153 ルカ


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「泰河!」


朋樹が呼んだ。

泰河が入っちまったのに、神殿が崩れてく。

あいつ、また考えなしにさぁ...

朋樹が呪の蔓を伸ばす間に、ジェイドと神殿へ走る。


閉じた黄金の天から、虹色の光が降りてきた。

ミカエルの翼の光かと 思ったけど、違う。

地面まで到達すると、その光は消えた。


「レミエル! 第一天シャマインに雨のめいを!」

「ロキ、赤ちゃんを連れて下がって!」 


地獄ゲエンナへは?」

「ハティが降りた」


神殿の外壁の文字や記号は、もう読めねーくらいになってて、触れただけで ざらざらと砂に崩れる。


壁についた手の下から、壁の欠片と砂が 地面に落ちるのを見ている ジェイドが

「そうだ、中に... 」と 思い出したように言って

オレも ハッとした。ぼんやりしちまってた。


「何してるの? 危ないから戻ろう」

「入ってもムダだったよ。ただの砂岩の部屋って感じだったし」


入ろうとした入口の前で、ヴィシュヌと ヘルメスに止められた。


「でも... 」


「司祭は消えたけど、モルスは まだ地上に居る」

「入れ替わりの場所には 影穴が開いて、ここみたいに炎が噴き出してるだろうから、そのどこかだろうね」


ジェイドは、“でも”... の後を続けなかった。

なにか おかしい。


けど、なにが... ?


待てよ この感覚には覚えがある

頭と胸の中から 何かが零れていく感覚。


神殿に入っても、司祭は追えねーんだよな?

ジェイドと 一緒に、司祭を追おうとしてた っけ?


追っても、司祭には触れられない。

夜国の赤い雷はあるけど、トールが居ねーと

オレひとりじゃ 攻撃にはならねーのに。


朋樹の呪蔓が 入口の中に入って行ったけど

神殿の屋根が落ちて、右側の壁の半分が崩れた。


「榊、父神の元へ上がれ。禊雨を。良いな?」


月夜見キミサマに聞かれた ボティスが頷いたらしく

狐榊が 幽世の扉に飛び入った。


「水神等に雨のめいを。火柱周辺だけで良い」


スサさんに言われて、浅黄も行っちまう。

榊も浅黄も、オレらと話す間なしだし。

ボティスには 眼ぇやってたのにさぁ。


「ルカ、ジェイド」


ヘルメスに促されて、炎の柱の向こうへ戻ると

枯れた泉の上では、四郎が皇帝の頬に触れてた。


皇帝の顔 半分の皮膚は、幾らシェムハザの魂を飲んでも再生されねーし、呪い傷 ってやつなんかな?


「それぞれ、入れ替わりの場の対策を!」

モルスが顕れた際は、すぐに伝令!」


世界樹やオリュンポスの近く、バリ島にも入れ替わりの場所はある。いや、世界中あるんだけど。


炎の柱を背に、ロキと赤ちゃんを護るように立つ

トールが、スレイプニルに乗るオーディンを振り向くと、挨拶に片手を上げて

ヘルメスは、伝令神なのに

「アレス、ゼウスに報じといて」と 頼んでる。


「なんで? お前は?」


乗って来た馬車に乗り込みながら、アレスが聞いてるけど

「後で報告には戻るけど、まだ やる事あるから。

ゼウスには “探し物” って言えば分かるよ」って

言った。

今は、“へーえ?” みてーなツラして見せてるけど

オレらは、アレスが男前過ぎてビビったんだぜ。

愛と美の女神アプロディテの愛人だもんなー。


「朋樹」


朋樹は トールたちの近くで、ひとり ぼんやりと

崩れた神殿の方を見てた。


「オレ、今さ

司祭を追って、蔓 伸ばしたんだったか?」


「そうだったと 思うけど... 」


ジェイドが答えると

「だったら何で、赦しの蔓じゃねぇのかな?」と

自分の足下から伸ばした 呪の蔓を指した。

やっぱり何か おかしい。

けど、考えようとすると、頭にモヤがかかる。


「獣が出たよな?」っていう 朋樹の言葉に頷くけど、それから...


獣が、モルスから 聖父の影の恩寵を抜いた よな?

『炎の先に神殿を開け』と

モルスは 炎の中に逃げて、司祭は 神殿に入った。

だから...


