154 ルカ


「堕天、したのか?」

「マジか!」


ジェイドと朋樹が来たけど、「ルカくん」と

恥ずかしそうに見上げる リラしか 眼に入らねーし

「おかえり、リラちゃん!」

「ちょっと貸してくれ」とか 言いやがるから

「うる... 」せー まで言えず、とりあえず抱きしめる。 ... いる。ちゃんと。

胸ん中も喉の奥も、瞼ん中も くそ熱い。


頭、ぼーっとして、静かに砂も濡らす雨の中

「ルカくん」って呼ぶ リラにまで

「だから うるせー って... 」しか返せねーし。

「会いたくって、ね」とか言うしよー...


ぼろぼろ出てきた涙を拭けるようになった頃には

皇帝たちは 地界へ戻ってて、ヴィシュヌたちも天界へ。


トールとロキ、ルシェルは、シェムハザと城に行くらしいけど、ルシェルが まだ移動 出来ないから

幽世の扉を通って 城へ行くっていう。


シェムハザに ルシェルを抱かせたロキは、女子ロキから いつもロキに戻ると「お前がリラか」って

イキりやがったんだぜ。


頷いてるリラからは、それだけで眼を離すと

「俺は すぐに戻るからな。グミ買っとけよ」と

またイキって、トールとシェムハザと 一緒に

幽世に入って行った。

あっ。トールには、リラ 紹介したかったのに。

“リラコだぜ” ってさぁ。


「あいつ、何だ?」

「さっきまで乙女だったから、恥ずかしくなったんじゃないか?」


ふうん... オレら もう、皇帝に従順な女子ロキなんか 忘れてたのにな。


「ルカ。是非、御紹介を」


四郎だ。ヘルメスも。

ミカエルとボティスは、枯れた泉で 何か話してる。リラ 戻って来たのによー。


「うん、真島 リラ」


で、リラに 四郎を紹介しようと思ったら

「預言者の、天草 四郎さん? すごいね」って 微笑った。うわ かわいー...


「はい。どうぞ 御見知り置きを。

後程、コンフェイトを御賞味して頂きたく」


「うん」


「俺、いつ?」っていう ヘルメスを、ジェイドが紹介すると「メルクリウス?!」って喜んだ。

ローマ神話も知ってるみたいなんだぜ。


「そ!」って喜んで、リラと握手するヘルメスは

「ミカエルは 一度 天に戻るし、俺が 一緒に帰るから。バス乗って」とか言うし。


四郎が居るのに、ミカエルが居なくて大丈夫なんかな? って思ってたら、見越したみたいに

モルスなら、今すぐ出てきやしないし

四郎は 消えて移動 出来るからね」って言われたけどさぁ。


「ボティスは?」


朋樹が聞くと

「もうちょい、ミカエルとか アマイモンの軍の人たちと話してから戻る って。

アコかイゲルが、朋樹の車とかで迎えに来るでしょ」ってことらしい。


「あれ? 琉地... 」つったら

「ああ。遊びに行ったんじゃない?」って返されたけど、ジェイドが「オーロも戻ってない」と言うと、ヘルメスは ちょっと詰まった。


「うん。でも、いつも そんな感じでしょ?

アレスの聖獣たちも まだ森に居るよ」


森の木々の間には、よく見ると 透き通った狼たちが うろうろしてるのが見える。

じゃあ、琉地もオーロも その辺に居んのかな?


「じゃ、行こうか。

とりあえず、学校に寄った方がいいかな?

沙耶夏たちが まだ居るだろうし」


「はい。涼二等も待っておると思われますので」


四郎の言葉で、そうだよな ってなって

ミカエルたちに手を振ると、リラと手ぇつないで

森を歩く。まだ 嘘みてーだし...


