152
『... “父よ、時がきました”... 』
脇腹の傷口から光を発するルカの 背後に立っている、白い光の人が言った。
森は、血の色に燃える どこかと重なっている。
... “
パイモンや ウリエルの声。
青銀の眼をした
気泡が生まれては消える液体の焔は、骨も残さず全てを溶かし燃やす。
『... “あなたの子が あなたの栄光をあらわすように、子の栄光を あらわして下さい”... 』
... “アフラスディンニ!”
白馬に乗り、白いオーロラから駆け降りる 青いサーコートの軍勢から、滅びの焔に冷気が注がれ
飛翔する
開いた天から、輝く天馬に乗った光の軍勢が
その地へ駆け降りていく。
光の洪水が、燃える血の 泡立つ面に降り注ぐ。
『... “父よ”... 』
白い光の人が歩み、四郎の背後に立った。
『... “世が造られる前に、
わたしが みそばで持っていた栄光で、
今み前に わたしを輝かせて下さい”... 』
光の人が 四郎の右の肩に手を載せると
光を受けた四郎の足元から、影が伸びていく。
影の形は、光の人と同じ形だ。
「止めろ... 」
「動くな!」と、馬車を飛び降りたアレスが
両手で頭の上に握った槍を
「あ?」と言ったアレスの背後に顕れた ヘルメスが、アレスの右腕を取り「槍から手を離せ!」と退かせようとしているが、アレスは退こうとしない。
槍を離さないアレスの左手が
「アレス!」と引く ヘルメスの前を横切った
「... “そして、わたしは彼らによって
栄光を受けました”... 」
四郎が読むと、ジェイドの足元、朋樹やルカ、オレの足元からも、光の人の影が伸びた。
歩を進める
「... “わたしは彼らのために お願いします。
わたしが お願いするのは、この世のためにではなく、あなたが わたしに賜わった者たちのためです。彼らは あなたのものなのです”... 」
四郎の声。
森に起き上がったアレスが「行け!」と叫び
「アレス」と 振り返ったヘルメスが、
騎馬隊を なだれ込ませている。
「姿が消えようと、これは滅びではない」
「どこにも移動させるな」と
オージンやアマイモンも、軍を止めようとはしない。そうか、
「... “真理によって彼らを聖別して下さい。
あなたの
師匠の黄金の影の下、背後から ミカエルと皇帝の影が伸び、ハティとシェムハザ、ボティス、座っている リリトとイエヴァの影。
トールや天使たち、浅黄、ソファーに座るロキとルシェル、狐榊の影も伸びる。
「... “わたしが お願いするのは、彼らを世から取り去ることではなく、彼らを悪しき者から守って下さることであります”... 」
ヘルメスとアレス、幽世の扉から降りる
空中に立つスレイプニルとオージン、アマイモンの軍の悪魔や、
黒馬と 甲冑を着けた男... アレスの騎馬隊が、天使たちの前まで 吹き飛ばされてきた。
黒馬や男の下にも影がある。
「ほら見ろ!!」と、アレスが叫び 笑った。
影... 光を受けた証が戻れば、
「影の穴へ落とせ! 滅びに繋がっている!
アマイモンが軍に命じた。
影が突き上がった穴は、やっぱり 七層に繋がってるのか...
影を伴い、
「... “彼らのうち、だれも滅びず、
ただ滅びの子だけが滅びました”... 」
四郎が読むと、瞼が閉じたブロンドの髪の頭部と
二つに分かれた胴体が 地面から浮き出した。
地上と夜国の
心臓を失った胸にも 大穴が空いている。
聖父の
天に昇っていく。
ソゾンを愛し、
悪意と見做されるんだろうか... ?
「戻れ... 」
“私の”... 聖父の恩寵があるからか... ?
キュベレの頭部と 二つの胴体は、止まらずに天へ昇っている。
「
リリトの声に振り返ると、昇っていく母親を見つめ、「“父の” 脇腹に戻れ、と 命じてるのよ」と
キュベレが 聖父の脇腹の
聖父の子 となるんじゃないのか?
例え 地上で肉体を破壊されても、その霊が滅びることはなくなる。聖子のように。
善悪の概念も失われたら、天地の均衡も狂う。
「
皇帝が、苛立たしげに吐き捨てた。
半分 溶けた顔は、まだ戻っていない。
「何か勘違いをしているようだが、お前は七層の神でしかない。七層は
天は開いた。不要な者は滅びる」
青銀に光るターコイズの眼を 皇帝に向けた
「肋骨は もう、悪意ではない。創造主だ。
光を知り、“地上に於いて” 私を造り出した。
そして 私により愛を知った。
肋骨が望むのならば、受け入れざるを得ない。
“神のひとり子” は ひとり」と 言った。
“神のひとり子” は、聖子イエスだ。
神のひとり子は ひとり... 自分の事を言っているなら、聖子は... ?
善悪の概念を失わせて、聖子を滅ぼす気なのか?
「
獣だ...
「あれが... 」と アマイモンが呟く。
「ミカエル、獣だ」と ヴィシュヌが言い
天使たちを 宙へ羽ばたかせた。
“ルアハ...”