「お前達、何をしている?」


シェムハザが来て「皇帝に挨拶を」って言う。

「地界に戻るのか?」と聞く ジェイドに

当然だろ って顔で頷いた シェムハザは

「ここからは、神々俺等の仕事だ」と返した。


「あ? それ、どういう意味だよ?」


先に朋樹が言っちまったけど、オレもカッとした。ここでイキナリ 仕事 外されんのかよ?


「何が出来る?」


シェムハザの向こうには、地獄ゲエンナから噴き上がる 炎の柱。

雲のない空から落ちる水が、炎の周囲を水の壁で覆うように降り出して、水柱の周囲には、蛇のような水が螺旋に昇っている。

水柱の中には 光の雨が注ぎ出した。天の雨。

それでも、炎を押し込めることは出来ていない。


イザナギさんや 水神たちの力なんだろうけど

「あの水も、地獄ゲエンナまでは到達しない」と

シェムハザが言った。

現状では、オレらは何も...  けど...


モルスが顕れるのなら、地獄ゲエンナだろう。

尤も、お前達の前に顕れたとしても」


出来ることはない。わかるけど...


いや 何か 忘れてる


口を開きかけた 朋樹の背に、手で触れた ジェイドが、「狙われる恐れは?」と 聞くと

「あるだろう。四郎が最も高いが。

勿論、お前達にも護衛はつく」と頷いた。


トールに連れられ、赤ちゃんを抱いた 女子ロキが

皇帝の元へ歩かされていく。

リリトが居るからか、行きづらそうだし。

「お前達も」と、シェムハザに促されて

枯れた泉へ向かう。


「ロキ」


皇帝に呼ばれた ロキは、皇帝の斜め後ろで 泥や血に塗れた細い腕を組んでいる リリトを見ねーように、ルシェルを抱いて、皇帝の前に進み出た。


皇帝の顔半分の皮膚は、ようやく戻ってた。

シェムハザの治療か、人間の魂も使ったのか かと思ってたら、近くに来た 四郎が

「“きよくなれ” と 致しまして」って言う。


ジェイドが「悪魔も治せるようになったのか?」って ビビってるけど、オレと朋樹もだし。

天主でうす様の影の恩寵がらさに、ゼズ様が鍵をつけられましたので」と微笑った。


天国の鍵は

... “あなたが地上で つなぐことは、天でも つながれ、あなたが地上で解くことは天でも解かれる”...

というもの。

何かと天をつなぐことは、地上に居る四郎に委ねられた って感じする。すげー...


「しかし、イエヴァの傷は治らぬのです。

水銀の如き涙は止まったのですが... 」


イエヴァの眼は、ボティスが 天使助力で焼いたもんな。皇帝の顔や手は キュベレによる。

治療 出来るかどうかは、相手が何だったか とか

どういう状況だったか っていう違いにもよるみたいだ。

ボティスは ずっと、枯れた泉の地面を 観察するように見てる。なにしてんだろ... ?


「ルシェル」と言う 皇帝に、ロキが赤ちゃんを抱かせた。やっぱり名前なんだ。

でも、“ルシファー” からじゃなく、天使だった時の名前の “ルシフェル” から付けたっぽい。


赤ちゃんのルシェルは、皇帝を じっと見つめて

小さな指で 皇帝の唇に触れて、胸をくすぐるような声で微笑った。かわいーいー...

「可愛いわ。ルシファーと同じ眼の色よ」と覗く

リリトに、嫉妬や悪意はなく見える。


ルシェルに微笑い返して、額にキスした 皇帝は

「シェミーの城で育てろ」と ロキに、シェムハザには「現在のものに加え、最大限の防備を」と言った。地上の子として育てるみたいだ。


「時々 会いに上がる」


リリトが、何となく 眼を逸して

イエヴァの肩に腕を回したりしに行ってる。

気ぃ使ったり してんのかな?... って見てたら

何よ? と 横目で睨まれちまったし、やっぱり皇帝たちに向く。


ルシェルをロキに抱かせた 皇帝は「お前にも」と言って、ロキに口づけた。


皇帝の唇が離れた ロキは、ぼんやりしちまってるけど、リリトを気にした風のジェイドが

「僕とは、終わりなのか?」と 皇帝に聞いた。

おまえ、なんだよ その質問... って思ってる内に

ヘルメスが トールの背後に、そーっと ロキを誘導してて、ジェイドに眼を向けた 皇帝は「いや」と答えた。短いけど、絶対の答え ってわかる。

ジェイドと皇帝との関係のことだけじゃない気もした。


地獄に降りた ハティが戻って

「天の者等と共に、封鎖に奔走している」と 報告した。今のところ、七層は まだ閉じてない。


アマイモンが「地界へ戻る。後に城で」と 皇帝に言って、軍の 一部を森に残して行った。


「この子は どうするの?」


リリトが言ってるのは、イエヴァのこと。

天に入れば 幽閉だろうし、そうすると またキュベレに使われる恐れもあるんじゃねーのかな?

