10 ルカ


********




「あそこの支払いって、ボティスになるんだった?」


「おう、だったよな。けど いいんじゃねぇの?

あいつも全然 来てねぇんだろ?

後で何か聞かれても、オレが 朱里ちゃんに

“土産 渡しに行った” って言えばよ」


四郎は『中間考査の対策をば』だし

“朱里ちゃんが奏者やってるジャズバーに行こう” ってなって、近くの駐車場にバス 入れたとこ。


誰かの名前を呼んで、ソファーの背もたれに 背中つけた朋樹が『クソ... 』と 眉間にシワを刻んで

『探そうぜ。もっとよ』と、グラスを空けた。


『多分、リラちゃんが持ってるのが

“天使の記憶” だから、人間のオレじゃ 保持 出来ねぇんだ。

けど 今ので、記憶が削除されてないことは判った。隠されてるだけだ。なら、思い出せる』


ヘルメスに言い付けられた って話、した直後に

これ?... って、ジェイドと眼を合わせてたら

『“不可抗力” で 思い出しちまったもんは 仕方ねぇだろ? 動かなきゃいいんだからよ』と

ソファーを立った。


車を降りると、駐車場ここで初めて エデンのゲートを見たことを思い出す。


ブロンドで グリーンの眼のリラが、ゲートの中に居て

“mon cœur” と、唇を動かした。

あの時は、“ダメなんだ。許されない” って 直感で解ったのに、またこうして 隣に居れる とか さぁ...

胸ん中が じんとする。


リラも車 降りたし、ドア閉めて 手を取った。

ジェイドも朋樹も オレと同じことを思ったのか

「ここで さ」と、あの時 車を停めた 駐車場の奥の方に眼を向けてる。


ふと、天の門よりも色の薄い エデンの階段を駆け上がっていく背中がぎった。

探すのは こいつだ... と、強く理解するのに

それに ベールが掛かっていく。


あれ? 何だったっけ... ?


「行こうぜ」


軽く息をついた朋樹に言われて、駐車場を後にした。


「朱里ちゃんと出会ったのって、ショーパブだったよね?」

「そ。リラと仲良かったよな」... とか 話しながら

歩いてて、リラが

「うん。私、朱里シュリと友達になれなかったら

預言者の使命を果たすまで ひとりぼっちだったと思う」とか言うし。


「オレ、居たじゃねーかよ」つっても

「だって、私が 頑張ったからだもん... 」とか返されて

「そうだね。泣かしたりもしてたし」

「ちょうどいいよ。思い出すまでオアズケがさ」って、さらっと 言われたりしてさぁ...

そこ視たのかよー...


クラブとか、ショーパブやらボンデージバーとも違うし、微かに緊張しながら ドアに入ったけど

店の人の方が すぐに気付いてくれて

「ようこそ。ご案内 致します」と、ボティス用に空けられてるテーブルに通された。

平日だけど、早い時間だからか 結構 混んでる。


まだ緊張しながら キョロキョロするリラ子 連れて

絨毯の上を歩く。

オトナ向けの店なんだよな。客層もさぁ。

キレイめな格好した人ばっかだし。

車で良かったぜ。バイクだとメッセンジャーバッグ背負ってるから。

後ろにリラ子 乗せる時は、バッグ 前に回して

より妙な格好になってるし。


「何にします?」って テーブルに来た店の人に

ジェイドが「今日のおすすめで」って 頼んでたから、リラ 指して

「このコには、炭酸じゃないジュースを お願いします」って 添えた。

ドリンクも選んでねーから、まず食前酒とか出るだろうしよー。


「朱里ちゃん、バックルームかな?」

「そうなんじゃねぇの?

そろそろ もう、ステージの時間だろ」


リラには オレンジジュース、オレらには シャンパンをオレンジジュースで割ったやつが運ばれて

「朱里ちゃんのライブに行った日に、ボティスが

ここに紹介したんだよな?」って 話してる内に

奏者の人たちが出て来た。


ドラム、ピアノ。サックスを持ってる人と、ギターを持ってる人。

コントラバスを運ぶ人と、黒のドレスを着た朱里ちゃん。

すぐに オレらに気づいた朱里ちゃんに、リラ子が 手ぇ振っちまって、朱里ちゃんもコントラバスの隣で ニコっと笑って 小さく振り返しちまってるんだぜ。


演奏が始まると、他のテーブルの人たちも 会話は

そこそこで、ステージに眼も向けてる。

運ばれてきた タコのマリネとか トマトファルシとか摘みながら、オレらも

「やっぱ、カッコいいよなぁ」って

コントラバスを弾く 朱里ちゃんに見惚れた。

オレみてーな喋り方するコとは思えねーし。


曲と曲の合間に、店の人がマイクを持って

「今晩は。皆さん、ようこそ。今夜は... 」って

挨拶と、奏者と曲目の紹介も挟むんだけど

紹介された奏者は、短い演奏をしたりする。


「コントラバス、藤島 朱里」って 紹介された朱里ちゃんは、弦を弾いて スラップ音も立て始めた。

そのまま演奏を続けちまって、マイクを持った人が戸惑ってるけど、これ、ライブハウスで聞いた曲じゃねーのかな... ?


