3 ニナ


二度目も塗り終えて、両手をテーブルに載せて

タブレットの画面に 目を向ける。


主役の女のコは、浮き輪の女の子を見失ってしまっていたのだけど、女の子を見つけて、追いかけて、車に跳ねられちゃってる。 もう、なんて...

入院しちゃった。 はぁ... お茶 飲もう。


二次性徴を迎えてから、私は なるべく

タンパク質やカルシウムも摂らないようにして

身体も動かさなかった。

それでも 小学校を卒業する頃には、150センチを越えてちゃったけど。

髪も ショートだけど、男の子にしたら長い ってふう。

だけど、肩も腰も、腕や脚の形も、男に近付いてて、もうダメなんだって思って、誰とも あまり話せなくなってた。

思い詰めて、怖いことを考えたこともあって。


それで、中学生になる前に、ママと病院へ行った。

病院で 話はしたくなかったから、診断表の質問に

チェックをして答えていく。

こういう診断には 時間がかかるみたいだし

この時の私の年齢のこともあって、慎重に診ていくみたい。

もし 診断がついても、カウンセリング以外の治療を開始するのは まだ先になる って説明を聞いた。


でも、帰りにママが

“中学校の制服、スカートを選べるところもあるみたいよ” って言ってくれて、ビックリした。

“お引越しすることになるけど” って。


パパは、何も言わなかったけど

不安げな目で見ることも少なくなってきてて

何か、覚悟みたいなものを感じた。

そうなると、少しずつ周りのことが見えてくる。


私が苦しんでるように、パパやママも悩んだんじゃないのかな? とか

ママだって、生まれてくる赤ちゃんの性別を選べない とか

“ちゃんと食べなさい!” って叱られても、私を男らしくしようと思った訳じゃない とか

ずっと愛されてきてる とか。いっぱい泣いて。


中学校には、男子用の制服で行こう。

中学校のために 引っ越しなんて悪いし

スカートで登校して、周りから 普通じゃない って思われるのも怖い。


“自然な自分でいたい” って、身体とは別性の制服を選ぶ人もいるのかもしれないし、私も そうしたいと思っていたけど、よくよく考えると

私が 自分でわかってることを、わからない人に

何か思われたり、指摘されたりしたくなかった。

“自分とは違う” ってだけで、否定するのは やめてほしい。


それに正直、イジメられないかって不安もあって...

スカートで登校したら、パパやママも何か言われるかもしれない。それもイヤだったから。


パパとママに そう話したら、ママは泣いちゃって

パパは ただ頷いた。

でも二人とも、私の気持ちを ちゃんと解ってくれてるのがわかって、私も やっぱり泣いて。


中学生になってからは、中性的な お洋服も選ばせてくれて、ママが “お休みの日だけよ” って

ピンクがかった透明のマニキュアをくれた。

“爪に良くないけど”って、リムーバーも。

すごく嬉しかった。すごく すごく。


この頃、学校では 大人しめの普通男子で居たから

みんなが どこかで仕入れてきた 性的なこととか

女子の下着や身体の話にも参加してた。

まったく使う予定もないのに 避妊具を持ってたり 

ひとりで気持ちよくなる方法とか、その回数自慢とか。

でも、男子なんだけど、男子の中に ひとり混ざってる気分 になって、恥ずかしくて 居心地が悪くて。


それだけじゃなくて、好きな女子の話にもなって。

“山田は?” って聞かれて、いないから

“いないよ” って答えたんだけど

この時に、恋らしい恋をしたことがなかったことに気付いた。

“ふーん” “いなさそうだもんな 本当に”って

軽く流れていったけど。

一緒にいたから、一応 聞いただけみたい。


好きな女子がいる男子は

“いるけど教えねーよ!”って、恥ずかしそうで

でも嬉しそうで、恋のことが気になりだしちゃって。

“いつ好きになったの?” とか、“どんなところが好き?” とか、積極的に聞くようになったから

逆に相談されることも増えてきて、二、三年生になると、女子との橋渡しもすることもあって

そのうちに 女子に相談されることも増えちゃってた。


好きな子がいなくても、恋の話をすることは

とっても楽しかった。

女子に、“山田って、本当に話しやすいよね”

