4 ニナ


タブレットの画面では、浮き輪の女の子が海に帰ってる。

主役の女のコが 波間を追うけど、追いつけない。


もし こんなことが起こったら、私は 女の子を

抱きしめたいかも。小さな私を。

だけど、起こらないって わかってるから

そう出来たらって思うだけで

実際なら、触れることも出来ないかもしれない。


二度目のも乾いてきたから、爪の先 3ミリ幅くらいに、ゴールドの細かいラメを付けた。


佐々木と クリスマスを過ごした祐介は、三学期が始まって すぐに別れてた。

“なんか違う” とか、そういうことを言ってたけど

“河野に コクられて”って、春休みまでは河野と付き合ってた。

こういうのって、“付き合った” なのかなぁ?


高校生くらいから付き合って、長く続く人たちも居るけど、私の周りは こんな感じが多かった。

失恋した男子や女子の話も よく聞いたけど

もう立ち直れない ってふうなのは、一週間くらいで、失恋に浸りだしたり。あっさり他の子と まとまったり、たくましい子が多かった。


でも、つらかったなぁ。

見ないように考えないようにしたって、痛かったから。

それでも、好きだった とは言い切れない。


“キスした”って聞いた時は、私も告白された女子と

付き合ってみたりしたし。

付き合うっていっても、一緒に下校して 手をつないでみたり、ファーストフードのショップに寄ったりしただけだったけど。


祐介は、“やった” とも言ってて。

それは本当なんだろうな ってわかった。

なんか、誇らしげな空気だったから。

私は、経験もなかったし、本当のところ あまり興味もなかったから、周りの反応に合わせて

笑って “おめでとう!” って言っただけ。

少しだけ、きたないっていうか、気持ち悪いっていうような気持ちもあったけど、それが成長過程の生理的な反応だったのか、嫉妬だったのか も

わからなかった。


三年になって。祐介は、遠くの大学が決まってて

私は、ヘア・メイクの専門学校。

仮卒業の期間に入ると、みんなで ご飯を食べたり

それぞれ いつ引っ越しするか話したり。


部屋で、爪を塗ってる時に、急に

もう会えないのかな って、かなしくなった。

涙が止まらなくなるくらいに。


“今、忙しい?” って、メッセージを入れたら

“全然 ヒマー” って、いつもの調子で返ってきて

“ちょっと行ってもいい?” って 聞いて、祐介の家まで行った。電車で 二駅の距離。


インターフォンを押すと、祐介が出て

“おっ? どうした? 何かあった?” って、二階の部屋に通してくれた。いつもみたいに。


“もうすぐ、行っちゃうんだよね?”


口に出したら、また泣けてきたんだけど

祐介は 呆気に取られて、“何 おまえ!” って爆笑した。“それで泣いてんの?!” って。


“いや、バイトとかしてなきゃ 休みに帰るし

会えるだろよ”


“そうだけど... ”


言わない方が いいかなって思った。

このままなら、また会えるから。


“ま、ゆっくりしてけば?

祐悟、女のコみてぇだよなぁ。雰囲気も”


祐介は、“何か飲む? 持ってくる” って

一階に降りて行って、大きいペットボトルのソーダと、グラスを 二つ持って戻った。


ぺたんと 床に座って、ソーダのグラスを ひとつもらうと、テーブルの向こうで ベッドに座った祐介が、“もう練習?”って、私の爪を見て言って

“あ... うん” って、塗ってたことを思い出す。


“美容師とか メイクの人も、男 多いもんな。

祐悟は似合ってるよ、なんか”


笑ってる 祐介を見ると、何も言えなくなって

夕方、ご飯を食べに出て、また 祐介の部屋に お邪魔して。

祐介のママが、“ご飯、作ったのに!” って

おにぎりと おかずの炒め物を 部屋に運んでくれたりもして、食べながら話して、ゲームしたりしてた。いつもみたいに。


深夜になると、祐介が あくびして

ベッドに横になって、片腕を枕みたいにしてて。

“あー、先に寝るかも” って言った。

泊まっていく時は、私は床に転がるんだけど

まだ座ってた。急に、言おうか ってもたげてきて。


立って、灯りのスイッチを切りに行くと

“ありがと” って返しながら、うとうとしてる。


“キス していい?”


