8 ニナ


駅前のマビトさんたちの お店は、白い壁に アーチ型の窓が たくさん並んでる。

この透明のステンドグラスの窓にも 両開きのドアが付いてて、広く開けられた入口のドアも両開き。古い木が使われてて、お城のドアみたい。


「入ろう」って、ジェイドに手を引かれて お店の中に入ると、入口の壁以外は アイボリーの石の壁になってて、床と高い天井は 古い木で出来てる。

シャンデリアみたいなペンダントライトが きれい。


左側のカウンターの中に居る人と、ホールの人たちから「いらっしゃいませ」って 声がかかって

シェムちゃんのお店だから、知り合いなのか

ジェイドだって気付いた人が、“おっ” って顔になって「椅子の席にする?」って 言ってくれてる。


お店には、木の円形のテーブルが たくさんあるんだけど、立ち飲み屋さんだから 椅子がなくて。

でも、奥と右側の壁際のテーブルには、高さがある丸椅子も置かれてるから、そっちの席かな?


でも ジェイドは

「ううん。椅子じゃないとこで」って返したから

「じゃあ、こっちに」って、テーブルだけの席に

案内してくれるみたい。


もう夕方にかかる時間だから、どこかに出かけて帰る前ってふうの人とか、これから出かけるふうの人、日曜日も お仕事ってふうの人。

いくつものテーブルに お客さんが居るんだけど

やっぱり ちらちらと、ジェイドが見られてる。


でも そうだよね... 私だって見てたもん。

本人は、“僕が外人ガイジンだから” って言うんだけど

それだけじゃ こうならないよー。

お店に入るまでの間も、“近くを通りかかったから” だけじゃなくって、少し遠くからでも注目を集めてたもん。すごーい。


案内してもらったのは、入口を入って右側

窓際のテーブル。


メニューをもらって「何にする?」って 並んで見てる間に、バゲットのカゴとおしぼり、空っぽのカゴが テーブルに置かれて、別の人が グラスにライム水を注いでくれてる。


「牡蠣のオイル漬けと、モッツァレラとベーコンのグリル... 」


「ワインは?」


「合うもので。でも白かな」


いくつかの お料理を頼むと、ジェイドが空っぽのカゴに、一万円札を入れてる。

グラスのワインが運ばれると カゴの お金から精算されて、お釣りが入れられた。

前払いなんだ。利用しやすそう。


「きれいな お店だよね」


まだ隣に立ったまま、ワインのグラスを合わせて

一口 飲んだんだけど、飲みやすくて おいしい。

それに、こうやって自然に並べてるのって いいなぁ って思う。メニューを見てる時も楽しかった。

もしかしたら これもあって、テーブルだけの席を選んでくれたのかな?


「うん、シェムハザっぽい。

城の広間やテラスと 壁の雰囲気が似てる」


“城”...  お城に住んでるんだ...

実業家だって聞いてるけど、シェムちゃんて 何者なんだろう?


お店の雰囲気に慣れてきて、よくカウンターを見てみたら、左側のワインの棚に たくさんのワインが寝かされてて、その隣から ずらーっとグラスが並んでる。樽型のワインサーバーもあるし。

カウンターの上にもグラスがかけられてて、シャンデリアライトの光を反射してて きれい。


小さめの お皿に運ばれてきた お料理を 一緒に摘んでるんだけど、すごく おいしい!

でも精算されていくカゴの中の お金は、そんなに

減ってなくて、リーズナブル過ぎる気がする。

取皿とかはなくて、ひとつのお皿は ひとりで食べるのが基本みたい。


「気に入った?」


「うん! お店ドミナの近くの店舗も、ここと同じ感じなの?」


「うん。システムも同じ。

僕らは プレオープンの時に、味見させてもらったんだけど、おいしかったから。

ワインとチーズ、オリーブとオイルは、シェムハザのとこのだよ」


そうなんだ... シェムちゃん、本当に いろいろやってるみたい。

お店の近くのとこには、お仕事前にシイナと行ってみようかな。ひとりでも入りやすそう。


「座って ゆったり出来る店もいいけど

こうやって、出かける前とか 出かけた後に

ちょっと寄って、一息つける店だな って。

これから、そういう風に寄らせてもらおうと思ってるんだ。ニナと」


これから先のデートでも ってことかな... ?

