初めての二人(2)


 何だろう、この感覚……


 裕翔は、呆然としたまま自分の心臓あたりに右手を置く。

 外的には何の変化ないと確認擦る事ができた。

 その確認により、ますます戸惑う裕翔。

 

「大丈夫……ですか?」


 誰かが裕翔に呼び掛けている声が聞こえ、ハッと我に返る。


 声の聞こえた方に視線を向ける。


 そこには、コーヒーカップを両手で包み込むように持つ栞の姿が見えた。

 首を傾げ心配そうに裕翔を見つめる栞。


 栞に声を掛けられるまで、裕翔は完全に上の空であった。

 

「あっ、いやそのー、雨!結構降ってるなーって思って!」

 

 裕翔は、左手で後ろ髪を搔きながら、雑な言い訳で応えた。

 しかし、栞はまだ、心配そうに裕翔を見つめていた。

 

 思わず俯く裕翔。


 そして、再び、沈黙が二人の間に流れる。

 

 気まずい。


 こんな時どうすればいいのか、裕翔にはわからない。

 

 朋也の顔が脳裏に浮かぶ。

「朋也助けて、朋也教えて」と心の中で願っても、朋也はやって来ない。

 今頃、女の子と楽しく遊んでいるんだろう。


 100%叶わない願いを抱く裕翔は、小さく一つため息をついた。

 そして、俯いたまチラッと栞の様子を伺う。

 

 心配そうに見つめる栞と再び目が合う。

 裕翔が、慌てて目を逸らそうとした、その時だった。

 

 栞は、何かが分かったかのようなハッとした表情を浮かべた。

 そして、栞が重い口を開いた。

 

「もしかして、体調が優れないのですか?」

 

 栞の発言に呆気にとられる裕翔。俯いた顔をあげ、栞を視界にとらえる。

 

「そうなんですね!すいません、気付けなくて!うわー、どうしよう。体調が優れていないのに、タオルやコーヒーまで用意してもらって。私、本当にバカです。本当にごめんなさい。とりあえず、薬!風邪薬持ってたはず!」


 栞は、早口で裕翔に伝えると、慌てて自分のカバンを漁り始めた。

 清楚で上品な様相とはかけ離れた、あわあわとした栞の姿。

 

 そんな栞のギャップに、裕翔は思わず吹き出して笑ってしまう。

 裕翔のゲラゲラした笑い声とカバンをゴソゴソとする音。

 ミスマッチな二つの音が店内を包み込む。

 

「どうしたんですか?体調不良でおかしくなったのですか?」

「違う違う。体調なんて一つも悪くないよ。ほら、見ての通り」

 

 裕翔は、二回ほどその場で思いっきりジャンプして、その後両手を大きく広げて満更でもないアピールをかました。

 だが、ジャンプごときで元気な証にはならないと裕翔はすぐさま察する。


 恥ずかしさで顔が真っ赤になる裕翔。


 しかし、タコみたいな裕翔には目もくれず、栞はホッと胸を撫で下ろした。

 そして、再び首を傾げ、不思議そうな顔をこちらに向けながら、裕翔に尋ねた。


「じゃあ、どうして胸に手を当ててるんですか?しかも、途中で変な息をついていましたし……」

 

 栞の言葉にハッとなって、恐る恐る左胸あたりに視線を落とす。

 裕翔の右手は、いつまでも自身の心臓当たりに置かれたままだった。

 すぐさま、右手をおろす。

 

 栞は、裕翔の答えを待ち望んでいるかのように、裕翔を見つめていた。

 

「いや、これは、その……」

 

 裕翔は言葉を詰まらせる。

 高校生のつたない頭をフル回転させ答えを導き出す裕翔。

 一方の栞は、真っ直ぐな視線で裕翔を見つめたままだ。


 数十秒して、裕翔は何か閃いたのかパッと目を見開き、栞に告げる。


「その、綾瀬さんが、コーヒー美味しいって言ってくれてホッとしたんですよ!変な息も、時間差できた安心感から出たもので……うわはっはっ」


 俺は、ぎこちない笑顔をしながら、不自然な笑い声で何とかごまかそうとした。

 しかし、栞はまだ裕翔をじーっと見続けている。

 裕翔も、笑いながら生唾をゴクリと飲み込む。


「本当……ですか?」

 栞が尋ねる。

「もっ、もちろん!本当ですよ、うわはっはっ」

 裕翔が下手くそな笑い声を含めて答えた瞬間。


 "カランカラン"


 裕翔が答えた直後、店の奥から、何かが落ちる音がした。

 二人の視線が、音の方へとすぐに切り替わる。


 "コツコツコツ"

 

 誰かの靴音。

 何者かが、裕翔達に近づいてきていたのであった。

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