9 ジェイド


「女のコになりたくて、なれたけど

なれたから こう思うのかもしれないけど

生まれた時は 男のコだったから、パパやママや

神さまは... 」


「ユーゴが苦しんでいないことを喜ぶよ」


僕は、親になったことがないから

子供側からしか考えることが出来ない。

だけど、子供が苦しんでいるのを知っていて

平気な親はいないと思う。

聖父は きっと、ユーゴの魂が清らかであることも

知っている。


もし、僕に息子が生まれたら。

一緒に山で妖精ファータを探そう とか、サッカーをさせたい とか、勝手なことを考えると思う。

男同士ということに わくわくもするし

女性の誘い方だとかまで、何でも教えてやれる気にもなる。


でも 一番は、いつか 息子にも子供が生まれたら

この感動が わかるんだ... と、考えるかもしれない。

子どもが生まれること、その子と暮らすことは

生きる上で最上の喜びなんじゃないか と思うから。


それを選ばない人もいる。

僕自身も、今のところ子供はいないし

今までは考えたこともなかった。

何が喜びかだとか そういうことは個人の感覚でしかないし、もちろん それもいいと思う。

ひとりで穏やかに気ままに過ごすこと、パートナーと支え合って生きること。

しあわせの種類は たくさんある。


だけど、このことについては

今、僕個人が思うことに限定して話を進める。


自分の性別のことで 子供が苦しんでいるのを知っても、最初は複雑かもしれないし、すんなりと受け入れることは難しいかもしれない。

僕は、自分が男だということに疑問を持ったことがないから、身を持った理解は出来ないし。


でも、まず自分の勝手な欲は 消えていくだろう。

息子から娘になったって、一緒に出来ることは

たくさんあるんだし。

心配なのは、生殖機能を失わせることだ。

養子を迎えることも出来るけど、それも ちょっと置いておく。

僕なら、“いつか、この子が後悔したら?”... と 迷って、思い切ることが難しい。

自分が しあわせを知ってるだけに。


だけど、苦しみ続けて欲しくはない。

一緒に決断をして... いや、たとえ 息子がひとりで決断をして、身体を実際の性別に沿わせたとしても、“間違って生まれたから” なんて思わない。


男脳、女脳と 言葉では聞くけれど、実際には 中性的な脳の人が多い。

生殖機能の臓器から分泌されるホルモンのバランスにも左右されるし、どちらに傾くか という話なんじゃないかと思う。

息子が娘になっても、変わらず愛しているだろう。


上手く言えなかったかもしれないけど、思ったことを話すと、ユーゴは 小さな声で

「パパとママは、私を かなしまないと思う?」と

聞いたから「かなしむもんか」と 笑い飛ばした。


「気にしすぎだよ。そうやって自分を責めることには かなしむかも。神様もね。

それに僕は、今 ユーゴが好きだ」


そう言うと、やっと安心したように微笑ったけど

「何度 言ってもいいよ」とも 言っておく。

何度でも答えるから。


「もしね、私が 男のコのままだったら どうだった?」


これは、飛躍してないか?

でも女の子は、割と こういうところがある子がいる気がする。ひとつ納得したら、また次の質問。

まぁ、僕に気を許せだした ということでもあるんだろう。


それは良かったんだけど

「どうだろう?」と 考える。


ユーゴに声を掛けた時、可愛いな と思って すぐに

男かな? とは わかった。

喉や頬のラインと雰囲気で。


四郎の時に 男に戻った姿も見たけど、中性だという感じがした。男でしかない僕らとは違う。

その後に、本当に女の子になったから って

それで好きになった訳じゃない。

ずっと惹かれてはいたのかもしれないけど。


結局「僕が出会った時は、ユーゴは女の子だったから」という 分かり切った答えになってしまって

「うん... 」と 頷いてはいるけど、はっきりしない答えに不満そうだ。


「まったく男の子だったら ってこと?

それなら、恋愛対象としては見なかったかもしれない」


「もし、私の方が “好き” って言ってても?

男のコの姿の時に」


何なんだ... ?

でも、僕の答えにショックを受けた風でもないし

ただの好奇心で聞いてるようにもみえてきた。

上手く言えないようたけど、男に恋をされたら

僕は どうなのか? っていう。


「本当に、その時にならないと わからないよ。

言われた事ないから」


そういえば、男に言い寄られたことはないな...

そういう魅力がないんだろうけど。

少し、想像してみる。

あいつらじゃ気持ち悪いから、美形の俳優か何かで。


“そういう好きなんだ” と言われたら

“待ってくれ” かな... ?

最初は戸惑うだろうし、本当に どうだろう?

だんだん好意が湧くのか、やっぱり発展はしないのか...

難しいから、両性のジャタで考えてみたけど

もっとダメだった。蛇が ちらついただけ。


ムースを食べ終えて答えを待つ ユーゴに

「じゃあ、僕が女性だったら?」と 切り返してみる。


「えっ?!」


「好きになった?」


無言だ。自分は聞くのに 困るのか...

顔は もう、“なかったかも” と 言っているけど。


「男で良かったよ」と 流して

「何の質問だったんだ?」と 聞くと

「だって、シェムちゃんとか ボティスさんとか

朋ちゃんとか、周りにカッコいい人が たくさん居るから... 」

“元は男だった自分と恋をした 僕が、周りに惹かれないか” と、不要な心配をしたようだ。

まったく... 自分は 男性客が多い職場に居るのに。


「それに 神さまは、“同性愛はダメ” っていうのに

大天使のミカちゃんは... 」


「禁じられてるのは、同性愛だけじゃなくて

他人ひとの妻もダメ。近親も獣もダメ。自慰もダメ。

同性でも異性でも異種でも、肉に左右されてはいけない。“愛ではない行為にふける” のがダメ ってこと。

ソドムとゴモラのように堕落してしまうから。

ミカエルには妻が居るよ。ただ、女の子を寄せ付けてしまうから、ルカで避けてるんだ」


「そうなんだ!」


やっと明るい顔に戻った ユーゴに

「面倒くさいけど、可愛いね」と

正直に言ったら、今度は謝りかけてたけど

そろそろ抱き寄せておく。ムースも空になったから。

まだ 身体が固くなるのも可愛い。

思いつきで何か頼んでみても、困りながら聞いてくれるし。


ふう と 息をついて

「私、欲張りになったり、わがままを言ったりするかも... 」と 不安そうに言ったけど、それが普通じゃないのか?


「僕に言うぶんには構わないけど。

まだ物足りないくらいだ」


こう言うと、“物足りない” に 反応したようだ。

でも “気に入らない” んじゃなくて “ごめんなさい” って風。

自信をつけれるかどうかも僕次第なんだろうけど

「今日も店に行こうかな。閉店まで」と 話を変えると、「嬉しいけど、主任が... 」と 言った。

この間は胃を押さえていたし、かわいそうかな?


「なら、閉店時間に迎えに行くよ。

シイナは アコに任せられるし」


「本当?」


脱がせたい。見上げてきた眼を見て思ったけど

ユーゴは 仕事前だ。

「うん。店の前に、ご飯 食べる?」と 誘う。

でも「キッチン 使ってもいいんなら、何か作るよ。材料を買いに行こう」って。


「一緒に?!」と 喜んだユーゴと、部屋を出て

カフェの窓のような 水色の窓枠の窓が並ぶ エントランスを抜けると、よく晴れた空には羊雲が並んでる。

バスを停めた駐車場へ 手を繋いで向かった。






********        「恩愛」了


(一度 小話集「盗人とテラスの月」へ→)

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