7 ニナ


「これなんだけど」


ジェイドくんは、ぽーっとしちゃってる私の前に、自分のスマホを出した。

画面は、メッセージアプリのユーゴのページで

トップレスのシイナの写真。

「何?」って聞かれちゃってる。


「は... ふん、アコちゃんが送ってて... 」


「あぁ、アコか」


少し眉をしかめてたんだけど、謎は解けたみたい。眉が戻ってる。


二本取ったビスコッティの 一本を渡してくれて

「ニナの店のことだけど。

何か、理由があって働いてる?

働かなきゃ “いけない” とか」って聞いた。


「ううん。私が 男の子の時から受け入れてくれて

今は、シイナも居るし... 」


それだけ答えたら「うん」って 安心したみたいに

微笑ってる。


「でも、トップレスの時間があるだろ?」


あれ なんか、話し方 変わった... ?


「うん... ショーの時に」って、ビスコッティを

珈琲につけてたら「脱がなくていいよ」って

カップを口に運んでる。でも それは...


「ショーの時間が、ニナの休憩時間。

無理なら 脱がせないように交渉する。同席も。

ヴィタリーニ家として」


わぁ... 通るんだろうなぁ...

アコちゃんが送った シイナの写真で

お店のトップレスの時間を思いだしたのかも。


「妬いて言ってる」


また! でも 嬉しい。表情かおは少しこわい。

「わかった?」って 聞かれて

「うん」って 頷いたら

「じゃあ、どこに行こうか?」って 微笑って

ビスコッティを食べた。




********




教会の裏の お家から、ジェイドくんのバスを停めてる駐車場へ行って、助手席に乗せてもらって

駅前のマビトさんたちの お店に向かってる。


シェムちゃんが出した お店で、最近オープンしたんだって。

お店ドミナの近くにも 一店舗あるっていうし、楽しみが増えちゃった。


ジェイドくん、車 運転してるとこ カッコいい。

私がペーパーだから、余計に そう感じるのかも。

左ハンドルも新鮮。


写真、撮っちゃダメかな?

会えない時とかに見たいし。


それで「ジェイドくん」って 呼んだら

「“ジェイド”」って 言い直されてる。


でも「“ジェイドくん” は、リラちゃんだけ」って

言ってるの!

「あ、嘘。沙耶さんもだ。朱里ちゃんも」って

言い足してるけど。


「リラちゃんって、誰... ?」


聞いちゃったけど、聞いて良かったのかな... ?

うるさく思われるかも。


「ちゃんと名前で呼んだら 答えるよ。ユーゴ」


やだ 本名。男の子っぽいー。


「じゃあ... ジェイド」って 言ったら

「ルカの恋人」って 教えてくれた。

あ... 私を 木から戻してくれた、あのかわいい天使だったコね! うん、呼びそう! 似合うー!

ルカちゃんのことも ルカくんって呼んでたし!


「で、何?」って 聞かれて

「あっ、写真 撮っちゃダメ?」って 聞いたら

「ダメ。後で 一緒にならいいけど」って!

それが OKって、すごく嬉しい!


駅前の駐車場に車を停めて、降りる前に

「今、撮る?」って言ってくれて

ベンチシートだから、真ん中に寄る っていうか

ジェイドくんに寄るんだけど、緊張する...


「撮る気あるのか?」


こくこく頷くけど、上手に近付けなくって。

アコちゃんや 四郎シロちゃんなら平気なのに。


「家でも思ったんだけど、スキンシップ嫌い?

それか、僕に抵抗がある?」


えっ?! 抵抗 なんて!!


「ううんっ、違う違う!!

私、男の子だった時に、相手に嫌がられたくなくて、いろいろ気をつけてたから、まだクセが... 」


どうしよう って思ってたら、ジェイドくんは

“ああ” って 納得した顔になって

「なら、嫌じゃないのか」って、私の右の脇腹に

後ろから腕を回して 引き寄せた。すごい密着...


固まってたら、黙って 私の手からスマホを取って

もう撮ってくれちゃった。


「無理に撮らせたように見える」って不服そうだけど、たぶん すぐには、固まった表情かお 直らないと思う。だって くっついたままだし...

でも私の表情はいいの。写真でも ジェイドくんが見れれば しあわせ。


二、三枚 続けて撮って「全部 同じ」って諦めた

ジェイドくんは、私に顔を向けた。


あ これ...  あの感覚が甦って 胸がふるえてる

暗い 部屋の


「... Davvero?」


至近距離で止まられちゃったけど

「... “ダッヴェーロ”?」って 聞き直すと

「“本当に”?」って 教えてくれて、顔の距離も離れちゃった。


「震えてるけど」


言葉で言われちゃうと、恥ずかしくて

「慣れて なくて」としか言えない。

ジェイドくんは 無言だったから、それで

教会で、平然と “寝たんだけど” って話したことを思いだした。

慣れてない なんて、信じてくれる訳ない。


「“まだ僕に” 慣れてないから ってこと?」


ううん。首を横に振るけど

身体に回ってた 腕の力も緩んじゃった。

手がシートに着いてる。


「震えてるのは 本当だ。

ニナ。怒って言ってるんじゃない。聞いて。

心で 僕を受け入れようとしてくれていても

もし、身体が拒絶するなら... 」


ううん... 泣いちゃいそう。


「ちゃんと、好きなひととの、こういうこと... 」


少し 黙ってた ジェイドくんが

「間違ってたら ごめん。

“ちゃんと好きなひと” が、僕で

震えてるのは、緊張してるから ってこと?」って

わかって聞いてくれた。


涙が こぼれてきたけど、指で拭きながら頷いたら

「待って... 」って、少し笑いながら

ふわっと抱き寄せられた。


「可愛すぎないか?」


そんなこと言ってくれたって、胸がぎゅっとなるだけで、何も返せないんだけど、ジェイドくんは

「ごめん。はしゃぎ過ぎた」って言った。


どういう意味で... ?って、痛みが押し寄せそうになったけど

「僕も、ちゃんと恋をするのは久しぶりなんだ。

神学校に入ってから、今までない」って 続けてて

つい、顔を見上げてしまう。


「ニナを好きだとわかったのは、呪術医バリアンの呪詛に掛かってしまってた時だった。僕の落ち度で」


でも、呪詛にかかってた私のことは...


「見てたんだ。気になって」


この言葉で 血の気が引いたけど、ジェイドくんは

「その後は教会で話を聞いて。

やっと... ってところで、木に取られてしまって。

でも、天は ニナや他の人たちも戻してくれた。

本当に やっと、ここに居るから、嬉しくて。

ニナのことを考えずに、はしゃいじゃって」って

私の髪にキスした。


「大丈夫?」って聞かれて、頷くけど

また胸にじわじわと 温かいものが広がって沁みていってる。

私、こんなふうに、大切に扱われたことがなくて

しあわせでも 胸が痛むなんて


私のこと わかってくれて、話してくれて嬉しい。

こうやって 誰かと心を通わせてみたかった。

無理だと思ってた。自分の心に触れることも出来ないのに、そんなこと。


あの映画を思う。

温かくて、小さい私が抱きしめられてるみたい。

私も あなたをわかりたい。


「震え、止まったね」


うん って、見上げたら

「時々、日本でも イタリア語が出るけど

それは、相当 焦った時」って言ったから

さっきの “ダッヴェーロ” を思い出して

焦らせちゃったんだ... って、少し笑ってしまう。


私に腕を回したまま「ニナ」って 前を見る ジェイドは、私たちにスマホを向けてて、今度は

「うん。ヒスイに送ろう」っていう写真が撮れた。

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