11 ルカ


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オレん家に着いて

あの紙、たぶん書斎に置いてたよな... って 思い出しながら 探しに行くと、朋樹も ついて来た。

ジェイドは、のんびりとコーヒー 淹れながら

ニナと ビデオ通話とかし始めてやがったし。


「早く見つけろよ。喚んでも来ねぇんだしよ」


「もう、うるせーし!

おまえも 反魂香 湿気シケってたじゃん!」



移動する前に、朋樹が 自分のトランクに入れてた

反魂香の箱 開けてみたら

『あれ? 匂い違うな... 』とか 言い出して

その場で、地面に置いて火ぃ点けてみやがってさぁ。普通は香炉に入れてやるらしいのに。

で、ロウマッチも湿気かけてたし。


『ダメ。煙 出ねぇし』って、ブーツの底で踏んで

『ま、ルカの精霊で喚んでみりゃいいよな。

海で 矢上妙子 喚んだ時みてぇにさ』って

箱も ポイってトランクん中に投げ入れてた。


『じゃあ、喚んでみようぜ』


トランク閉めるなり だぜ。

教会の駐車場でさぁ...


『いや、レナちゃんのこと覚えてねーし

それこそ遺品とかもねーんだしよー』


けど、朋樹は聞かねーんだよなぁ。

『会ってるんだからイケるだろ。

矢上 妙子とは会ってなかったじゃねぇか』って。

でも 矢上 妙子は、オレらに呪詛掛けしてたから

接点は あったじゃん... とは、もう言わなかったけどー。


それで『レナちゃん。地上に居る?』とか 喚んでみたんだけど、背中に煙はこごらず。


『サンダルフォンが使っているんじゃなくても

レナちゃんが地上に降りてるんなら、身体を与えられてるんだろう? 仮の肉体がある。

それなら 反魂香で来たり、ルカの精霊になったりは 出来ないんじゃないのか?

霊体じゃないんだから』


ニナに メッセージの返信を打ちながら、ジェイドが言って

『そうだな』

『うん。生きてる人間みたいに居るんだもんな』って、バスに乗った。



「この書斎、カッコいいよな。畳に文机だしよ。

普段、ハティが使ってるんだろ?」


「そ。元々は じいちゃんが使ってたんだけどー」


朋樹は、本棚の本 あさり始めてるし

文机の隣の棚 開けたり、押し入れ開けてみたり。


リンが グラムって悪魔に憑かれた時

ここで、ハティの召喚円を描いた。

ジェイドがグラムを祓って、解決してから

ハティ本人が来やがったんだよな...


“何か望みを叶えよう” って言ったハティに イラついて、うるせー 帰れ ばーか... みたいに思いながら

カッコよく、“消えろ” とか言ってさぁ。

よく言ったよなぁ。本当は すっげー 怖かったし。


「おっ、“グリモワール解説”」


「うるせーしぃ。

探しても そんなんしか なかったんだよ!」


からかったのかと思ったけど、朋樹は

「そりゃそうだろ。

読んどこうと思って、題名 読んだんだぜ?

魔術に関しては、おまえらがシェムハザに習った知識しかねぇしよ。

けど、人間が 悪魔や天使の力を借りて術を行使するんだし、ラジエルの書と違って グリモワールは人間の魔導書だろ。

人間が書いてるやつにしかない何かもあるかもしれねぇじゃねぇか」って、解説書を開き出した。


そういえば、ハティも読んでたよな。

“コミックに分類される” とか言って。


ジェイドが「コーヒー、淹れたけど」って

開いてるドアから声を掛けると、朋樹が解説書 読みながら「おう、ありがとうな」って 書斎を出て行った。

オレも行ったら、“紙はよ?” とか 言われるんだろーな...


まだ ドアんとこに居た ジェイドが

「あの時、おまえが “ハティに呼ばれてる” とかで

次の日は 僕も ここについて来ただろう?」って

思い出しながら言った。


「竜胆が持っていたという、間違った 召喚円の

レポート用紙を見たのは、それより前だった。

ここで見たのは、おまえが 繋いだ模造紙に描いた

大きな 二枚の召喚円だ」


そうだ... ハティが 術で引っ張り出しやがって

ジェイドから 説教 食らったし。

繋げた模造紙は 燃えるゴミになった。


その前は、しばらく あの紙を持ち歩いてた。

リンの友達の マユちゃんと ミサキちゃんにも見てもらって...


だいたい ジーパンのケツポケットに入れてたんだよな。

ここと実家を うろうろしてた時期で、実家では

着替える時とかに 部屋のテーブルに置いてて

ここでは...


「あっ! クローゼットの隣の棚かも!」


思い出した!... けど、もう ジェイドは

ドアんとこに居なかった。

でかい声の ひとり言になったんだぜ。


ま、全然 余裕よゆーだし、リビング っていうか

キッチンも寝室も 一緒くたにした部屋に出て、

服 入れてるクローゼットの 隣の棚の、革道具をしまってる段の上を見た。

木箱 置いてるんだけど、ステッカーとか入れてるとこ。

かわいいの見つけたら買っちまう割に、全然 貼らねーけど。

あの紙も ここに入れてたんだよな。着替える時に。


... で。あったし、ちゃんと。

四つ折りにした レポート用紙。

開くと、間違ってる ハティの召喚円。


「あったぜー!」って、ソファーに座って コーヒー 飲んでる 二人の前に出すと、急かしてた割に

「おっ、見つけれたのか」

「よく捨ててなかったな」って 具合だったけど

晴々として、オレもコーヒー 飲むし。


「じゃあ... 」


解説書を テーブルに置いて、仕事道具入れから

式鬼札を出した 朋樹が、それを 自分の隣に散らばすように吹くと、小鬼たちが顕れた。


「この紙を 以前 持ってた女の子が、地上に居るかもしれねぇんだ。けど、ルカの妹じゃないぜ。

探してきてくれ。

見つからなきゃ それでいいからよ」


朋樹が 召喚円の紙を渡すと、小鬼たちは 四人で

それを回し合って、匂いを嗅いだり、両手で紙を挟んだりしてる。

こいつら、かわいいんだよなー。

背丈も 1メートルくらいしかねーし。


ピンクの髪の小鬼の芝桜が、座ってる朋樹の耳に 顔を寄せて 何か言ってる。


「... あぁ、やっぱ匂いは ねぇか」


匂いって、レナちゃんの匂い ってことかな?

