9 ニナ


嘘みたい...


バスで ジェイドの お家に戻って、客間を借りて

買ってもらったワンピースに着替えて。


ジェイドも、カーディガンと靴下を脱いでて。

『そうだ。ワインを』って、ラベルに “氷咲” って書いてある瓶も持ってきて、素足でサンダルに履き替えたんだけど、あの海の洞窟から行くのなら 海に着くまでは寒いんじゃないかな... ?って 思いながら 玄関を出たら、地下に続く謎の扉を開けてて。


『足元 気をつけて』って スマホで照らしてくれて

一緒に降りてみたら、十字架が貼ってある洞窟みたいな お部屋になってた。


キンキョウレイ時代の地下教会なんだって。

ジェイドが祈ってたから、後ろで私も手を合わせて、『じゃあ、行こうか』って、道に続きそうな壁の入口に入ったら、森になっちゃった...


「ここ、どうなってるの?」


私のバッグと もう一枚のワンピースと下着の紙袋

ワインも持って、隣を歩く ジェイドに聞いたら

「あの洞窟と同じだよ」って。

それって、バリ島に続いてる ってことなの?


しばらく歩くと、あの派手な木の森に出たんだけど、ここって何なのかな... しかも、人が居る。


何人かの人たちが 大きな円形のテーブルに着いてて、ワインを飲みながら、チェスとか 何故か花札をしてるみたい。男の人ばっかり。

「あっ、ジェイド」って言った人は、見たことがあるかも。


「イゲル」


名前も聞いたことあるし、やっぱり知り合いみたい。

他の人も ジェイドに「よう」って 片手を上げて

「ドリンク入れといたぞ。ヴィラの方にも

“真ん中の部屋を使う” と 伝えてある」

「腹減ったら喚べよ」って言ってる。

川底がゴールドに見える小川の向こうは 普通の森みたいなんだけど、ついてる果実の色は、藍色だったり真っ白だったり。


「ありがとう、助かるよ。ジャタは?」


「居るわ」


女の人の声がして、ジェイドに連れられて

男の人たちの背中側に回ると

きれいな白い寝台の上に、白い女の人が寝そべってて、ドキッとした。


真っ白な長い髪に真っ白な肌。赤い眼。

白に近い水色のドレスを着てるけど、サイドのスリットが腰の上まで入ってて、骨盤から太腿まであらわになっちゃってる。

なんか すごい... 喉が鳴っちゃうし。


「恋人を紹介したくて。ユーゴだよ」


どうして “ニナ” じゃないの?

でも「はじめまして」って 挨拶したら

真っ白いひとは、微笑って 起き上がって、私に

「いらっしゃい」って 手を差し伸べてる。


握手かな? って 手を握ったら、引き寄せられて

抱きしめられちゃって、頭を撫でてくれてるんだけど...


「ジャタ。ルカの父が作ってるワインだよ」


ジャタさんの隣に座った ジェイドが、寝台に瓶を置いたら、イゲルって人がグラスにワインを注いで、二人に渡してて。


ジャタさんは、片腕に私を抱いたまま ワインを飲んで「おいしいわ」って 微笑うと

「あなたも」って、自分のグラスを 私に差し出してる。受け取るべきだよね?


ジャタさんの白い胸元で、ワインを一口 飲んで

“おいしい” って意味で頷くと、ジャタさんも微笑って「バリへ行くの? 虫が近づかないようにしてあげる」って、私の額に 指で何かを書いた。


ジェイドも同じように書かれてるんだけど、私を抱き寄せてる反対の手は、頭を撫でっぱなし。

それで... 間違いじゃなかったら、ついてる何かが

内側からドレスを押してる気がする...


「この子は良いものよ。あなたも」


「ありがとう、ジャタ。

また みんなで遊びに来るよ」


ジャタさんと握手をした ジェイドが立つと、私も解放されたんだけど、どういう人なんだろう... ?

でも考えない方が良さそう。

ジェイドに聞いても、答え切れないんじゃないかな? って思うし。


ジェイドが、イゲルって人から

「海 渡ってすぐにある。人避けも掛けといた」って 車の鍵も受け取って、派手な色の森を抜けると

突然 ビーチ。本当にバリ島みたい...


「ちょうど夕暮れみたいだね」


すごい夕焼け...

息を飲むって、こういうことだと思う。

二度目に ジェイドの家を出た時は 薄暗くなってたけど、一時間の時差があるんだった。きれい...


「この島は、トゥアル島の近くの島だったんだよ」


うん、わかんない...

でも、水と蓮のサラスワティ寺院の夕焼けを見た時にも思ったけど、こういう色の中で見る ジェイドもすてき。

ビーチには、大きな東屋と 海にあったテントがあって、まだパラシュートも浮いてる。

でも何より、海が割れてて、道があるんだけど...