「木が... 」


障壁の境で、見張りについていた 三人の人が

変形しながら先祖霊と 白い赦しの蔓に包まれた木は、燃えずに残っていた。


「観察を続けることになるだろうね」と

ヘルメスが触れてるけど、木の形が少し変わったように見える。


森と道路との境にある、高さ 4メートルか5メートルくらいの巨木は、藤色の幹の巨木に絡んだ グレーと 抹茶色の木 二本が、融合してきているようだった。

それぞれが伸ばしている枝の葉も、オリーブグレーっぽい色に纏まってきてる。


中に、人が居るんだよな...

なのに、木にあった歪さがなくなってきてる気がする。このまま、普通の木になっちまうのか?

「雨の せいかなぁ?」と、リラが言った。


学校に 寄るんだよな?


四郎は寄るとしても、オレらは まっすぐ

ジェイドん家に帰ってもいいんじゃねーのかな?


けど、言い出せずに バスに乗る。


「俺、運転 出来るから」って言う ヘルメスに

「いや、オレが... 」って言った 朋樹が

「疲れてるでしょ? 限界のはず」って 寝せられて

後部座席に転がされた。軽々とさぁ。


「四郎が助手席ね」


「ヘルメス... 」つった ジェイドも寝せられて

ガラスに頭付けてる 朋樹の隣に座らされてる。


「リラコは そっち側。ルカ、隣」


ヘルメスと眼が合う前に

「オレ、寝なくても... 」へーき って言おうとしたのに、リラの隣に乗り込むと 意識が遠退いた。




********




「はい、着いたよー」


ヘルメスの声で、パッと目が覚めた。

すげー 長く寝た気分。

「俺は癒せないけど、四郎が “きよくなれ” してくれてたから 楽になったんじゃない?」って事らしいけど、まだ頭ん中は ぼーっとする。


「うん、すごく よく寝たみたい... 」って言う

リラも居る。マジで居るんだぜ。


学校の近くの駐車場だ。


「時間は... 」って、朋樹がスマホ見て

「昼過ぎ」つって 驚愕した。

「いや、昼下りだな。夕方近い」って言い直したけど、まだ そんなもんなのかよ...


「まだ あっちこっち通行止めしてたから

一時間くらいで着いたよ」つった ヘルメスと

黙ってる 四郎に目がいく。

無事に着いてるけどさぁ...


「雨、降り続いてるね」


明るい空を見上げて、ジェイドが言うと

霧のような雨に、虹の光。

隣で リラが「大仕事」って微笑ってる。


「リラちゃんが降らせたの?」


朋樹が聞くと

「うん。エデンの麦酒も流したよ」だってよ。

すげーじゃん。


寝過ぎて ぼーっとしてる頭で

「この距離を 一時間でなぁ... 」って言う 朋樹に

頷きながら、リラと手つないで学校へ歩いてたら

ジェイドが立ち止まった。


ジェイドが見てる木を見て、急激に意識が戻る。

ニナを包んだ木だ。


「これ... 」


枝に水色の葉を広げる 白い赦しの細い木の幹は

内側から 不自然に盛り上がってきている。

縦に長い瘤みたいだ。


「うん。赦しの木の中で、影人との融合が解けるかもしれないから、赦しの木と人の分離法を、ラファエルが研究しててね... 」


リラが話してるけど、どんどん盛り上がる瘤から

眼が離せない。人の形に見える...


「他の木もだ」と、ヘルメスが言って

ふらふらと 別の木を見に行った。


「“まだ投与の仕方が” って 言ってたんだけど

雨に応用してみたの。

根っこから、術が入るかな って思って」と

リラが 木に触れてる。


一瞬、膨れてくる瘤に、白い焔が揺れて見えた。

木の 隣に立った白い人が

『... 祐悟殿。よう晴らされました』と 言い遺して

煙となって 天に上がっていく。

「リノ殿」と、四郎が空を見上げている。


膨らんだ瘤の樹皮にヒビが入ると、樹皮が ばらばらと落ち出した。

動いた部分の樹皮を剥がしてみると、白い腕が出て、胸ん中が バクバクしてきた。


「おい... 」


信じられん... と、でも期待した眼になった 朋樹が

樹皮の裂け目に 両手を入れて剥がし落とした。

Tシャツの胸が見える。黒い髪も。


ジェイドが腕を引くと、塊の樹皮が落ちて

ニナが倒れ込んだ。


「あ... 」


「ミカエル! 誰でもいいから ちょっと!」って

ヘルメスが喚んでるけど、全然、頭 回らねー...


