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『... “父よ、時がきました”... 』


脇腹の傷口から光を発するルカの 背後に立っている、白い光の人が言った。


森は、血の色に燃える どこかと重なっている。


... “ひるむな!” “層を閉じろ!” という

パイモンや ウリエルの声。


青銀の眼をした地獄ゲエンナの悪魔たちが 滅びの焔の池に投げ込まれている。

気泡が生まれては消える液体の焔は、骨も残さず全てを溶かし燃やす。 地獄ゲエンナだ... 幻視なのか?


『... “あなたの子が あなたの栄光をあらわすように、子の栄光を あらわして下さい”... 』


... “アフラスディンニ!”


白馬に乗り、白いオーロラから駆け降りる 青いサーコートの軍勢から、滅びの焔に冷気が注がれ

飛翔する黒竜ニーズホッグ極寒ニブルヘイムの猛吹雪を吹き下ろした。


開いた天から、輝く天馬に乗った光の軍勢が

その地へ駆け降りていく。

光の洪水が、燃える血の 泡立つ面に降り注ぐ。


『... “父よ”... 』


白い光の人が歩み、四郎の背後に立った。

地獄ゲエンナの幻視が消えている。


『... “世が造られる前に、

わたしが みそばで持っていた栄光で、

今み前に わたしを輝かせて下さい”... 』


光の人が 四郎の右の肩に手を載せると

光を受けた四郎の足元から、影が伸びていく。

影の形は、光の人と同じ形だ。


「止めろ... 」


モルスが 口を開き、足を踏み出すと

「動くな!」と、馬車を飛び降りたアレスが

両手で頭の上に握った槍を モルスに突き下ろした。


「あ?」と言ったアレスの背後に顕れた ヘルメスが、アレスの右腕を取り「槍から手を離せ!」と退かせようとしているが、アレスは退こうとしない。

モルスに突き下ろされた槍は、どんどん短くなっている。影人霊のように 吸収しちまうようだ。


槍を離さないアレスの左手がモルスに近付いていく。

「アレス!」と引く ヘルメスの前を横切ったミョルニルが、アレスを突き飛ばした。


「... “そして、わたしは彼らによって

栄光を受けました”... 」


四郎が読むと、ジェイドの足元、朋樹やルカ、オレの足元からも、光の人の影が伸びた。

歩を進めるモルスの前に、戦死者霊エインヘリアルや アマイモンの軍の悪魔等が降り立った... が、ダメだ。

モルスに触れると、吸収されていく。


「... “わたしは彼らのために お願いします。

わたしが お願いするのは、この世のためにではなく、あなたが わたしに賜わった者たちのためです。彼らは あなたのものなのです”... 」


四郎の声。

森に起き上がったアレスが「行け!」と叫び

戦死者霊エインヘリアル等や アマイモンの軍を割った 黒馬の騎馬隊が、モルスに突進して消えていく。


「アレス」と 振り返ったヘルメスが、三日月鎌ハルパーを向けたが、アレスは「止まるな!!」と

騎馬隊を なだれ込ませている。


「姿が消えようと、これは滅びではない」

「どこにも移動させるな」と

オージンやアマイモンも、軍を止めようとはしない。そうか、モルスが消えて移動することを封じているようだ。


「... “真理によって彼らを聖別して下さい。

あなたの御言みことばは真理であります”... 」


師匠の黄金の影の下、背後から ミカエルと皇帝の影が伸び、ハティとシェムハザ、ボティス、座っている リリトとイエヴァの影。

トールや天使たち、浅黄、ソファーに座るロキとルシェル、狐榊の影も伸びる。


「... “わたしが お願いするのは、彼らを世から取り去ることではなく、彼らを悪しき者から守って下さることであります”... 」


ヘルメスとアレス、幽世の扉から降りる 月夜見キミサマとスサさんの影。

空中に立つスレイプニルとオージン、アマイモンの軍の悪魔や、戦死者霊エインヘリアルまでが 地面に影を落とした。


黒馬と 甲冑を着けた男... アレスの騎馬隊が、天使たちの前まで 吹き飛ばされてきた。

黒馬や男の下にも影がある。

「ほら見ろ!!」と、アレスが叫び 笑った。

モルスに向かう騎馬隊等が、吸収されていない。

影... 光を受けた証が戻れば、モルスに吸収されないようだ。


「影の穴へ落とせ! 滅びに繋がっている!

そいつを落として、穴を塞げ!」


アマイモンが軍に命じた。

影が突き上がった穴は、やっぱり 七層に繋がってるのか...