ガラスを掻く音。声は無く、思念として伝わってくる。
片膝を着いていた司祭が、深く頭を下げていた。
「何? 何か居るのか?」
トールには、獣が見えていない。
獣は、天から堕ちた堕天使や、異教神から悪魔に堕とされた者、仏教の天部神となった 師匠やヴィシュヌ等のように、異教の神にもなり、別界に身を置いた者にしか認識されない。
人間なら、一度 仮死状態となって、別界に上がった者。
「ほう、あれが... 」と、幽世の扉から スサさんの声がした。スサさんや
巨人から生まれ、
「
善悪も争いも無く、世界を新たにする為には」
『贄を』という 司祭の言葉に、心臓を掴まれ 身が竦む。
「泰河。司祭は何を?」
ボティスに聞かれ「“贄を” って」と 答えると
「イース」と ミカエルが四郎の前に移動する。
四郎の背後に立つ 白い光の人へ向かって
夜国への贄を取るために、聖子の元へ。
「... “あなたが わたしを世につかわされたように、
わたしも彼らを世につかわしました”... 」
「下がれ、ミカエル」
四郎が読み、皇帝が ミカエルに命じる。
「もし お前が消滅すれば、天が混乱に陥る」
影穴の向こうから 歩み寄る獣に「止まれ」と命じ
オレらと ソファーの前の四郎との間に立つ 浅黄の隣まで、震える足で歩いた。
獣は オレを認めると、足を止めたが
「
... あの白い森、夜国に入ってからだ。
“記憶の蓋” というものが、剥がれ出していた。
今 この眼を見て、また記憶が甦った。
オレは、この獣に喰われたことがある。
あの森で 何度も。
「... “また彼らが真理によって聖別されるように、彼らのため わたし自身を聖別いたします”... 」
聖別... 四郎は、聖子の身代わりになる気か... ?
獣の眼が 四郎に向く。
贄が 聖子でなく四郎なら、地上を夜国に渡しても
天と夜国を結ぶことにはならない。
けど、ダメだ。四郎は、先の
「屈するな!」
ミカエルが言い、四郎の前に剣の右腕を真横へ伸ばした。獣が 足を踏み出す。
「いいえ。
四郎の眼は、
「真理とは、不変であるもの。
私は、
聖父の恩寵が抜ければ、
「私は、ゼズ様の
... “『これは わたしの愛する子、
わたしの心に かなう者である。これに聞け』”...
四郎は、聖子が認めた預言者だ。
「天主様の
聖父の恩寵に呼び掛け、器になろうとしている。
愁いの影... 聖父が抜き出した 愛憎や悲哀を
被造物である自分の行いと導きで、光... 喜びに変えて返す と宣言している。
「... 泰河、“死神” だ」
朋樹が、ロキの手からピストルを取って
オレに投げ渡した。
死神... そうか
ユダではなく、獣を死神として喚べば...
ただ、獣は、“完全” の 一部である影人を吸収している
オレの
「さっきは、“
ジェイドが小瓶を吹き、オレの下に天使助力円を敷いた。獣は、ミカエルの すぐ前に迫っている。
「助力、バラキエル」
ジェイドが 助力円を発動すると共に
「“死神”」と、獣を喚んだ。 頼む 来てくれ
「神の祝福」という声に 助力円が光を放った。
獣がオレを飛び越え、白い闇が腕を取り巻いていく。 ... よし!
「恩寵を抜き出せ」
白い闇が引き金を弾くと、
助力円の光が消えると共に、白い闇も消える。
「浅黄」
それを合図にしたかのように「行け!!」と アレスが叫び、アマイモンとオーディンも軍に
『... “わたしは、あなたに天国のかぎを授けよう”... 』
光の人の声。影の煙が 四郎の口に流れ入っていく。白い光の人が 一層 強く光ると
『... “そして、あなたが地上で つなぐことは、天でも つながれ、あなたが地上で解くことは天でも解かれるであろう”... 』と告げて消えた。
「
ミカエルが天を仰いでいる。
キュベレの頭部と二つの身体に 白い布が纏わると
その六方を囲む聖櫃が顕現した。
白い聖櫃が天高く昇り、天が閉じた。
「押し切れ!」
「穴へ落とせ!」
聖父の恩寵を失っても、槍や剣による傷は、付くそばから治癒し 塞がっているが、
後は、
死は ピストルを警戒しているのか、獣を喚ぼうとはしないが、片腕で 襲いかかる軍勢を払い飛ばし
「hitsit akar!」と 何かに命じるように言った。
「“火をつけ 根絶する”」
ジェイドが訳した。また 預言の言葉だ。
影穴から猛炎が噴き上がる。
「炎の先に神殿を開け!」と 司祭に命じ
炎に同化するように消えた。
「クソッ!!」「下がれ! 離れろ!」
「穴は塞がっていない! まだ地上に居る!」
「
天使たちが オレらや皇帝たちの前に降りた。
移動した司祭が 神殿に入ると、ヘルメスや ヴィシュヌが追って入って行く。
すぐに 外壁の文字の光の明滅が緩くなり
神殿が ぶれ出している。
「ヘルメス! ヴィシュヌ!」
ミカエルが呼ぶと
「ダメだ」「夜国には入れない」と、二人が出て来た。
緩まりながら明滅していた光も消えていく。
さらさらと 神殿の壁が砂になって落ちる。
入口に 白い焔が揺らめいた。 森が見える...
「泰河!」
朋樹の声を背に、走り出していた。
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