑把な字体ではなく、少しだけ丸みを帯びたキレイな字体であった。

 明らかに女子からのものだと分かる。


 裕翔は、初めての事で頭が混乱する。

 周りをキョロキョロと見て、誰も自分の事を見ていないと確信し、瞬時に裕翔はブレザーの胸ポケットに手紙を忍ばせた。


 裕翔は、 はやる気持ちを鎮めようと、ニヤける口元を必死に手で抑えつけていた。

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