12 ルカ


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「昨日の、何だったんだろうな?」


ベーコンエッグ焼きながら、朋樹が言ってるのは

テーブルの上の 手書きの式占盤と召喚円の上に出た、あの黒い木のこと。

ジェイドが トマト切る係で、オレは パン焼きながら、コーヒー 淹れる係してる。


深夜。

黒い木が 薄れて消えて、しばらく ぼんやりしちまってたけど

『ここに出た ってことは、半式鬼が レナって子の居場所を示せない ってことか?』って 朋樹が言ったり。


『でも あの木は、影人と融合した人が変形した

黒い鉱石のような木じゃないのか?』って ジェイドが言ったり。


『けど、地上で変形してたんなら、赦しの木に包まれたんじゃね?

だいたい、今のは変形し切ってなかったじゃん。

半分 人間だったし。月夜見キミサマとか白尾がやる 半樹なかぎみてぇにさぁ』って 言ってみたり。


『影人が融合した女の人は、根になってなかったか?』


ジェイドが聞いたし、朋樹と頷く。

ニナは、すぐに赦しの木に包まれたけど

赦しの木が地上に植えられるまで、女の人は根になって、地中に潜っちまってた。


『それなら、レナちゃんは どうして あの形なんだ?

根になって、向こう側まで行ったのか?』


“向こう側” は、神殿の向こうの世界。

また、なんて呼んでいたか を忘れてる。

向こう側の神の呼び名も。


『かもな...

レナって子が、あの時の混乱に乗じて降ろされてるなら、影人と重なった恐れも高い。

ルカが言ってたように、キュベレが戻るより 少し前に降ろされたのかもしれんよな。

赦しの木が少ねぇ場所にさ』


考えても答えは出ねーんだけど、推測が正しいのなら、根になった女の人の幾らかは、向こう側で半樹みてーになってる ってことになる。

“幾らか” って言ったのは、赤い雷で消しちまった根の人たちもいるから。


『その前に、見えてたやつ だけどよ

おまえらにも見えてたんだよな?』


朋樹が確認してるのは、重なった場所と

レナちゃんに 会ったと思われる オレらのこと。


『最初に、教会の墓地で 灰になって... 』と

見たものを話し合うと、完璧に合致した。


『あれって、預言の内容 だよな?』


そうなんだろうけど、やっぱり まったく覚えてなかった。

レナちゃんが 普通に オレの部屋に入り込んでて

ビビったしさぁ。


『“往古来今、四方上下から示せ” って 命じたから

過去のレナちゃんのことも示されたんだろうけど

天の術にしたら、甘い気がするね』


『甘い?』って、ジェイドに 聞き返したら

『だって 今、人間の僕らに探せたじゃないか』って 答えた。確かに。


『ボティスが天に取られた時も 同じように 朋樹が探したのに、その時は無駄だった。

レナちゃんが サンダルフォンの手を離れて

向こう側に行ったのなら、サンダルフォンの術の効力が弱まったのかも』


なら、制約も外せるんじゃね?... とか よぎった。

制約は、向こう側に関係したことなんだし。


『もしかしたら、そうなのかもな...

で、最後に見たやつなんだけどよ、あれって

姉ちゃんの ばあちゃんの時 でさ』


最後に見たやつ って、火葬の か...


『その “姉ちゃん” って、凪のことだろう?』


何かに気づいたかのように、ジェイドが 口を挟んだ。


『凪は、透樹くんと同級生のようだけど

朋樹が “姉ちゃん” と呼ぶのは どうしてなんだ?

日本では 年上だと 皆、“兄ちゃん、姉ちゃん” なのか?

それとも、凪が小さい頃から 神社に通っていて

親しかったから?』


朋樹は『そうだな... 何でだろな?

普通なら、“凪ちゃん” とかだよな』と、不思議そうな顔をした。


海外では、他の人に紹介する時に

“自分の兄だ” とか “姉だ” と 紹介しても

お互いで呼び合う時は、だいたい名前や愛称なんだよな。

“兄ちゃん、姉ちゃん” って 呼ぶのは、日本 独特のもんなんじゃねーかと思う。


『あいつだ。

最後の幻視の時に、レナちゃんが声を掛けたヤツ。姉ちゃんは、あいつの... 』


... ここで、唐突に意識が途切れててさぁ。

目ぇ覚めたら さっきで、三人共 ベッドに転がってたんだけどー。


けど、ベッドから起き上がった 朋樹が

「制約が掛かったんなら、アタリだよな」って

得意げに笑ってた。


で、昨日 見たことは忘れてねーし。

少し近づいた感じする。

今日の夕方は、凪姉ちゃんに会いに行ってみよう

ってことになってる。


「あっ、ユーゴだ」


テーブルに トマトの皿 置いたジェイドのスマホが

鳴った。

ビデオ通話らしく、画面に「おはよう」つってるし。


『おはよう』


返ってきた ニナの声が 嬉しそうなんだぜ。

すっかり元に戻って 良かったよなぁ。


「何か 思い出した?」って聞いた ジェイドに

『うん。シイナと、細かく細かく思い出してみたんだけど、このホテルに来た時は居なかった人みたい』って 答えてる。


『お店で思い出す時は、曖昧な部分があるのに

ほとんど全部 思い出せちゃったから。

シイナも 同じこと言ってるの』


居なかったヤツ か... そんなこと あるかな?


