極楽鳥花(ニナ)

1 ニナ


「何、ニヤケてんの?」


「シイナ」


お店が終わって、着替える前に カウンターで

スマホのチェックしてたら、トニックウォーターのグラス 受け取ってるシイナが、隣に座ってる。


「ジェイくん?」


「うん... 」


“うん” の後に、ふふって笑っちゃったら

「良かったじゃなぁーい」って

キャットスーツのジッパーを全開に下げられちゃった。おへその下まで。


「おっぱいの弾力も変わったしさぁー」


指で 胸の花に、つー... ってやってくるし。

私にも グラスを渡してくれるバーテンの志崎しざきくんも 呆れた顔。見慣れてるもんねー。


「なんて? デートのお誘い?」


「うん!」


スーツの左の胸に這いだした シイナの手を取って

カウンターの上で捕獲しとく。

こういう話してるから、何か つい反応しても困っちゃうし。


「明日、“ご飯 食べよう” って」


あー 楽しみぃ。

何度か、シイナやルカちゃんたちも 一緒になら

遊んだこと あるんだけど、明日は “二人で” だって! 明日は日曜日で、お店も お休みだし。


「教会の お仕事があるから、夕方からになるけど

ミサが終わってからなら、好きな時間に教会に来てもいい って!」


「ふぅん。じゃあ今日は、私と遊ぶ?」


「えっ、今日は やめとくー。爪 塗り直したりしたいし」... って 返したら、シイナは 私の手の下から

自分の手を抜いて、また キャットスーツに手を突っ込んでくるし。

「妬きすぎでしょ」って 志崎くんも笑ってる。


志崎シザちゃんには 私の複雑な気持ちなんて解らないよ。可愛いカノジョ居るらしいしぃ」


「や。シイナは、“ジェイくんって人” に ってより

ニナとジェイくんが まとまったことに妬いてるんでしょ? 嬉しいけど」


お店の営業前後とか 営業中でもヒマな時は

みんな、カウンターで 志崎くんにグチったり

話を聞いてもらったりする。

私も こんな風に ぽろぽろ零しちゃうから

志崎くんは、“ジェイくん” が “ベルグランドさんの知り合いの神父さん” で、お店に来たことがあるのも知ってる。


「何? 志崎ちゃん。フツーに返すのやめてくれる? カノジョに会わせてよ」


「シイナはダメ。彼女と別れたばっかでしょ?

あぶないからね」


うん。シイナ、大学生の彼女と別れちゃったみたいなんだよね。

理由は、“自然と” らしくて、全然 普通なんだけど。


「わっ、つまんないのー」って言ってる シイナは

最近、少し落ち着いた気もする。

お店の女の子に 手も出さなくなったし。

まぁ、それは、ココのこととかがあったり

お互いに “トモダチ” っていえる、私と居たり

ルカちゃんたちとも仲良くなったからかな? って

思うんだけど。


「ニナは、良かったね」


志崎くんに言われて、照れてる間に

バックルームから着替えが済んだ女の子が

ぱらぱらと出て来て

「お前等、まだ着替えてないのか?」って

フロアにアコちゃんが現れた。


「アコちゃーん」

「明日、私の番って知ってる?」


アコちゃんは、自分たちの “お仕事” に

私たちが巻き込まれちゃったりしたから、それから毎日 送り迎えしてくれる。

アコちゃんが忙しい時は、別の超能力者さんが。

それで、これも いつもなんだけど

カウンターから振り返った 私とシイナより先に

お店の子たちに群がられてる。


“私の番” って言った子に

「うん、飯 食うだろ? 迎えに行く」って返した

アコちゃんは、もう済んだ子に

「なんで、一回キリなのー?」って 腕に腕を絡まされたりして。すごい人気。


「追いつかないからだろ。

地上だけでも、どれだけ女が居ると思ってるんだ?」


こんな風なのに。すごいよね。

でも、アコちゃんがモテるのって 何か分かる。

身体の性別も変わってから、余計に。

全部全部 ただ受け入れてくれる気がするから。

それが 一晩きりでも。


「何 のんびりしてるんだ?」


私たちに黒い眼を向けた アコちゃんは

「着替えて来い」って言いながら、志崎くんから

ワインのグラスを受け取った。

アコちゃんは 志崎くんに、紙コップの珈琲を渡してるけど。


一階の お店の出資者、ベルグランドさんの仕事仲間だし、アコちゃんや ルカちゃんたちも特別待遇。“ヴィタリーニ家が どうのこうの” もあるみたい。

でも それ以上に、アコちゃんは 誰からも好かれてる。男の子の志崎くんだって、アコちゃんと話すのは楽しそうだし。


「飯も食うだろ? 早くしろ」


超能力でビスチェの紐を切られちゃったシイナは

「あっ!」って、トップレスになっちゃってる。

ぐずぐずしてると、結構こういうコトされちゃうけど


「こんなコト シイナに出来るの、アコちゃんくらいだよね」

「私らがやったら、いろいろ やられちゃいそう」


周りも和やか。

「やられたいんじゃないのー?」って返してる シイナも 笑ってるし、シイナが お店の女の子に馴染んできたのって、アコちゃんが来るようになってから っていうこともあるのかも。


「ニナ」


私の手からスマホを取った アコちゃんは

「ジェイドか。良かったな。明日は楽しめよ」って、勝手に何か送信してる。


「うん。もう... 」って、画面を覗いたら

今のシイナのトップレス写真 送信してたから

シイナには黙って、バックルームに着替えに入ってみた。




********




土曜日でも遅くまで開いてる お店は限られてるし、寝る前は あんまり重たいものは食べないし。


今日は、河川敷に車を停めたアコちゃんが

車の中で『待ってろ』って消えちゃって

戻って、ピクニックバスケットみたいのを助手席に置くと、また消えちゃって。


次に戻った時は、折り畳みのテーブルと椅子を持ってて、外に設置すると、テーブルには 大きなブランケットも掛けて

『夜は、寒くなってきたからな』って

テーブルの下に小さなストーブを入れてくれた。

カセットガスを使う キャンプ用のものみたい。


テーブルのブランケットの上には シーツを敷いて

バスケットに入ってたタッパーを開けて、お皿の上に出してくれてる。

ニシンのマリネと じゃがいものガレット、トマトとナスの蒸煮と 小さなイチジクのタルトも入ってて、ドリンクはレモンフレーバーの炭酸水。


『よし、食え』って、取皿に取ってくれるし

アコちゃんて 本当にすごい。


『こういうこと、あんまりしたことなくて』って

シイナも嬉しそうだけど、私も同じ。

星を見上げて、おいしいものを食べるなんて。

アウトドアなことをしたことがない ってこともあるけど、何ていうか、堂々と遊ぶ ってことを避けてきてた気がする。

周りの人に紛れ込めるようにして過ごしてた。


『今日は忙しかっただろ?』とか

『シイナは、女と別れたって?』とか聞かれて

話してるうちに、タルトも食べ終わっちゃって

食後の珈琲は、カフェで買って来てくれて。

アコちゃんとシイナとの食事の時間って、いつも

あっという間。


それで、送ってもらった後に

玄関のドアを開けて、灯りのスイッチを入れると

空気も動いてなかった部屋が 少し寂しくもあって

でも 芯から力が抜けて、落ち着いたりもする。

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