9 ルカ


********

********




「リラちゃん。これ、お土産」


今は、夕方で ジェイドん家。


ヒスイんとこから帰って来た 朋樹が、向かいからテーブルに身を乗り出して、隣に座ってる リラに

「ペンダントトップなんだけど、ヒスイと選んでさ」って、ヴェネチアンガラスの丸いやつ渡してる。

誰なんだよ? ってくらい、すっげー 優しい笑顔で。


「ありがとう」って受け取った リラが

リボン付きのセロファンの袋に入った ペンダントトップ見て「かわいい」って 笑うと、朋樹もまた

「よかった」って 甘い笑顔になった。

朋樹の こんな顔、見たことねーしー。

ヒスイの前でもしねーだろ。


「はい、リラちゃん」


ジェイドが、テーブルにカプチーノを置いた。

スチームミルク 載ってるし

「ミルクフォーマーが届いて」とか 笑顔。

買ったのかよ...


「ありがとう」


で、お礼 言われると、朋樹みてーなツラになるんだぜ。二人 並んでさぁ。美形でも なんかなぁ...


朋樹が そのままのツラで

「ニナとシイナに渡しといてくれよ」って

ジェイドに ペンダントトップ渡して、ジェイドも

「ありがとう。渡しとくよ」って お互いに目が合うと、正気に戻ったのか ツラも戻ったけどー。


ジェイドに「オレらの コーヒーはー?」って 聞いたら「淹れてきてくれ」だってよー。

「うん」って リラが立とうとすると

「いやいや、いいよ」「座ってなよ」だし。


結局、ジェイドが立って「もうワインでいいか」って 氷咲うちのワイン持って来た。

けど「ルカ、グラス」って 立たされる。


「かわいいよな。相変わらず」

「天使ちゃん だからね」


グラス配ってる間に、朋樹がジェイドと また目を合わせた。天使ちゃんだもんな。

ジェイドが「シイナが言ってて」って 教えると

「何 あいつ。悪いもんでも食ったのか?

間違っちゃいねぇけどよ」つってるけど、おまえらもじゃねーの?


「昨日さぁ、蛇男ナーガの子 産んじまった人がいてさぁ」


片や ヒスイ帰りで、片や ニナと上手くいってて、

今は リラで腑抜けちまってるけど、強引に 仕事の話に持っていってみる。


そしたら 朋樹が

「あぁ。聞いたぜ 一応。ゾイに」って

シラけた顔になった。


「全世界で、らしいよな。

対処されて 隠されてるから、ニュースには なってねぇけどよ」


このことについても、オレらは出来ることが ねーんだよな。

蛇男ナーガの子を孕んじまってるかどうかは、昨日みたいに急激に成長するまで判らねーらしいし

判ったところで対処も出来ねーし。


で、天使や悪魔であっても、異教神であっても

蛇子を産んでからの対処になる。

腹ん中に居る状態で何かするより、出しちまった方がいいんだってよ。まぁ、そりゃあな。


蛇子を産んだ人からは、生気が抜ける。

産んだ って記憶は削除されるし、目に見える肉割れ線とか、体内の状態も元通りに修復されるけど

生気がないのは “傷” じゃねーから、守護天使たちが癒やしても あんまり回復してねーっぽい。


蛇系の呪詛とかって 後 引くよな...

わざわざ ここで言わねーけど、ニナも 呪詛が抜けてから しばらくは あんな状態になってたしさぁ。


朋樹が シラけてんのは、“大人しくしとけ” って言われてるからだと思う。オレら 役立たずだし。


「けど、今ごろなぁ... 」


テーブルのグラスを取って言うと

「影人の時だと、融合して 向こうへ連れて行く時に、いろいろと不都合だから だったんじゃないか?」って ジェイドが言った。


「アジ=ダハーカにしろ、ソゾンにしろ

使っていたのは キュベレだ。

先祖霊や赦しの木で 影人が対処されたから

今度は アジ=ダハーカの蛇 なんだろ」


「いや、おまえさぁ

“まだ キュベレがやらせてる”... みてーに言ってるけど、天に戻されたじゃねーかよ」


やめてくれよ ってのも 込めて返すと

「キュベレは、“神の悪意” だ」と、朋樹が グラス空けて

「天に戻されたからって、影響も消え失せた訳じゃねぇだろ。禊いだりしてねぇんだからよ。

天に戻されたキュベレを引き継げるヤツもいるからな」って、自分でワインを注いでる。


引き継げるヤツ...  もちろん、モルス か...