倒れ込んだニナは 反転して、ジェイドに

背中を預けた状態になってた。


「私... 」と、オレらを見て

「戻ったの? 木になっちゃったのに」と

自分の状況を確かめようとしている。


「うん」


リラが「あぁ。良かった」って頷いて、オレらも頷くけど、なんか もう、声 出ねーし。

「でも、天の術のせいだけじゃないのかも」っていう リラの声聞きながら、また涙 出そうだしさぁ...


顕れた ミカエルは、ニナを見て

「ラファエル!」と 喚んだ。

顕れねーから、エデンのゲート 開いてるし。


「ミカエル。今、燃えなかった木に... 」


門を出て、階段を降りたラファエルは

ニナを見て、リラに眼をやると、雨に気付いた。


「術を?」と聞いて、リラが頷く前に

「なんて子なんだ!」と、リラの頭を わしわし

撫でてる。


「堕天してしまうとは! 何とか、父に言って... 」とか言い出したから

「や、ちょっと... 」って 引っ張り戻したけど。

あぶねー...


「これも合わせて 天に報じる」


ミカエルとラファエルは、エデンから戻って言ったけど、四郎の「救出を!」って言葉で

「あっ、そうだよね!」って答えた ヘルメスと動く。


「ニナ」


ジェイドに声をかけられて、ニナは誰の腕の中に居るか やっと気付いてる。

振り返って、女の子の顔になってるし。


「あっ... 」


赤い木の前に立って、瘤が膨らみ切るのを待ちながら、耳は どーしても ジェイドたちに向いちまう。


「私が、木になったとこ、覚えちゃってる?」


そんなことかよ...


ジェイドも「そんなこと... 」つってるけど

「どいてよ!」って声に 顔を向けてみると

シイナが ジェイドを突き飛ばしたところだった。


「ニナ... ! あんた、本当に... 」


ジェイドは、“はああ?” ってツラになってるけど

シイナが ニナを抱きしめて泣いてるし。


「四郎!」

「四郎だ!」


声と 一緒に、リョウジくんたちが走って来た。

「帰って来たな!」「おかえり!」

「でもまた世界中で大変な事になってて... 」って

炎の柱の話をしようとしながら、ニナに気付いてる。


「木に包まれた人、戻れるんだ」と言う 四郎に

「マジで?!」「手伝うよ!」

「みんなにも言ってくる!」と答えて

真田くんが走って戻った。


目の前の赤い木の瘤は、もうそろそろ 膨らみ切ると思う。

少し向こうでは、朋樹が 紺の樹皮を剥がしてるところ。


「ね、ルカくん」

「ん?」


あー... 早く ゆっくり話してーなぁ。ふたりで。

リラは、瘤が膨らみ切るところを見ながら

「私ね、使命があるのかも」と 言った。


「は... ? おまえ」


そう言ったオレの顔色は ひどかったらしく

「ううん、天の、じゃないよ」と 慌てて首を振ってる。


「でも、ラミーとね、神殿が崩れる前から

エデンに降りてて... 」


神殿が 崩れる前


外壁の 文字や記号の光の明滅が緩くなって...


目の前の赤い瘤に 白い焔が揺れた。

この焔は 獣の...


樹皮にヒビが走る。

「リン」っていう声に、校庭へ向くと

朱里ちゃんが立ってた。






********     「嘆きの心臓」了


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