血が繋がってるし、サンダルフォンも居る。


「父に報じることにはなる」


ミカエルが言うと、皇帝は「天狗アポルオンの事もか?」と

聞いた。

奈落にも 入れ替わりの場所はあるし

地上や世界樹のように、炎が噴き出してるはず。


今回で 天もキュベレが出ちまってた事が判っただろうけど、戻せたし、奈落の話をしても咎められないんだろうけど、ミカエルは「まだ」つった。


「アバドンは量ったけど、本当なら 天で幽閉すべきだった」


ミカエルの独断で、奈落の支配者を変えたことや

アバドンの恩寵を天狗に与えたことについては

天で審議されるらしい。

けど、天で幽閉 って、サンダルフォンの幽閉天マティだったんだろうしさぁ...


「罪になる事はないけど、審議は長くかかる。

その間は 地上に降りづらくなるし」


「では、イエヴァも地界で預かる。

父には 天狗アポルオンの事と合わせて話せ」


ミカエルは、皇帝の言い方に ムッとしてるけど

現状 その方がいい とは思ったらしく

「お前の城に迎えるのかよ?

それはそれで、後々 審議する事になるぜ?」って聞いてる。


「いいや。この場に居なかった者が

イエヴァを “拾って” 匿った」と答えた 皇帝は

「ベリアル」って 喚んだ。


「ルシファー。城には、アマイモンが戻った」


すぐに顕れたベリアルに 頷いた皇帝は

「イエヴァ。キュベレとソゾンの子だ」と

リリトの腕が掛かっている イエヴァを、眼で示した。


「イエヴァ... “エバ”か」


リリトから自分に渡ったイエヴァの背に 手を添えた ベリアルは

恩寵グラティアの魂がある」と リリトに眼をやってる。


リリトは「そうよ」としか言わなかったけど

ベリアルは「丁重に扱え」と命じる 皇帝に頷いた。


「俺も 一度、天界に戻って

アフラ=マズダーにも報じに行くけど... 」


ヴィシュヌが「ガルダ」と 呼ぶと、神鳥の形で羽ばたいていた師匠は、空から消えると 人の形になって、崩れた神殿に立った。


青空の下、忽然と隣に顕れた 琉地に

「えっ。おまえ、ずっと居たのかよ?」って言っちまったけど、琉地は エデンを見上げて、遠吠えを上げた。


雲のない天から、霧のような雨が降ってくる。

雨の中には 柔らかな虹の光。


エデンの門の中に、黒髪の天使が立った。


リラだ...  胸の骨の下で 心臓が鳴る。


「随分、混乱が起こったようだな」と

隣に立った ブロンドの天使... ラミナエルに誘導されて、リラの足が エデンの階段を踏む。


「ルカ」


ミカエルの声に押されて、崩れた神殿へ歩く。

地上に 立てるように なったのか... ?


階段は、オレの胸の位置で途切れてた。

見上げていると、誰かが「サリエル」と 喚んだ。


黒いフードを被り、首に縫い傷と 黒い血の呪い傷を覗かせている天使が、エデンの階段に立った。

逆手に握った大鎌を振り上げると、リラの翼が

明るい雨の中に昇り、輝き消えていく。


落下するリラを とっさに抱き留めながら

サリエルに「城に戻っていろ」と命じる ベリアルの声を聞いたけど 嘘だろ... ?


黒衣の天使が消え、皇帝やベリアルに会釈をした

ラミナエル... マルコシアスが、ミカエルに

「今回の混乱で、楽園マコノムの天使を失った」と報告した。 じゃあ、本当に...


「お前がアリエルに話せよ?」と 返されたマルコシアスは、返事に詰まってるけど

腕の中で「ラミー。ありがとう」と見上げる リラに、笑顔を返した。

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