一応、キュベレが産み出した子 になるんだろうし

... ん? ソゾンの肉体も使ってる ってことは

ソゾンの子 にもなんのかな?

“混血は優れて強い” って 言葉を思い出して

いやいや勘弁しろよ って 打ち消した。


向こうの司祭とキュベレの子も吸収してて

地獄ゲエンナ 六層までの鍵を内包。七層の鍵になった。

地獄ゲエンナの王 ともいえるし。


キュベレの息がかかってる... っていうか

キュベレにたぶらかされてたり、心酔してたりすれば

モルスの言うことも聞きそうだよな。

聞かなきゃ殺られんだろうしさぁ。


天が開かれて、隠されていた影が 地上に戻るまで

モルスに触れたものは 何でも吸収されていた。

霊でも物質でも、神々でも。

影が戻って 吸収されなくなっても、殺ることは出来なくて、七層の焔へ落とそうとしてた。

たぶん、誰も敵わない。


「でも... 」


両手で カプチーノのカップを包み持った リラが

「アジ=ダハーカって人も、ルカくんたちが ヴァナヘイムに行った時に、また封印された って聞いたよ」って、話に入ってきちまったし。


元天使だし、ザドキエルとかにも いろいろ聞いてるんだろうけど、朋樹もジェイドも 多少 焦って

「うん、そうだよ。

でも、コブラの配下が地上に散らばっててさ。

そいつらは アジ=ダハーカの配下なんだけど、モルスが使いそうだな って思って。

アジ=ダハーカは キュベレに使われてたから、配下も その意志を継ぐだろうし」って 説明もしたけど

「そういえば、バリのヴィラのプールで

ルカと会えてたよね?」と、話を逸らそうともしてる。


「うん... 」と、照れながらオレを見上げる リラに

「な」って 微笑い返したら、朋樹もジェイドも

優しい顔してやがって「おおう?」って ビビっちまうし。和み過ぎじゃね?

オレも ゾイん時に、こういう顔しちまってたんだろーけどさぁ...


ゾイん時... って 考えて、また何かが引っ掛かった。ゾイのコイのこと、誰かと話してた。


「ま、とにかく。

今、蛇男たちの子を産ませてんのは、何かの目晦めくらましなのかもな。

モルスが 別のことで動いてやがんじゃねぇの?」


朋樹が グラスを空けて、また自分で注いでる。

飲むよな やたら。って 見てたら

「どうせ 仕事ねぇんだし、いいだろ?

なんか落ち着かねぇしよ」って 眉をしかめた。


「制約、掛かっただろ?

記憶が 穴だらけになってやがるからな」


やっぱり 気付くよなぁ...

まだ その話はしてなかったけど、こいつ 朋樹なんだし。


で、制約の話になると、リラが しゅんとなって

「えっ? リラちゃん、どうした?

オレが今 言ったこと?」って、焦った朋樹が

ソファーから腰を浮かせた。


リラは「ううん... 」って 首を横に振ってるけど

「昨日、メルクリウスが... 」って、ジェイドが

昨日の話を始めてる。


平たく言やぁ、“制約を取っ払おうと足掻くな” って言われたんだよな。ヘルメスに。


師匠は黙ってて。けど、イライラもしてて

焦燥してるようにも見えた。


ジェイドが

『でも この制約は、儀式の場であった何かだけに掛かってる訳じゃなくて、僕らの これまでの日常のことにも掛かってる。

それを取り戻したいだけでも 不都合が生じる?』って聞いたら、ヘルメスは

『生じるから掛かったんでしょ?