ふと、どこかのマンションに向かう 狐姿の浅黄と

皇帝の後ろ姿が 思い浮かんできて

「そうか... 」って返してる ジェイドも、何かが過ぎったような表情になった。

“居なかった”... なら、今みたいに か。


『河川敷のカフェにも寄って帰ってみるね。

それから また連絡しても いい?』


「うん、待ってるよ」


麗しい笑顔で通話 終えてるけど、オレは トースターのパンを 皿に移すんだぜ。

で、テーブルに置いて、何気に スマホ見てみたら

リラから メッセージ入ってたぁ! やったぜー!

“ごはん、ちゃんと食べた?” って。かわいーしぃ。

“今からー” って 送っとこー。


「ニナと会わねぇの? 夕方まで空いてるぜ」


フライパンのベーコンエッグを 皿に移しながら

朋樹が聞いたら、ジェイドは 少し迷ったような顔になって「落ち着かないらしいんだ」と、まな板を洗い出した。


「昨日、メッセージで

“誰かに遠慮してる って訳じゃないんだけど、

私だけ しあわせなのは”... って 言ってて。

忘れてしまってることを早く思い出したい って」


そしたら、なんとなく朱里ちゃんが浮かぶんだよな...

近づいてる気ぃするから、口には出さねーけど。


「マジか」って返した 朋樹は

「ヒスイも、仕事のこと やたら聞いててさ。

今回、ほとんど そういう話ばっかりしててよ」と

皿 運んでる。


「まぁ、世界中で同じことになったからな... とは思ったんだけど

“まだ終わってないのよね?” とも言っててさ。

“いや、心配すんなよ” って答えちまったんだけど

“終わっちまったら困る”って ニュアンスだった気がして、もやもやしながら帰って来たんだよな。

別に 仲良かったし、ケンカも何もしてねぇけど」


ため息ついてるし。

ふうん... 女の子の方が、そういう勘って あるのかな? なんせ オレもオアズケだしさぁ。

しつこいぜー オレ。

けど、落ち着かねー っていうのは 確か。


カップに コーヒー 注いで、これもテーブルに運ぶと、フォーク持った ジェイドも続く。

「炭酸水、寝起きので最後だったか?」って

朋樹が 冷蔵庫に向かうけど、テーブルでスマホが鳴った。朋樹の。


「誰?」って聞く 朋樹に、画面を見た ジェイドが

「“母さん”」って答えると「は?」と、訝しげに眉をしかめて、冷蔵庫は開けずに 折り返して来た。


いや、連絡くらいするんじゃねーの?

親子なんだし、あんなことがあった後だしさぁ って 思いながら、代わりに冷蔵庫を見に行く。


「おう、何だよ?」


朋樹... 母さんにさぁ...  あっ。炭酸水は ねーな。

開けてない オレンジジュースがあるから、これでいいか... って 出してたら

「えっ? マジで?」って、眼ぇ丸くしてる。

なんだろ?


「... おう。いや、何も聞いてねぇけど。

... いやいや、聞いてから また連絡するからさ」


硬い声になって、スマホを置いた 朋樹は

「四郎が、“来てない” って 連絡があったんだってよ。学校から。リョウジくんも」とか 言った。


「えっ?!」

「四郎が?!」


何かあったのか?! って 焦ったけど、朋樹が

「四郎。学校、行ってねぇだろ?」と 言うと

裏庭に 四郎が顕れた。

とりあえずは、おぉ... って 胸を撫で下ろす。

暗い顔してるけど、何かに巻き込まれたとか 危険な目に合ってた訳じゃなさそうだし。


「申し訳 御座いません」


制服姿だ。

「リョウジくんも 一緒か?」って 聞かれて

「はい」って 頷いてる。


「サボったのか?

だったら ちゃんと、学校に連絡は入れておかないと。

僕らにも言っておいてくれないと、心配するだろう?」


ジェイドも言うと、四郎は “えっ?” と 肩透かしを食らったような顔になったけど

「おう。オレらも覚えは あるからよ」って

朋樹にも言われて、ふう... と 息をついた。

目が合ったから、すげー 笑顔で頷いてやったし。

叱られると思ったんだろーな。

けど、四郎が学校をサボる とかの方が、よっぽどのことだと思うんだぜ。

このコ、学校 大好きだからさぁ。


「朝、涼二と待ち合わせておりまして

いつもの如く、コンビニへ寄ったのですが... 」


朝は いつも、二時間目が終わった時くらいに食べる パンや おにぎりを買いに寄るらしい。

やってたわ それ。昼まで持たねーんだよなー。


「店内で、涼二が 泣き出してしまい... 」


「リョウジくんが?」と ジェイドが聞き直した。

「はい」と頷く 四郎も、儚い というか 消え入りそうな表情かおをしていて、また 胸が詰まる。


「共に、学校から 遠ざかってしもうたのです。

河川敷におりました」


泣きながら 学校に入れねーよなぁ... 男のコだしさぁ。

それで、リョウジくんの 母さんからも

リョウジくんに連絡が入って、一応は謝ったけど

まだ帰る気には ならねーらしい。

理由とか聞かれたくねーだろうし。

オレらも聞かねーけど。


「なら、リョウジくんの家も知ってるんだな。

電話 取らねぇ とか、重ねて心配かけなかったのは

えらい。

ゾイが 弁当 作ってくれてるだろうから 受け取って、あんまり うろうろせずに おまえの部屋にでも居ろよ」


朋樹が言って、ジェイドも

「リョウジくんが帰りづらかったら、僕が 一緒に行って、ご家族に謝るから。

“テスト前のストレス” ってことにしておこう」と

言うと、四郎は また謝ったけど、かなり安心した表情かおになって

「その様に致します。有難う御座います」と

頭を下げて、リョウジくんの元へ戻って行った。

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