“男子って気がしない” って言われたり、男子には

“お前、絶対 言いふらしたりしないもんな”って

信用も厚かったりして、男子がする好きな女子の話も、女子が話すことも、どっちも わかるような気になってたし。


夏休みとかの 長い休みで、誰とも約束をしてない日に、自分の部屋で 爪にマニキュアを塗りながら

本当に、今まで好きな子っていなかったかな?って、思い出してみた。


考えても、誰も出てこない。

中身は女の子 ってことがバレないかどうかの方に

ひやひやしたことはあるけど...


印象的だった って 思い出すのは、栗原。

小学校の入学式の あの子。

かわいかった。今 思い出したって、お姫様だと思う。

でもあれは たぶん、ああなりたい っていう憧れなんだろうし...


私、恋をするなら、男子にするのかな?

女子にするのかな?

塗り上げた爪を見つめても、答えは出なかった。

きれいで 嬉しくて、うっとりはするんだけど。


そのまま 高校生になって、高校でも やっぱり

ブレザーにパンツの制服。

だけど、男装する女子もいるんだし って

変な言い訳をつけて、納得して。


身体も余計に変わってきちゃってたけど、ママに

“毛深くなりたくない” って相談して

朝と夜は、お豆腐中心の おかずにしてもらったり

もし毛深くなっちゃったら、永久脱毛してもいいって、先に許可をもらえてたことも救いになってた。


高校になると、また新しく友達も出来る。

同じクラスになった 同じ中学出身の子は、あんまり話してなかった子たちだったこともあって

別の中学だった子と仲良くなった。

柏原 祐介。祐 って字が、私の 祐悟と 一緒っていう、単純な理由から話しかけられて。


祐介は、その頃 160センチを越えてしまってた私よりも 10センチくらい身長が高くて

“小学からサッカーしてる” らしくて、

男子からも 一目 置かれるような整った顔で

もう、発散してる空気が明るい。

初めて見た時に、“わぁ”... って思った。

栗原を見た時みたいに。


“祐悟ってさ、ちょっと変わってるよな” って言われた時は、ドキッとしたけど

“繊細そうなのに明るいし。友達に居なかったタイプ”って聞いて、胸を撫で下ろしてた。


祐介は、性格も明るくてサッパリしてるから

男子にも女子にも人気があって、何故か気に入られた私は、いつも 一緒に居ることが嬉しかった。


放課後は、祐介は部活があって

私は帰宅部だったから、別々だったけど

休みの日も遊んだりした。

何人かと 一緒だったり、二人だけだったり。


“オレ、佐々木が好きでさぁ”


冬。クリスマスが近かったと思う。

私の部屋で 床に胡座をかいて、ゲームしてた時に

祐介が言った。何の前触れもなく。


“... え? 佐々木?”


佐々木? より、好き?って聞き返したかったのかも。


“三組の”


“あぁ” って、誰か わかったふりしたけど

本当は、佐々木の顔は浮かんでなくって。

胸の中が冷たくなったことに動揺してた。


“クリスマス、会えないか 聞いてみようかと思って。もしダメでも、冬休みに入ってるしさ。

気まずくはならないかな って”...


“うん”...


その後は、祐介が何を話したか よく覚えてないけど、私は、“上手くいくといいな” って返したと思う。


祐介のこと、好きだったのかな... ?

今になっても よくわからない。


この時、祐介が帰ってからも、ゲームしてて

胸の中が しくしくと痛くなって。

でも、見ないようにした。考えないように。


冬休みに入って、祐介からは “やった!” って電話が入って、“良かったじゃん!” って喜んだ。

クリスマスかぁ って思いながら。

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