この忙しい時に、勝手に動かれたら 迷惑だから』と 返してきた。

なら 制約の内容は、知ればオレらが動く... と予測されてるようなことなんだよな。


『今、“地上が賭かってる” ってことは 解ってる?

地上だけじゃなく、天も地界も 他の神界も。

制約は、より 一層 “危機に陥る危険が高まるから”

掛かったんだよ。

そういう時に 私情で動かれると、全体がひずむし

そのために ムダな犠牲も増えるからね』


オレも ジェイドも、何も言えなかったんだけど

リラが泣いちまって。


けど、ヘルメスは

地獄ゲエンナでは、今も 七層の焔を地界や地上に拡げないために、ウリエルや パイモン、ベルゼや アマイモン、オリュンポスうちの アテナや 冥界タルタロスのハーデス、

世界樹ユグドラシルの ヴァン神族や ヘル、加えて ハティの精霊軍や ヒンドゥーのインドラも降りて頑張ってる』と 話を続けた。


シイナとニナが、そーっと リラんとこに寄っても

『地上の入れ替わりの場所にも 焔が噴き出したままで、それぞれが何とか 人間に被害が及ばないように押さえ込んでる って状態。

消えてしまったモルスも探してるところ』って

リラたちにも 眼をやって言ってた。


『七層も、今は閉じられないことが わかった。

六層までの鍵が ひとつになってしまってるから。

モルスは 天に置けないし、地界でも封じられない。

七層の焔に落として封じるしかない。

封じる というか、七層を閉じるための贄にする。

七層に鍵が落ちれば、鍵は 持ち主を離れて

真実ほんとうあるじである聖父の元へ昇るらしいからさ。

だから今は、焔の規模を縮小させるしかない。

わかった? 大人しくしてなよ』


更に、どこの神界でも 連日ぶっ通しで話し合いが持たれてるけど

『地皇帝として ルシファーも天に召喚された』

らしく、これは

『言っておくけど、異例のことだよ』... で、

『まぁ、聖父の御座の前に出る訳じゃなくて

第六天ゼブルの会議への出席を求められてるんだけど。

でも 地獄ゲエンナの支配者でもあるから

半分、審判にかけられる ってことでもある』と

オレらを不安にさせた。


『ミカエルが、潔白を証明するだろうけどね。

キュベレを突き出すことが出来たからさ』とも

言ってたけど、胸ん中に靄が残る。


それから、もうひとつ話してくれたのが

『ミカエルが降りれるようになったら 話すだろうけど、キュベレの代わりに 牢獄で眠っていたはずの “レナ” ってが消えてたみたいだ。

こっちも探してる』ってことだった。


『キュベレは、“目覚めていた状態” で戻ってる。

元々 牢獄の管理責任者だった第七天アラボト第六天ゼブルの天使達も、新しく責任者となった サンダルフォンも

“キュベレに惑わされた” で 済んでしまうし

“レナというと入れ替えた” という証拠も無くなった』


朋樹が、話を聞く間に 半分になったワインのグラスを持ったまま

「いや、そもそも キュベレが目覚めてねぇと

惑わすことなんか出来ねぇだろ?