モルスが地上に居るために、地獄ゲエンナと地上が繋がっているようだ。


影を伴い、戦死者霊エインヘリアルたちが モルスを穴へ押し、アマイモンの軍や 黒馬の騎馬隊と狼も 空から追突していくが、幾本の槍や剣を受けながらも、モルスは立っている。


「... “彼らのうち、だれも滅びず、

ただ滅びの子だけが滅びました”... 」


四郎が読むと、瞼が閉じたブロンドの髪の頭部と

二つに分かれた胴体が 地面から浮き出した。


地上と夜国の初子ういごモルスが出た腹だけでなく

心臓を失った胸にも 大穴が空いている。


聖父の肋骨あばらぼねが、破裂した嘆きだけを遺して

天に昇っていく。

ソゾンを愛し、モルスを護ったキュベレは

悪意と見做されるんだろうか... ?


モルスの前から グレーの翼に白い甲冑の悪魔たちや、黒馬の騎馬隊と狼が吹き飛び、白馬に乗った戦死者霊エインヘリアルたちが後退させられている。


モルスが、天に昇るキュベレに 手を伸ばしていた。


「戻れ... 」


モルスは「私の肋骨あばらぼねに」と続けた。


“私の”... 聖父の恩寵があるからか... ?

キュベレの頭部と 二つの胴体は、止まらずに天へ昇っている。


自分の事じゃないわ... 」


リリトの声に振り返ると、昇っていく母親を見つめ、「“父の” 脇腹に戻れ、と 命じてるのよ」と

モルスに眼を移した。


キュベレが 聖父の脇腹の内側なかへ戻ったら、モルス

聖父の子 となるんじゃないのか?

例え 地上で肉体を破壊されても、その霊が滅びることはなくなる。聖子のように。

善悪の概念も失われたら、天地の均衡も狂う。


肋骨あれが戻るものか。父が受け入れん」


皇帝が、苛立たしげに吐き捨てた。

半分 溶けた顔は、まだ戻っていない。


「何か勘違いをしているようだが、お前は七層の神でしかない。七層はじきに閉じられる。

天は開いた。不要な者は滅びる」


青銀に光るターコイズの眼を 皇帝に向けたモルス

「肋骨は もう、悪意ではない。創造主だ。

光を知り、“地上に於いて” 私を造り出した。

そして 私により愛を知った。

肋骨が望むのならば、受け入れざるを得ない。

“神のひとり子” は ひとり」と 言った。


“神のひとり子” は、聖子イエスだ。

神のひとり子は ひとり... 自分の事を言っているなら、聖子は... ?

善悪の概念を失わせて、聖子を滅ぼす気なのか?


ルアハを知るのも、私 ひとり」


モルスと司祭、戦死者霊エインヘリアルたちや 悪魔等、黒馬の騎馬隊と狼の間に、白い焔が落ちた。


獣だ...


「あれが... 」と アマイモンが呟く。

「ミカエル、獣だ」と ヴィシュヌが言い

天使たちを 宙へ羽ばたかせた。


“ルアハ...”


ガラスを掻く音。声は無く、思念として伝わってくる。

片膝を着いていた司祭が、深く頭を下げていた。


「何? 何か居るのか?」


トールには、獣が見えていない。

獣は、天から堕ちた堕天使や、異教神から悪魔に堕とされた者、仏教の天部神となった 師匠やヴィシュヌ等のように、異教の神にもなり、別界に身を置いた者にしか認識されない。

人間なら、一度 仮死状態となって、別界に上がった者。


「ほう、あれが... 」と、幽世の扉から スサさんの声がした。スサさんや月夜見キミサマは、高天原から追放されている。

巨人から生まれ、世界樹ユグドラシルやアースガルズの主神となったオーディンや、ギリシャとローマの神話の神であるヘルメスやアレスにも獣は見えているようで、白い焔のたてがみひづめの上にも焔を纏わせて立つ獣を見つめている。


アダマアダムを造った事こそが 誤りだった。

善悪も争いも無く、世界を新たにする為には」


モルスは「夜国とのまじわりを」と続けた。

『贄を』という 司祭の言葉に、心臓を掴まれ 身が竦む。


「泰河。司祭は何を?」


ボティスに聞かれ「“贄を” って」と 答えると

「イース」と ミカエルが四郎の前に移動する。


四郎の背後に立つ 白い光の人へ向かって

モルスの前から 獣が歩き出した。

夜国への贄を取るために、聖子の元へ。


「... “あなたが わたしを世につかわされたように、

わたしも彼らを世につかわしました”... 」


「下がれ、ミカエル」


四郎が読み、皇帝が ミカエルに命じる。

「もし お前が消滅すれば、天が混乱に陥る」


影穴の向こうから 歩み寄る獣に「止まれ」と命じ

オレらと ソファーの前の四郎との間に立つ 浅黄の隣まで、震える足で歩いた。


獣は オレを認めると、足を止めたが

モルスを」というめいには従わず、じっとオレを見ている。


... あの白い森、夜国に入ってからだ。

“記憶の蓋” というものが、剥がれ出していた。


今 この眼を見て、また記憶が甦った。

オレは、この獣に喰われたことがある。

あの森で 何度も。


「... “また彼らが真理によって聖別されるように、彼らのため わたし自身を聖別いたします”... 」


聖別... 四郎は、聖子の身代わりになる気か... ?