“... は?”


暗くなった部屋で、祐介が頭を起こした。

“え? 何?” って、警戒するような硬い声に

今 言ってしまったことを、もう後悔したし

胸の中は 鼓動で痛かったけど、口から出たのは

“祐介が、好きで” って言葉。


黙ってるけど、引いてるのは わかる。

わかってしまったのが 痛いし、苦しい。


“女のコ みたいだって言ってたけど、本当に 心が

そうなのかも。女のコって 思っても、ダメ?”


“いや...  だって... おまえは、女じゃ... ”


胸が ちぎれそう

おねがい きらわないで


“ごめん”


ごめん って、こんなに かなしくなる言葉なんだ。

こういう時に 言われたりすると。


灯りのスイッチを切ったまま ドアの前に居たから

“あとで、玄関の鍵 かけて” って出ようとしたら

“祐悟” って、祐介が起き上がって ベッドに座った。


“もう、電車 ねぇだろ? 朝 帰ったら?”


“でも... ”


私が居たら イヤでしょ?... とは、聞けない。

口に出したくなくて。


“いいよ”


祐介は、“こっち、来たら?” って 続けた。


自分の心臓の音しか聞こえなくて

どう歩いて ベッドまで行ったのかも、よくわからない。


“あの さ、オレは 女が好きだからさ。

だから、誰にも... ”


うん わかってる


近くに立つと、祐介が瞼を閉じた。


肩に手を置いたけど、手も足も震える。

くちびるで くちびるに触れると、胸が ぎゅっとなって、手のひらや足の裏まで びりびりした。

こんなふう だなんて。


また 眼の奥が熱くなって、涙になったから

くちびるを離して、床に膝を着いた。

力も 抜けてしまって。


ふう って、息をついた 祐介は、瞼を開いて

祐介を見上げる 私に眼をやった。

泣いてしまってたから、祐介の膝に視線を落としたけど、何も考えれないのに、灯りを消してて良かったってことだけは過る。見られないから。


何を考えたのかは わからないけど

祐介が、私に キスした。


くちびるを離して、また つけて と 繰り返す。

そのうちに くちびるが濡れて、妙な気分になって

胸も耳も破裂しそうだった。

息と 一緒に、声まで洩れる。


祐介の手が 私の腕に伸びて、手を取ろうと 肘から先になぞった。私より大きな手。

手が 祐介の方へ誘導されて、硬くなったところに触れた。


どうしよう...


そうだ、ひとりでの方法みたいに って

そっと 擦ると、くちびるの中に 声が洩れて

祐介の手が、私の頭を 胸に抱く。


祐介の鼓動も、割れるみたいだった。

“祐悟” って声も、胸から耳に響く。


私の髪に くちびるをつけた祐介は、荒い息に震えを抑えながら、“口で、いい?” と 聞いた。




********




“ユウちゃん、帰ったの?”


玄関から、まっすぐに 二階の部屋に上がったから

気付いたママが、階段の下から言ってる。


“うん。少し寝るから” って返して

部屋のドアを閉じた。


灯りを点けないと、昼間でも薄暗い。

曇ってるからかな?


祐介の家から、歩いて帰ってきた。


昨日、祐介が終わった後に、また

“ごめん” って言われて、床に座ったまま

腕と頭だけ ベッドに載せて、少し 眠って。


明るくなっても、祐介のパパやママが出るまでは

物音を立てずに 動かずにいた。


“帰るね”


私が言った時、祐介は ベッドに横になって

背中を向けたまま 寝たふりをしてた。


曇り空のせいで 白い窓に、雨粒が当たる。

窓に、屋根に壁に、アスファルトに打ちつける音。

ベッドに転がって、毛布を かぶると

毛布の すき間から、白い窓を見る。


増えていく雨粒は、風に流されて

窓のガラスに 斜線の雨跡を絶えず描いてる。

声を殺して泣いた。

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