目覚めには魂が要る。

ひとりじゃ目覚められねぇんだしよ」って 言うと

ジェイドが

「サリエルに嫌疑が かけられてる」と 教えた。


「あぁ、な」


納得 って顔で ワインを飲み干して

「実際に魂 集めてたもんな。月にも居ねぇしよ」って ボトルを取ったけど、向かいに居る リラに

眼を留めて「うん。一回 炭酸水でも挟む」って

キッチンへ取りに行ってる。


炭酸水の瓶 持って戻った 朋樹は、飲みながら

ソファーに座って「他には?」って 聞いたけど

ヘルメスは

『一度、オリュンポスへ戻って来るけど

言ったことは わかったよね?』と、三日月鎌ハルパー

悪魔や天使避けの魔法円に傷を入れて

『ボティス、蛇子が出た。守護天使』と 喚ぶと

動いた風... 守護天使に治療をさせた。


『じゃあ、催眠は解くよ。もう救急車は着いてるから、“倒れた” って言って 病院へ運ばせて』って

師匠と消えちまったんだよな。


「ふうん... サリエルが ベリアルに囚われたのって

ちょうど、キュベレが奈落に落ちた時だったもんな。

このままだと、ベリアルが黒幕にされそうだよな」


うわ 簡単に言ってるけどさぁ...


「ベリアルの城で サリエルが見つかったら... ってことか?」


手のグラスから目を上げた ジェイドが聞くと

朋樹は

「“光の子たちと闇の子たちの戦い” だろ?」と

聞き返した。


死海文書に、終末に起こる と書かれていた

40年続く戦いのこと。

光の子は ミカエル率いる天使たち。

闇の子は ベリアル率いる堕天使たち。... で

これは、善良な人間と そうでない人間の間にも起こる。


40年の間の 計5年は 戦いは休み。

あとの計35年の間の戦いでは、光の子たちも闇の子たちも 三度ずつ優勢になるけど、最後の戦いで 神の手が下されて、闇の子たちは滅び、光の子たちが勝利する。


「けど それ、聖父の計画に含まれてる ってことに

なるんじゃねーの? 終末の 一環 っていうかさぁ。

まだ公審判じゃねーんじゃね?」


口 挟んでみたら

「でも、辻褄 合うだろ?

聖父が やってるんじゃなくても、聖父の計画通りに事を起こしたら、計画を遂行したことになる。

キュベレでも サンダルフォンでも、他の誰が やっても」って 返ってきた。


「ただ、やってるのが 聖父じゃねぇから、闇の子の勝利も考えられる... ってことなんじゃねぇの?

見てるしかねぇし、知らねぇけどよ」


投げてるよなぁ... 朋樹っぽくねーし。


「しかし “制約” ってさ。

何か思い出しても 動かねぇよな。こんな時によ」


炭酸水は残したまま グラスにワインを注ぎなから言った 朋樹が、しゅんとしっぱなしの リラを気にして、オレに眼を向けたから

「リラ子、制約の内容 忘れてねーんだって」って

言ってみた。


ザドキエルの祝福の話もしてみると、朋樹は

「“抜け道” みてぇなやつは 残してくれた ってことか... 」って、考える顔になって

「預言者になって降りた リラちゃんの記憶を

オレらから消したことを 気に病んでたか、

“知ったとしても動くな” ってことなのかもな」と

手に取ってたグラスに 口をつけずに、テーブルに置いた。


「視てもいい?」


リラに聞いてる。けど、リラは

「でも、“動いたら全体が歪む” って... 」と 気にしてる。

“制約の内容を思い出してほしい” って気持ちで いっぱいで、そこまで気が回ってなかったっぽくて

昨日も朝も ずっと しょんぼりしてたんだよな。


「動かないよ。約束する」


朋樹が言うと、それはそれで つらそうだし

「おまえ独りで 耐えてることねーんじゃね?

オレらも知ってたら、そのことを話したりは出来るじゃん」って言ってみる。


「そう。デリカシーの無い朋樹が勝手に視た ってことにしたら?」


“なぁ?” って風に 顔を向けたジェイドに

「おう。実際、ぇからな」って返した 朋樹が

「視るよ」って 霊視を始めた。


「... あ」


途端に顔つきが変わって、こっちまで緊張する。


「... ... が」


誰かの名前を呼ぶように唇を動かした 朋樹は

一瞬、停止したように 表情も呼吸も止めた。


みるみると 黒い眼を翳らせると

「... ダメだ。消えてる」と

ソファーの背もたれに 背中を預けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る