ギターとサックスの人が 即興で合わせてきて

演奏が終わると 拍手が起こったけど

半身でコントラバスを支えながら礼をする 朱里ちゃんの眼は、潤んで赤くなってた。


で、オレらも また何か思い出しかけて

バンドで演奏を始めた朱里ちゃん 見ながら

何故か 胸を詰まらせて。


ステージが終わって、「来てくれて ありがとう」って、朱里ちゃんが テーブルに着いた時も

「うん」「良かったよ」って、声まで詰まった。




*********




『今日は、朱里シュリと居る ね?』と

迷いながら言いづらそうに言った リラに、朋樹が渡しそびれた ヴェネチアンガラスのペンダントヘッド持たせて 朱里ちゃん家に送って、また ジェイドん家。


「ひとりにさ、しねぇ方がいいよな。朱里ちゃん」って言った 朋樹に頷く。


なんとなく しん... としたし、ジェイドに

「おまえ、ニナに会わねーの?」って 聞いたら

「今日は “シイナと泊まってくる” んだって」って

スマホの画面 見せてきた。建物の写真。


ん... ? って、よく見たら、駅前のホテルだし。

“ココの首が出る” って 相談を受けた時に、シイナが取ったホテルだ。

二人も オレらと同じで、思い出すことを諦めてないっぽい。


「四郎は?」って聞いた 朋樹に

「城」って答えて、また静かになる。

仕事ない日って、何してたっけ?


「落ち着かねぇよな、なんか」

「ピッツァ、取る? よく ここで食べてたし」

「もう やってねーよ。1時だぜ、今」


落ち着かねーけど、コーヒー 淹れる気にもならねーし、コンビニで買ってきたやつを飲む。

寝りゃあいいのに 眠たくねーしー。


「ボティスは?」「里じゃね?」とか

「ロキも来ねぇの?」「産後だしね」とか

「ミカエルも?」「全然。会議だろ」とか

ぽつぽつ話して、ソファーで だれる。


こうしてた気もするんだよな...

ボティスとか シェムハザとかが来た時は

床に居たけどさぁ。


「レナちゃん って子、どうなったんだろうな?」


ぼんやりと 朋樹が言ってる。

オレら、会ってるみたいなんだよな。

サンダルフォンに 預言者として降ろされてたから。

でも、すっかり忘れちまってる。

なんとなく、黒いリボンの印象はあるんだけど。


「天のキュベレの牢獄に居たのなら

キュベレが戻る前に、誰かが出した ってことだろう?」


まぁ、そりゃあ、サンダルフォンなんじゃね?

けど ジェイドは

「見張ってた マルコや ザドキエルが、見てない間に... ってことかな?」と 続けた。


「聖櫃が上がってって、リラちゃんが降りた時だろ? バタバタしてたもんな」


テーブルに置きっぱなしだった ワインボトルのコルク抜いて、もう直接 ボトルから飲みながら 朋樹が返してるけど、レナって子が いつ牢獄を出たかは わからねーんじゃねーのかな?

キュベレが戻った時に 居なくなってたのが発覚しただけで。


それを言ってみたら

「あぁ、まぁなぁ... そうだけど、もう考えてもな...

けどよ、キュベレの牢獄は 外側からしか開けられねぇ って聞いたし、開けたら目立つんじゃねぇの?

やっぱり、あの時の混乱に乗じて開けたんじゃねぇか と思うけどな」って 返ってきて

そうだよなー... って 納得した。

重要な牢獄だろうし、地獄ゲエンナに降りるまでは ウリエルも サンダルフォンに付き纏ってたらしいし。


「牢獄から出して、地上に降ろしたのかな?

ミカエルの許可がないと エデンには降ろせないだろうし、隠府ハデスの調査も とっくにやったんだろうしね」


「地上か... だったら、預言者の時みてぇに 身体を与えられてんだろうし、天使には見つけにくいよな。見えねぇんだしさ。また使われてないと いいけどな... 」


うん、これ。サンダルフォンや ザドキエルが降ろしてた預言者は、天に居る天使には見えなかった。地上に召喚した時も。

天かエデンのゲートを通って 地上に降りれば見えるかもしれねーけど、預言者と人間の見分けはつかない。


「探してみるか」


もちろん、朋樹なんだぜ。

オレもジェイドも、半分 言うと思ってたし。


やっぱりなー... って、返事 遅れたら

「何だよ? 別に オレひとりで探すからよ」って

拗ねて、ボトル空けてる。


「もー。そんなこと言うなってー」

「でも 探すって、式占ちょくせん?」


「占いと反魂香。あと式鬼にも探させる。

おまえらにさ、竜胆ちゃんが ハティの配下に憑かれた時に、レナちゃんって子が接触してきてんだろ?

ジェイドを日本こっちに呼んで引き留めるためによ」


そういや そうだった。ジェイドは 来るように仕向けられたんだよなー。

獣 見たし、オレと従兄弟だし、都合も良かったんだろうけど。


「おう」って 頷くと

「その子、何か残してねぇのか?」って 聞かれて

「いや、覚えてもねーしさぁ」って 返してたら

ジェイドが

「おまえ、魔法円 描いてたよな。

ハティの召喚円。間違ったやつを」って 言った。


描いた。二回、描いたんだよな。

調べて正しいやつと、リンが持ってた 間違ってるやつ。


「その紙なら あるんじゃないか?

竜胆のバッグに紛れていたレポート用紙が」


「けど それ描いたのって、サンダルフォンか

配下とかなんじゃねーの?」


「そうだとしても」と、テーブルに空のボトルを置いた 朋樹が立ち上がってる。


「レナちゃんって子に渡されてたんなら

その子の念も残ってたはずだ。

竜胆ちゃんは、その紙を自分が持ってたことも

知らなかったんだろ? 行くぞ」


で、さっさと玄関に向かうし。

あの紙、どこに置いたかな... ? って 考えながら

とりあえず オレん家に向かうことになった。


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