獣の眼が 四郎に向く。

贄が 聖子でなく四郎なら、地上を夜国に渡しても

天と夜国を結ぶことにはならない。

けど、ダメだ。四郎は、先のせいを生きるべきだ。


「屈するな!」


ミカエルが言い、四郎の前に剣の右腕を真横へ伸ばした。獣が 足を踏み出す。


「いいえ。さんみげる」


四郎の眼は、モルスの胸を見ている。


「真理とは、不変であるもの。

私は、モルスではなく、天主でうす様に申しておるのです。

天主でうす様の恩寵がらさは、滅びに相応しからず」


聖父の恩寵が抜ければ、モルスは リリトのように キュベレのひとり子となって、聖父との関わりは断てる。


「私は、ゼズ様のもとより 地に降り立っておりますが、いつか天に戻りし時は、天主でうす様に恩寵がらさを御返ししたく」


... “『これは わたしの愛する子、

わたしの心に かなう者である。これに聞け』”...

四郎は、聖子が認めた預言者だ。


「天主様のうれいの影を、被造物である私の身をって、光としてみせましょう」


聖父の恩寵に呼び掛け、器になろうとしている。

愁いの影... 聖父が抜き出した 愛憎や悲哀を

被造物である自分の行いと導きで、光... 喜びに変えて返す と宣言している。

あがないではなく、天のために 地上で生きて示す という聖別。


「... 泰河、“死神” だ」


朋樹が、ロキの手からピストルを取って

オレに投げ渡した。


死神...  そうか

ユダではなく、獣を死神として喚べば...


ただ、獣は、“完全” の 一部である影人を吸収している モルスの意志に沿っている。

オレのめいは聞かなかった。


「さっきは、“モルスを” としか 言わなかっただろ?」


ジェイドが小瓶を吹き、オレの下に天使助力円を敷いた。獣は、ミカエルの すぐ前に迫っている。

モルスの眼が オレに向く。


「助力、バラキエル」


ジェイドが 助力円を発動すると共に

「“死神”」と、獣を喚んだ。 頼む 来てくれ


「神の祝福」という声に 助力円が光を放った。

獣がオレを飛び越え、白い闇が腕を取り巻いていく。 ... よし!


「恩寵を抜き出せ」


白い闇が引き金を弾くと、モルスから黒い煙のような影が弾き出された。

助力円の光が消えると共に、白い闇も消える。

モルスが手を伸ばすが、影の恩寵は 四郎へ向かって流れている。


「浅黄」


月夜見キミサマに呼ばれた浅黄が、影穴を飛び越え

モルスの胸を 黒い薙刀が貫く。


それを合図にしたかのように「行け!!」と アレスが叫び、アマイモンとオーディンも軍にめいを出した。モルスに総攻撃を仕掛けさせている。


『... “わたしは、あなたに天国のかぎを授けよう”... 』


光の人の声。影の煙が 四郎の口に流れ入っていく。白い光の人が 一層 強く光ると

『... “そして、あなたが地上で つなぐことは、天でも つながれ、あなたが地上で解くことは天でも解かれるであろう”... 』と告げて消えた。


ひつだ」


ミカエルが天を仰いでいる。

キュベレの頭部と二つの身体に 白い布が纏わると

その六方を囲む聖櫃が顕現した。

白い聖櫃が天高く昇り、天が閉じた。


「押し切れ!」

「穴へ落とせ!」


聖父の恩寵を失っても、槍や剣による傷は、付くそばから治癒し 塞がっているが、モルスは じりじりと影穴へ押されている。


後は、ルアハ。夜国との関わりだ。


死は ピストルを警戒しているのか、獣を喚ぼうとはしないが、片腕で 襲いかかる軍勢を払い飛ばし

「hitsit akar!」と 何かに命じるように言った。


「“火をつけ 根絶する”」


ジェイドが訳した。また 預言の言葉だ。

影穴から猛炎が噴き上がる。


モルスは、猛炎の中に進み入ると

「炎の先に神殿を開け!」と 司祭に命じ

炎に同化するように消えた。


「クソッ!!」「下がれ! 離れろ!」

「穴は塞がっていない! まだ地上に居る!」

地獄ゲエンナは どうなっている?!」


戦死者霊エインヘリアルや 悪魔たちが 炎から退き

天使たちが オレらや皇帝たちの前に降りた。


移動した司祭が 神殿に入ると、ヘルメスや ヴィシュヌが追って入って行く。

すぐに 外壁の文字の光の明滅が緩くなり

神殿が ぶれ出している。


「ヘルメス! ヴィシュヌ!」


ミカエルが呼ぶと

「ダメだ」「夜国には入れない」と、二人が出て来た。

緩まりながら明滅していた光も消えていく。


さらさらと 神殿の壁が砂になって落ちる。

入口に 白い焔が揺らめいた。 森が見える...


「泰河!」


朋樹の声を背に、走り出していた。

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