「うん」って見上げたら、微笑い返してくれた。




********




立ち飲み屋さんが すごく混んできて。

お店の人が “サービス” って、小さなティラミスとエスプレッソを出してくれたから、いただいてから お店を出て。

今は「ふらふらする?」って、歩いてるとこ。


大通りから外れて、いろんなショップが並んでる通りで、私もよく この辺に服を見に来る。

クレープ屋さんは、まだ高校生くらいの子たちで混んでる。


「今日のワンピース、可愛いね」


「ほんとう?」


着てきたのは、オリーブ色のミモレ丈のワンピースで、前ボタンが裾まで並んでる。

ウエストから裾までは自然なドレープで、歩くと裾が揺れるの。きれいめ。

今は車に置かせてもらってるけど、この上に黒のニットカーディガンを羽織ってきてて、黒のショートブーツ。


このワンピース、買って はじめて着たの。

おっぱいが膨らんでからは 嬉しくて、胸元が見える服ばかり選んじゃってたんだけど、身体が女の子になってからは、そうじゃなくてもいいかな... って気がして。


これは、きれいめ過ぎるかな... って まだ着てなかったワンピースで。

でも ジェイドって、ダメージジーンズとかは穿いても 上は きれいめが多いから、今日 着てみたの。

ほめてくれて嬉しい。


ジェイドは、おしりが隠れるくらいの グレーのロングカーディガンの中に白いシャツ。

細身の黒のデニムに黒のエンジニアブーツ。

私の女のコ バッグ持ってくれてるけど、すごくカッコいい。


「でも、着替えさせたら怒る?」


「え?」


どういうことなんだろう... ?

本当はジェイドの好みじゃなかったり、私に似合ってなかったりするのかな... ?


「この辺で買い物することある?」って 聞かれて

頷いたら、今度は

「よく行くのは どの店?」って 聞かれて

いくつかあるけど、最近よく行く きれいめな お店に案内したら、私の手を引いて入って行く。


「女の子のって、冬ものでも ノースリーブや半袖があるよね。男でもシャツはあるけど」


そう言いながら ワンピースがかかってるところに行って、半袖でマキシ丈のばっかりを 私に宛てて見てる。


「これかな。冬ものにしたら、生地も薄いし。

あと これ」


何故か 二枚もレジに持って行っちゃうから

「待って。お財布、バッグなの」って言ったら

何 言ってんだ? って眼で見られちゃった...


お店の人が、ビニール包装された新しいワンピース出してくれてる時に

「だって、さっき ご飯も おご馳走になってるし」って 言ったんだけど、こっちを見ただけで無視されちゃって!


お店を出てから、私の手を取って

「僕が仕事してるの知ってる?」って。


「神父として協会から給金が支払われてるし

祓い屋と召喚屋もやってる。

依頼人から支払いを受けてるだけじゃなくて

ハティたちにも褒美をもらってるから、裕福ではなくても困ってないんだ。

自分の恋人に食事の支払いを頼む程はね。

ルカだって そんなことしてないよ。

それに これは、僕が勝手に買ってるだけだ」


言われてみたら 今までも、私やシイナが何か払ったことって、一回もないと思う。

でも、「でも... 」って言ったら

「カッコつけさせてくれないか?」って

少し顔を寄せてきて「ここで震えたい?」って 聞かれちゃって!!

こういう時って、顔つきも ちょっと違うし...


「う うん... 」


「わかった?」って、顔つきも元に戻ったけど

いろいろで どきどきしちゃってる...

逆らったりしちゃダメなんだ...


「あとは、靴か。

下着もあった方がいいかも」


下着?! どうして?!


ほんの、本当に ほんの少しだけ、“もしも... ”って

思っちゃって、爪に合わせてオールドローズのレースに 細いゴールドのリボンがついてるのにしちゃったけど、まだ見てくれてもないのに!!


でも、さっきのショックで聞けないまま

ヒールのないサンダルも買ってもらっちゃって

「どれにしようかな?」って 下着まで選んでる。

堂々と私にブラを合わせて見てて、店員さんは笑ってるし。他の お客さんは困ってるのにー。


「これにしよう。サイズは? 下も」って言うから

自分で取ったら、またレジに持って行っちゃって。っていうか、白が好きなの?

私 今日、外しちゃってるー...


それで、お店を出てから

「バリに行こう」って言った。


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