「ミカエルが割ったんだ。聖書の奇跡みたいに」


ジェイドと道を歩いて、高くなっていく左右の海の壁の中の 熱帯魚や海月を見て。

こんなふうに過ごせるなんて... って、はじめての気持ちになった。感動と充足感と、幸福感。


海の道を抜けると 南国の森になってる。

「アグン山の麓だよ」なんだって。


椰子に似た木とか、赤や黄色の花をつけてる木に

たくさんの蔓と生い茂ってるシダや花々。

雨が降った後みたいで、木も花たちも、地面に敷き詰められた枯れ葉も濡れてて、濃密な雨と森の匂い。

獣道みたいな道を歩いてると、少し先に黒いバンが停まってた。


前に乗せてもらった車かな? って思ったんだけど

「新車だ。買ったんだな」だって。

助手席のドアを開けてくれて、乗りながら

「まだ こっちでも仕事してるの?」って聞いたら

「いや。今のところは。さっきの島に集まることは あるけど」って。そうなんだー...


バンが獣道を進む内に、密林は夜になってる。

そんなに暑くないから 窓を開けてるんだけど、雨と森の匂いに どきどきする。好きな匂いかも。


山の麓だって言ってたけど、割れ門と大きなお寺が あちこちにあって、お家も見えてきた。

舗装された道に入ると、すぐに市街地になってきて、なんとなく見覚えがある お寺とか お店も見える。

あっちこっちに、葉っぱでつくった お皿にお花が載ってる お供えの “チャナン” が置いてあるのを見て、ああ... って、海の洞窟から初めて来た時の感覚を思いだした。ちょっとだけ泣きそう。


他の森に入って「着いたよ」って 車が停まったのは、あのヴィラの駐車場で、私の手を取るジェイドは 受付にも寄らずに 中庭の庭園を通って、前に泊まった お部屋に入っちゃった。


「あの、いいの?」って 聞いたら

「認識されないから。でも、ここと何室かは

シェムハザが貸し切ってるよ」って 返ってきたから、もう 頷くだけになっちゃうし。


焦げ茶のフローリングと、天然木の柱の 広い広い南国リビングには、プール付きのテラスに向いた ゆったりしたアイボリーのL字ソファー があって

ここに座ったなぁ... って 懐かしく思った。

呪詛にかかっちゃった時だけど...

やだ 考えないでおこ!


「森を歩いたし、足とサンダルを流そうか」って

リビングの左側の 半端な壁で区切ってあるバスルームの場所に、二人でサンダルを持っていく。


バスタブには 一面の花びらが浮いてて かわいい。

隣に付いてるシャワーで、足とサンダルを流したんだけど、外なのにトイレもあるの。

プール時の ご使用を想定なんだろうけど、開放的過ぎだよねー。

でも、テラス続きのバスルームとは別に バスタブとトイレ、シャワーブースもあるの。すごーい。


ソファーの背面側の壁に、大きなベッドが 二台あるんだけど、別に 寝室も二つあるみたい。

ドアが開いてて、ムードがある ベッドからは 目を逸らしちゃった... 意識してる訳じゃないと思う!


右側には バーカウンターとダイニングがあるんだけど、ダイニングテーブルの上には、ついさっき置きました って感じのフルーツのお皿があるし、

カウンターの向こうに入った ジェイドが

「何か飲む? ビール?」って、冷蔵庫を開けてる。カウンターの棚には お酒の瓶がいっぱい。


「うん。レモンのって ある?」


お願いしたら「あるよ」って、二本の瓶の栓を抜いて、ダイニングテーブルに持ってきてくれた。


それで「さっき裾が濡れて。穿き替えようかな」って、テーブルの隣に いっぱい置いてある紙袋の中を見てる。

買ってくれた ワンピースと下着の紙袋も、この近くに置いてたんだけど、これはジェイドたちの着替えなんだって。だから手ぶらだったんだー。


黒い膝下丈のクロップドパンツに穿き替えたジェイドは、脱いだデニムパンツを室内バスルームに持って行ったんだけど

「ランドリーバスケットに入れてきた」んだって。


「せっかくだから、テラスに移動する?」ってことになって、ビールとフルーツのお皿と 一緒に

プールの前に移って、並んで座った。

ソファーからクッションも持ってきてくれたから

おしりに敷いたんだけど、ジェイドの分は持ってきてなくて「平気だよ」って 胡座をかいてる。


プールの水面にも たくさんの花びら。

月明かりが映ってて きれい。

「きれいだよね」って言った ジェイドは、夜空を見上げてた。満天の星。


天の川と向き合って、瓶をくちびるに運ぶと

ほろ苦いレモンの泡が喉を落ちて、満ちていく胸にも沁みた。

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