リラが 預言者として降りた時は、榊が

“海の匂いがする” って言ってたけど。

それって、リラが死んじまった場所の匂いだったんだけどさぁ...


けど、小鬼たちは探しに行ってみてくれるみたいだし。

キッチンの棚に置いてた ビスケットの箱を渡すと、嬉しそうに微笑って消えた。


「あとは、式占だな」って言った 朋樹に

「盤が無いじゃないか」と ジェイドが突っ込むと

「そうなんだよな。紙 二枚とペン」って、後半は オレ見て言うし。


棚から、落書きに使ってた スケッチブックと

ペン持ってきて テーブルに置いたら

「あとハサミも」って、また立たせるしさぁ。


で、スケッチブックの新しいページの四隅に

“人門”、“天門”... とか 書き始めて、間にも何か書き込んでいった。走り書きでも 字ぃ キレイよな。

別のページを 一枚 外して、ハサミで円の形に切ると、真ん中に 北斗七星を書いて、周囲を円で囲んで また漢字を書き入れてる。


スケッチブックの方に、円の紙を重ねて載せると

「出来た」つった。

式占盤のつもりらしいんだぜ。

スマホで方位 見て合わせてるけど、適当過ぎじゃね?


ジェイドと黙って見てたら

「狐狗狸も紙に書くじゃねぇか」って 言い訳みたいに言ってるけど、だって 狐狗狸盤なんかねーし。


「普通の やり方じゃ、探すのはムリだから」って

円の紙の上に 召喚円の紙も重ねてる。

仕事道具入れから式鬼札を出すと ビリッと半分にして、片方を召喚円に載せて、片方は手のひらに載せた。半式鬼かぁ。


往古来今おうこらいこんなる宙、四方上下なる宇より

女レナを示せ」


ジェイドが「何を言ったんだ?」って オレに聞くけど、解る訳なくね?


「“往古” は、過去。“来今” は、現在から未来。

時間だな。

“四方上下” は、前後左右上下。全方向。

往古来今謂之宙おうこらいこんこれ宙といい四方上下謂之宇しほうじょうげこれ宇という

どちらも合わせて “宇宙” は、紀元前 二年頃の中国の百科事典、淮南子えなんじに出てくる」って

朋樹が説明した。 へー、すげー。

もう全部から探せ って、式鬼に命じたのかぁ。

相変わらず 無茶 言うよなぁ。


「おっ」


朋樹が、スケッチブックに重ねて載せた 半式鬼札に注目したし、オレもジェイドも注目する。


片羽になった蝶の半式鬼は、召喚円の紙に溶け込んでいった。

朋樹の手のひらの上から 片羽の蝶が浮く。


くらりと傾き飛ぶ蝶は、テーブルの上のスケッチブックや召喚円の紙の上から、天井の方へ上がって滞空した。


テーブルやソファーの右側、部屋から裏庭にかけて、別の場所が重なった。

十字架や 白く平らな石が並ぶ。教会の墓地だ。


ツインテールの結び目に、黒いリボンを巻いて

白いシャツに黒いスカートの女の子が、オレとジェイドの前で、首に青黒い縄の跡を浮かせると

体内から光を発して灰になった。


重なった場所が、実家のオレの部屋に変わって

テレビには、古い映画の画像が映っている。

アリゾナの風景。


ぼんやりと画面を見ているオレの隣に座っていた

黒いリボンの女の子が

能力ギフトをコントロール出来るようになるといいのに” と呟いて、画面に眼を向けたままのオレが頷いている。


“その能力ギフトを授かったせいで、あなたは 教会に背を向けてる。

でも 自然の祝福を受ければ、世界は変わります ”


女の子が部屋から出ると、ビールとグラスを持った 父さんが入って来た。


重なった場所は、朋樹の実家の神社に変わった。

早朝のようで、まだ高校生くらいに見える 朋樹が

箒で参道を掃き清めている。


鳥居まで着き、人影に気づいた朋樹が 眼を上げると、黒いリボンの女の子が

“影によって、影を掴むことです” と 微笑って

振り返り、階段を降りて行く。


重なった場所は、山の中の建物に変わった。

火葬の炉に 棺が納棺されていく。

喪服を着た人たちが泣いていて、制服を着た 高校生の朋樹と、黒いワンピースを着た 黒いリボンの女の子。泣いている凪姉ちゃんも居る。


“あなたの中に遺されたものがあると 忘れないで”


朋樹と同じ制服を着た 男の背中に言って、そっと

その場から離れていく。

肩幅がある男が振り返ろうとした時に、重なった

その場所が消えた。


滞空していた片羽の蝶が くらりくらりと 降りてきて、召喚円の紙に潜ると、両羽の蝶になって昇り消える。


召喚円の上には、黒い鉱石のような木が立った。

黒いリボンの女の子が 逆さになっていて、顎を上げて 両腕を下ろしている。

肘から先と下半身が 木に同化されていた。

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